第31話
飽くまで臨時の出演だが、公演が11月23日の祝日だったので、部活の発表は11月3日文化の日に行われる文化祭だから重なることは無かったけれど、練習は同時進行になる。
ただ、子役は一度だけの出演だし、台詞も一つだけだから大丈夫だと言われて依頼を受けることに決めた。
なんなら文化祭が終わってから劇団の練習に行き始めても良いし、くらいの軽い気持ちだった。
劇団からは、取り敢えず一度練習を見に来るよう言われていたので、夏休みに入るとすぐユリと行ってみた。
演劇部は、昨年3年生しか居なかった状態で入部した1年生が、3年生も受験待機で辞めていった後経験の無い顧問の先生方と試行錯誤して存続させてきたような集まりなので、全く白紙から始まった感じだった。
それでも時々3年生が様子を見に来ては指導してくれたらしいし、3人でも続けようという志を持つだけあって、演劇に関してはなかなか思い入れの有る先輩達だった。
が、劇団の練習を見に行った私は、中学演劇部とは全く違うその独特の雰囲気に驚いた。
場所は合唱団と同じ放送局のスタジオなのだが、合唱団が使うスタジオより格段に広く、照明や音響設備の整った別世界なのだ。
大人達が真剣に、時には激しくぶつかり合いながら作品を創り上げていく崇高とも言える空間。
私が小学校でやったグループ演劇や今の部活なんて演劇に入らないと思わせるくらい、何もかもがハイレベルで現実離れした高みの世界に足を踏み入れたと感じた。
合唱団の練習スタジオが陽なら、このスタジオは明らかに良質な陰を含む。
それは照明効果によるものも有ると思うが。
同時に、この世界は私達には遠過ぎるけれど、いつかこの世界の住人になりたい!と思わせる魅力に圧倒された。
私達が見学していることに気づいた主人公『与ひょう』役の男性が、穏やかな笑顔で私達に近づいてきた。
「いらっしゃい!
今日は君達が出るシーンの練習は無いけど、ひととおり見ていくと良い」
男性はそれだけ言うと再び練習に戻った。
この男性は、私達が雰囲気に飲まれていることを感じ取ったのだろうと今なら分かる。
だから、まず私達がこの世界に馴れる迄『待とう』と決めたのだと。
私は、とても知的でダンディで垢抜けたこの男性と一緒に居られるだけで誇らしい気持ちだった。
私はユリと一緒に出来るだけ劇団の練習見学にも通った。
演劇部の練習にも励んだ。
そして、時々生き抜きにスポーツ部の見学もした。
私自身は、体育会系部活でのシゴキに耐える根性が無いと自覚したが、厳しい世界で生き延びる体育会系の人には憧れていたので、見学しながら尊敬の念が募っていった。
見ているうちに、スポーツ部でも顧問の先生やキャプテンの在り方が可也違うことに気づいた。
必ずしも厳しい指導が部員を成長させるわけでは無いことも。
過剰に厳しい部での成長は、部員の性格によって大きなバラつきが有った。
寧ろ、決してノンビリでは無いにしろ、基本的な穏やかさと自由な意識、自主性を尊重する部の方が、常に優勝したり全国大会まで行ったりしていると分かった。
「文化系の演劇部も、今の有り方がベストなのかもね」
「特に自由主義の私達にはね!」
私とチカはよくそんな話をしていた。
ピーターは、しょっちゅうティンカーベルの衣装や羽を付けてキラキラした粉を撒きながら飛び回り、文化祭の演目を『ピーターパン』にするようアピールしていた。
「それは無理だってば! だってピーターは私にしか見えないんだから!」
と、心の中で叫びながら、コスプレを楽しむピーターのやりたいようにやらせておいた。
つづく
挿し絵です↓
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