第23話 眼鏡が曇れば世界も曇る

 相変わらず深夜の街は妙に空気が澄んでいた。きっと大気中の不純物が地面に薄い層を成して積もっているのだろう。


 夜中でも寝ずに働いている健気な信号機を今日は不思議と守る気持ちになっていた。四車線あるのに車の一台も通らない道路、手持ち無沙汰の私は空を見上げて、信号の色が変わるのを待った。


 じっと見ていると、ぽつぽつと見える星の色が微妙に違うことに気が付く。なんとなく空を見上げることはあったけど、今までそんなことに気にならなかった。


 なんだろう――、絶賛引き籠り中だけど、今は心にほんの少しだけ余裕がある気がしていた。どうしようもない陰鬱な気持ちと負の感情があまり湧いてこない。



「――きっと全部、ミズキさんのおかげだな」



 私は冷たい虚空にひとり、そう呟いた。


 結局、私は世界を心のフィルターを通して見ているのだ。私の心が晴れ渡れば、周りが輝いて見えてくる。これまでは真逆で、すべてがくすんで見えていたんだ。

 中間がなくて、マイナスからいきなりプラスに転じたんだ。それは綺麗にみえるだろうさ。


 ひとり詩人にでもなったつもりか、よくわからない感傷に耽りながら歩道の先を見つめる。そこには青い牛乳瓶を模した看板が光っていた。無意識に足が速まるのを感じる。


 すると、遠目にコンビニの自動ドアが開くのが見えた。両手に大きなゴミ袋を持った女性が出てきた。この距離でもわかる、ミズキさんだ。


 私はここから大声で呼びかけたい衝動に駆られた(きっとそんな声は出ないけど……)。その気持ちをぐっと堪えて、さらに足取りを速くしていく。



 だけど――、次の瞬間、私はその足をぱたりと止めた。


 ミズキさんと一緒に別の人――、彼女より頭ひとつほど背の高い男性が出てきたからだ。

 とても近い距離でなにか話をしながら2人は、コンビニの駐車スペースを横切っていく。私はその姿をじっと目で追っていた。


 私服姿の男の人だ。つまり、新しい店員さんとかじゃなさそう(――っていうか、ミズキさんとムハンマドくん以外知らないんだけど……)。

 夜だから表情は見えない(ミズキさんは仕事中、ずっとマスクだし)。でも、遠目からでもわかる2人の距離感はとても親密そうに映った。



 なにか――、急激に心が冷めていくのを感じる。これまで耐熱使用だった心の窓が急に網戸へ替えられたみたいだ。外気の冷たさがそのまま染み入ってくるようだ。



『あの人――、ミズキさんの彼氏さんかな……』



 いやいや、私は一体なにに落ち込んでいるんだ? 普通に考えて、あんなにキレイで可愛らしいミズキさんに彼氏がいない方がどうかしている。

 そして、私はミズキさんの「友達」。彼女の口からそう言ってくれた。それで満足じゃないか?


 だったら、なんでこんなに冷たくて暗い気持ちになるんだろう? 先日、話した時に「彼氏がいる」って教えてくれなかったから? いやいや、たった2回会っただけの高校生になんでそんな話をしないといけないのか?


 そうだ。私は、「たった2回会っただけの高校生」なんだ。それ以上でも以下でもない。友達のいない私が勝手に浮かれていただけ。

 まともに話せる人が周りにいないから、優しいミズキさんを独り占めしたいとどこかで思っていたんだ。だから、彼氏さん(?)がいることにショックを受けているんだ。


『さすがに――、バカ過ぎるだろ、私』


 心の中でそう呟いて、私は夜のコンビニに背を向けて歩いていった。

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