第53話
そのまま何事も無く夏休みを迎えた。
演劇部は再び秋の文化祭に向けて追い込みに入っていた。
演目は既に決まっている。
劇団の出演依頼が無かった分、昨年より気分的にも物理的にもゆったりしていた。
ダルい病の私には有り難い余裕だったけれど、何だか物足りない気もした。
「余裕の無いスケジュールの方が寧ろダルさを忘れられるかも………」
と、ピーターに言うと
「それは違うよアイラ。
去年は確かに活き活きしてたけど、あのスケジュールと恋と中学ルーキーの初ものばかりで心が高揚しっ放しだったから、それを通り過ぎてようやく呼吸出来るようになった時、どっと力が抜けたじゃないか。
今のダルい病はその後遺症かもよ!」
「去年のフル稼働の後遺症………!か………
あまり張り切り過ぎると後が怖いってことね………」
「いや、それに馴れるって手も有るよ。
でも今のアイラが疲れるのはあまり良く無い気もする………
精神的なエネルギーを失うみたいだから………」
「不安定になる傾向は有るかもね………
私には今の状態がベストなのかな………」
「少なくとも今はそんな気がする。
もっとアイラの生命力が強くなってから忙しがっても良いんじゃない?」
「いつの事やら………」
そんな会話をピーターとしていたので、劇団の座長夫妻が私の家にわざわざ訪ねて来た時の返答にも迷いが無かった。
夫妻は、私を子役として預からせてほしいと両親を説得しに来たのだ。
もしピーターとの会話が無かったら、喜んで引き受けたかもしれない。
ただ入団しても長くは続かなかったと思う。
まだ演劇の『え』の字も知らないのに、部活と両立しながら、あの本格的劇団の独特な世界に居続けることで、私はきっと自分のエネルギーの限界を思い知らされることになるだろうと予想出来た。
あまりに早く限界を知らされることは、私をどんどん追い込み小さく小さくして、その後の成長にも支障をきたすだろうことも。
もしまた両立してやり遂げたとしても、来年の落ち込みは今年どころでは無い気がした。
去年のパワーは雪野美月の存在によるところが大きかったのだと気づいた。
ここに来てようやく、恋が与えるエネルギーは凄いと感心するばかりだった。
去年の私は全て雪野美月ありきで生きていたことを自覚させられたのだ。
今の私には部活か劇団かの一本に絞ることが必要だと感じた。
だから座長夫妻には「無理だ」と即答した。
それで良かったと思う。
つづく
挿し絵です↓
ピーターパンと私 藍香【主に SF ファンタジー小説】 @mritw-u
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