ポプラの木の下の小さなお菓子のお店

高秀恵子

第1話 ポプラの木の下の小さなお菓子のお店

しずかちゃんは ちゃいろい小さなたてものを 見つけました。夏のラジオたいそうの帰り道のできごとです。

(何でしょう ふしぎ。これまで気がつかなかった たてものだわ)

 そのたてものは 大きなポプラの木に ありました。なにかのお店のようです。『たかはし商店』と書いたかんばんの横に かきごおりの絵がかいてあるはたが 立っていました。中では もうおばあさんに近いおばさんが 大きななべで あげものをあげています。

(いったい何の お店かしら)

 しずかちゃんは お店の中に入りました。お店のたなには 〈よりどり3つ50円〉とか〈ぜんぶ100円〉とか 書かれたふだがあり ふだのむこうには 小さな色とりどりのお菓子が たくさんたくさんありました。



「いらっしゃい! お菓子はゆっくり えらんでもらっていいよ」

 そのおばさんはいいました。

「わたし……お金 もっていないの……」

 しずかちゃんは小さな声でこたえました。

「じゃあ 家へとりに帰る? お店は夕方の5時まで開いているからね」

 おばさんは あげものの手をとめずに いそがしそうにいいます。あげものは あまいにおいがします。

「あのう……私 おこずかいも もらっていないの」

 しずかちゃんの家では ぶんぼうぐも本も お母さんがひつようと思ったものを 買ってきます。ほかの友だちのように じぶんでお金をもって すきなものをかうことはありませんでした。

「そうかい。じゃあ 草ひきでも店ばんでも 何かてつだってくれたら 50円か100円のものを 持ってていいことにするよ。なんせこのお店は あたしが趣味みたいにやっているからね。商売っけはないんだよ」

 おばさんは 親切そうにいいます。



(どうしよう……お母さんに 知らないおとなと口をきいてはいけないと 言われていたわ。お母さんにしかられるかも……)

 しずかちゃんがこまっている間に しずかちゃんが知っている女の子が何人かが お菓子を買いに来ました。おばさんは なべの火を止め お客さんとやりとりをしています。

(おばさん……いそがしそうだし それに悪い人に見えないわ。おばさんはほんとうに店をてつだってくれる人が ほしいんだし。 わたしもたまには お母さんが買ってくれるお菓子じゃないものを 食べてみたいし)

 店の中には 「子ども110ばんのお店」と書いたポスターも あります。

 しずかちゃんは 思いきって おばさんの店を手つだいたいと いいました。

「じゃあお菓子のたなを せいりしておくれ。

たなに5こずつ お菓子をのせてちょうだい」

 おばさんは一ふくろ百円のたなを 指さしていいました。しずかちゃんは ダンボールからお菓子をとり出して たなをす早くととのえました。



「しごとがはやいねえ。お母さんのいうことを いつも聞いているの?」

「お母さんにいわれなくても 勉強もお手つだいも しています」

 しずかちゃんはちょっとだけ じまんげに話しました。

 それにしても お菓子にはいろいろあるなぁと しずかちゃんは思いました。スナック菓子だけでも しゅるいはたくさんあります。あまいビスケットも かわいい色をしたものやら チョコレートをかぶったものやら 家では食べたことのないものがありました。

(あとでお菓子をもらうとき どれをもらおうかしら……)

 しずかちゃんは 夏休みのあいだ おばさんのお手つだいをして 毎日いろいろなお菓子を 食べたいと思いました。

 


おばさんは あげものあげる手があいたようです。さっきからあげていたあげパンを一つ しずかちゃんのところに持ってきました。

「このあげパンも もらえるの?」

「あんたがよく がんばっているからさ」

 あげパンはあまりあまくなく、それでいてにおいがよくて よくかむととてもあまいあじがします。

「あんた おひるごはんはどうするの?」

「お母さん……はたらいていて 夏休みのあいだは お母さんがおべんとうを 作ってくれるの……」

 しずかちゃんはいいました。

「おばさんは お昼はここでやいた たこやきを食べるだけなのさ。お昼は少しいそがしくなるよ」

 おばさんは せまいだいどころをかたずけながら そういいます。

 


おばさんは いろいろなしごとを教えてくれました。かき氷の作り方や おきゃくさんとのあいさつのしかたも ていねいに教えてくれました。

「ほんとうに あんたはしごとのおぼえが速くて おばさん うれしいわ。お菓子 なんならすきなだけ 持って帰っていいよ」

「50円ぐらいので やめておくわ。お母さんが家におやつもようい してくれているの」

「そうかい。あんたがよくはたらくのでもうしわけないよ。じゃあこれから おばさんが朝 あげパンをあげている間だけ 店番をしておくれ」

 おばさんはそういいますが しずかちゃんは一日じゅう手つだってみたい気もしました。 

 何しろ家では食べたことのないお菓子が いっぱい売ってあるのです。お菓子をながめるだけでも しずかちゃんには楽しいことなのでした。

「おばさん、こまってしまうな。小さな子どもをはたらかせると おばさんはけいさつにつかまってしまうからね。う―ん……でも朝だけ手つだう人がいると たすかるなあ」

 そこでおばさんと話し合って 朝の一時間だけ 手つだうことにしました。

 


あくる日から しずかちゃんはラジオたいそうが終わるとすぐに おばさんの店へ行きました。おばさんの店には お菓子だけでなく プラスティックでできたおもちゃや 色紙やぬり絵も 売っています。ラジオたいそう帰りの子どもたちが 買いに来ます。

「しずかちゃん お店の手つだいをしているの うらやましいわ」

 という女の子もいました。

 朝のお菓子のお店には いろいろなおきゃくさんが来ました。おじいさんは 車いすに乗ったおばあさんを おしています。おばあさんが食べられそうなラムネ菓子やマシュマロのお菓子を おじいさんは買っていきます。

高校生ぐらいの大きなお兄さんも お菓子を買います。

「ありがとうございました」

 しずかちゃんは はじめははずかしかったけど 大きな声であいさつをしました。

 しずかちゃんのお菓子のお店のお手つだいは 夏休みいっぱい続きました。お母さんのしごとがいそがしく 夏休みもりょこうなどに行けなかったのです。そんなしずかちゃんにとって おばさんの店のお手つだいは 大きな体験でした。

 


おばさんは 小さなだいどころで いろいろなお菓子を作ります。しずかちゃんが食べたことのないカルメ焼きを作ることもあれば プルンプルンとしたわらびもちも作ります。夏の終わりには 大きなかぼちゃをうらごして かぼちゃのあめも作りました。

「このかぼちゃのあめを作ると 秋が近いなあって気がするのよ。あたしもおばあちゃんになったせいかしら ことしの夏はとくに つかれたわ」

 おばさんは そういいます。そのころにはおばさんとしずかちゃんは かなりいろいろな話をしていて おばさんには工場づとめのごしゅじんがいることも しずかちゃんのおかあさんは 夏休みがとれないので今はりょこうに行けないけれど しずかちゃんが大きくなってひとりたびができるようになれば 外国へりゅうがくさせたいので お母さんは今からちょきんをしていることなど おたがいによく知っているあいだがらになっていました。

 


そして新学期が始まりました。

 9月になってからの日曜日に しずかちゃんはおばさんの店をたずねました。だけどおばさんの店にはシャッターがおりていました。クラスメイトによると おばさんは病院に入院したとのことでした。しずかちゃんは おばさんは夏のつかれが出て 大きな病気になったのかと心配になりました。

「前からしゅじゅつをすることになっていたけど 夏休みはおきゃくさんが多いから 秋になって入院することにしたんだって。秋の遠足のころには退院するそうよ」

「みんなでお金を出し合って ドライフラワーでも買って おばさんのおみまいに行くの」

 しずかちゃんは いっしょにおみまいに行きたいと 思いました。だけどおばさんの話を お母さんにしたことがありません。お母さんからお金がもらえるかどうかもわかりません。

「わたし、お母さんにたのんでお金をもらっって来るわ。そしていっしょにおみまいに行きたいの」

 しずかちゃんは はっきりといいました。

(お母さんはおばさんのことを きっとわかってくれるわ。おばさんはとってもいい人だもの)

 しずかちゃんはそう思いました。(了)

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