第46話
雪野先輩への挨拶にチカも付き合うと申し出てくれたけれど、私は一人で挨拶したかった。
チカはすぐ分かってくれた。
名残惜しい友との語らいを邪魔するのも躊躇われたので、教室に行くことはやめ、チカと一緒に昇降口で雪野先輩が来るのを待った。
可也の時間、チカとの会話でドキドキ感を誤魔化しながら待っていた。
「あっ! 来た」
雪野先輩が大きなサックスケースを背負い、卒業証書と色紙やノートを持って俯きながら来る姿が見えた。
「じゃあね!アイラ! 頑張って!」
「じゃあね!後で報告する!
有り難う!」
チカが去って、私の心臓は経験したことが無いくらい激しく鼓動していた。
私は雪野先輩の靴箱を知っていたので、後ろの靴箱棚前で待っていた。
俯いて雪野先輩の足音が近づくのを聞きながらドキドキが頂点に達した時、
「あっ!」
不意をつかれた雪野先輩が声を漏らした。
雪野先輩の真っ直ぐな瞳と私の視線がぶつかった。
「あ、あのう………
御卒業おめでとうございます。
それと御入学も………おめでとうございます」
私はペコリと頭を下げた。
そして
「これ……………」
と言って花束を差し出した。
老婆の手が見えないように、角度や持ち方を研究し毎日練習していた通りに。
雪野先輩が花束を受け取ってくれると、すぐ手を引っ込めた。
「有り難う………」
その優しい一言が私の心を決めさせた。
「これからも頑張って下さい!」
私はそれだけ言って駆け出した。
雪野先輩の「有り難う」には、『君の気持ちは全て分かっている』と『自分はこれから新しい世界で頑張る』と『その為に、全てから開放されてゼロから始めたい』が含まれていたからだ。
私にはこれ以上何も言えない。
雪野先輩に言い難いことを言わせるのも嫌だ。
駆け出しながら、雪野先輩が後ろで何か言おうとする気配を感じたけれど、振り返らずそのまま走り続けた。
ひんやり冷たい風に撫でられながら走っていると、急に嗚咽が込み上げてきた。
家に着く頃には号泣していた。
自分で決断した結果なのに悲しくて悲しくてどうしようも無かった。
悔しさや寂しさとは違う、ただただ悲しかった。
暫くベッドの上で泣きじゃくった後、思いっ切り鼻をかんだ。
ピーターが枕に胡座をかいて腕を組み、難しい顔で私を見つめていた。
「スッキリしたか?」
そうピーターに聞かれて、私は再び声を出して泣いた。
でも今度は甘え泣きだと自分でも分かっていた。
甘え泣きしながら私は
ーーーーー会う度に手の扱い方を気にしなければならない相手と付き合うなんて出来ない!
出来過ぎ雪野美月には出来過ぎ少女が似合う!
私が足を引っ張るのは分かってる!ーーーーー
と、次々に言い訳と自分の行動を肯定する為の理由を探した。
同時に、恋をする度に同じ理由で自ら退かなければならないのかという絶望感が生まれ、育ち始めるのを感じていた。
それでも私はお腹が空いた。
きっとまだ大丈夫だと感じた。
雪野美月への恋は終わった。
つづく
挿し絵です↓
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