第5話 旅の支度

「旅に出る…?」


「ああ!これは正直に言うと私欲だ!色んな寿司を食べてみたいんだよ!それに、スマキもまだ全力を出せていなかっただろ?」


 本当にキラキラした目でしっぽを振りながらこちらの顔を覗いている。こんなにしっぽぶんぶんしてりゃ、そりゃ魔王の威厳なんか無いよな。


「ハードルを上げるんじゃないよ…。でも確かに、ずっと寿司を握っていなかったこともあって、充分に味を引き出せたと聞かれればそうでもない。それに俺もこの世界で寿司を作るって決めたんだ。ここにいつまで経ってもうじうじするつもりは元から無かったしな。少し早いかもしれないが、丁度いいと言えば丁度いい」


「いいね!乗り気じゃないか!じゃあ早速準備してくるねー!」


 そしてだだだだだっとグレスは自分の部屋へと走り去っていった。まだ朝ご飯も食べていないというのに…。


「全く、若者って言うのは元気だねぇ…。そうだな、まずは飯を作るか。旅の支度はそれからだな」


 折角なのでスキルを試してみる。


 《米創造》

 《酢創造》


「おお、こいつは望んだ通りの最高品質だな。コイツで寿司を握れば、昨日の僅かにゴワゴワしてたシャリもなくなるだろうな」


 そして寿司を握る。昨日の余り物のネタがまだあるので、それを消費してしまおうか。だが、流石にグレスの事だ。昨日と全く同じでは満足しないだろう。少々調理を変えてやるか…。


「この世界は前の世界と名前が同じ魚が多くて助かるよ。調味料もほとんど同じだ。たまたまなのか必然なのか、はたまた…。まあ、俺が考える事じゃないな。俺が知らないこの世界特有と思われる魚や調味料もちらほら見つけたしな…」


 そんなこんなで寿司を作る。


「まずは…鯛ですねぇ!昆布に適当に巻いて、昆布締めにしてしまおうか!」


 案の定、性格は変わってしまった。1人でやるってのに、1人で性格が変わっているとか、我ながらキモすぎる。でも、こうなってしまうんだからぁしゃあない!


「しゃあ!次はヒラメか!えんがわを昨日出したんで今日は身の部分になるでさぁ!コイツも昆布締めにしたかったが、1品目と被っちまうしな…。ここは敢えて、そのままの身の味を味わってもらいますかぁ!そしてこっちは…」


 そんなこんなで、20貫くらいを適当に握った。出来栄えは普通だが、グレスなら気に入ってくれるだろう。




「わー!朝ごはんの分の寿司か!?」


「お、降りてきたか。随分と質素な格好してるな」


「まぁ、この顔を知ってるやつらも居るかもしれないしね。まあ十中八九いないけど。50年くらい前の話だし」


「え?」


「ん?」


「お前50歳超えだったのか?めちゃくちゃおばあさんじゃん」


「いや、おばあさんとか人聞きの悪い表現をするな!魔王ジョブスキル《不老》のせいで見た目が全く変わんないんだよ!そもそも私はここに35年弱いたから、学びが少ないし、実質20歳みたいなものだ!!」


「…それは無理があるだろ」


「無理じゃなーーーい!って、やめよう。昨日みたいな展開はもうごめんだよ。全く、スマキはいつもいつも…」


「人のせいにするのは良くないぞ」


「うっさい!って強く当たれない意見やめろ!…ってかスマキは準備終わったのか?流石にずっとその格好では無いだろ?そもそもずっと気になってたが、なんでそんな奇抜な格好してるんだ?」


「ん?俺の格好が奇抜?」


 そうか、ここは異世界だ。今までとは違って服の価値観が違うのか。そう考えたら、最低限グレスの味の価値観が俺たちと違わなくて本当に良かった。


「確かに奇抜なのかもしれないな。だが俺は他に服を持ってないんだ。グレス、何着か俺に服をくれないか?」


「それ以外に持ってないとか変態じゃん…。まぁいいよ。ちょっとまってて、今準備するから!スマキも準備しててねー!」


「…わかった」


 そういってグレスは走って自分の部屋に戻っていった。

 と言っても、何を準備すればいいのだろうか。そもそもグレスだって服は変わっていたが、大して、いや全く荷物を持っていなかったじゃないか。部屋にあるのか?


「とりあえず、リュックに詰めるか…。部屋に確かあったからな。だいぶ大荷物になるが…仕方ない」


 そして荷造りを始める。水とか食料とか。着替えはグレスに持ってきてもらうとして、その他の必要不可欠なものは全てリュックに詰めていく。



「よし、こんなもんかな」


「何してるんだ?」


「おお、グレス。お前に言われた通りに荷造りしてるんだよ」


「ん?準備しろとは言ったけど…、いやごめん。私の説明不足だったわ」


「それはどういうことだ?」


「私は水魔法を使えるし簡単に食料を狩ることが出来るからさ、言っちゃえば荷物なんて服とテントくらいでいいんだよ。で、私の魔法次元収納にぽいぽいっていれちゃえば済む話なのさ。まあこの中に入れられる許容重量1kgのせいでそのくらいしか入れられないんだけど…」


「ってことは、この水も食料も…?」


「ああ、全くもって無駄だな。私は心の準備をしてろって言いたかったんだけど、上手く伝えられなくてごめんね?」


「ああ、そういう事か。だからこういった召喚魔法と区別化できてるってことか。わかった。じゃあ服をくれ。着替えたら早速旅に出よう」


「はいこれ」


 そして自分の部屋で着替える。昔の平民のような質素な服に簡素なマントを羽織る。



「よし、グレス。着替え終わったぞ」


「よしおっけー!それじゃあ、早速旅に出発だね!」


「あ、すまんグレス、旅に出る前に少しいいか?」


「ん?どうしたの?」


「2つ質問があるんだ。外の世界って、人間を襲うまものとかって現れたりするのか?」


「はぁ?そりゃ出るに決まってるでしょ?何その質問?スマキ、あんたはこの世界に来たばっかかなんかなの?」


「え?あ、」


「え?まさかの図星だったりする?」


「…俺は戦い方がわからん。だからある程度修行をさせてほしいのだが」


「いや無理だよ?この流れで「おっけ~、教えてあげる~」とはならないからね?」


「…」


「えちょっと黙らないでよ怖い怖い」


 俺が転生してきたという話、グレスにするべきか。この事は神々に纏わる話だ。言ってしまっては…いや、逆にここまで来てしまっては、隠すと後々の信頼関係や様々な事に支障をきたすだろう。ここはやむを得ないか…。


「…仕方がない。すまないな、今まで意図的に黙っていて」


「え?」


 そして俺はグレスに、俺がここに来た経路、俺の前世について、嘘偽りなく全て話す事にした。

 寿司屋で誕生日に寿司を食っていた話、車に撥ねられてしまった話、神々やカスタマーセンターに転生させてもらった話に、さまよっていたらグレスの城の前に来ていた話を。







「…これが全てだ」


 グレスは俯いている。当然だろう。神々にカスタマーセンターとか、聞いているだけで信じられない。


「す…」


「すまないなグレス。この事は何かお前にも危険が及ぶかもしれないと思い、話せなかったんだ。神々というのは俺もよく分かっていない。分かっていないからこそ、お前にこの事を伝えたくなかったんだ」


「す…すご…」


「?」


「すごいすごい!すーーーっごいよスマキ!!」


「…は?」


 え?すごい?


「そっかこの異次元とも言えるステータスは神々による影響なのか確かにその理論でいくと私の立てた魔術理論にも辻褄が合ってくるし魔法と魔術という観点でもいやそれよりも転生魔術という存在があって人々を導いてそれで!


「なぜか分からんけどめっちゃ興奮している…!?」


「ごめんだけどスマキ!私はもう冷静になってなんか居られないような気がするよ!これで私の魔術も更に1つ進捗ができるよ!」


「あ、ああ」


「そうだな、次は途中で放棄した重力魔法の研究、いやこれは…」


 そっか、こいつは魔法バカなのか。いわゆる魔法オタク。早口になるのも典型的すぎるな。


「グレス、1回こっちの世界に戻ってきてくれ」


「え?あ、ごめん。ついつい1人で語っちゃった…」


「そういう事は俺にもあるから別に大丈夫だ。それよりも怖くないのか?こんな無尽蔵な俺が」


「ふん、私を甘く見てもらっては困るね。これでも一応魔王だからね?私。スマキや神々が襲ってきたとしても負けるつもりは無いし、それにさ」


「?」


「スマキは私を怖がらなかった」


「なんだ、そんな事か?」


「そんな事なんかじゃないさ。私はあの時、全力で威嚇してたんだよ?自分のオーラを最大限まで醸し出してたんだ。あんなの、魔王を知らない人間ですら気圧され、みっともなく逃げ去ってると思う。けど、スマキは違った。オーラって言うのは自分の心そのものを現しているんだけどさ、その真相を見抜いて、怖がらなかったでしょ?それはきっと、スマキが優しくて優しくて仕方がない人だから見抜けたんだって、私は思うんだ?」


「…そうか」


「そう!だから気にしなくていいんだよ!お互い化け物かもしれないけどさ、お互いがいれば、いいでしょ?」


 …温かいな、グレスの気持ちは。


「ああ、そうだな。俺たちは一応人間だけどな?そして、俺たちには強力な繋がりがあるしな?」


「ん?繋がりって?」


「この世界で1番寿司が大好きな2人って事さ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る