第9話

幼稚園は年中組から入った。

家のお隣りに住んでいた同い年の女の子シホちゃんは、先に年少組から入っていたので、一年先輩ということになる。

集団生活がどんなものか知らない私は、初めて入る集団に不安を感じるどころか楽しみでたまらなかった。


大人の配慮でシホちゃんとは同じクラスになった。

私はシホちゃんと一緒で安心したと言うより、いつも一緒に遊んでいる幼馴染みとは一緒に居ることが当然だと思っていた。


「シホちゃんと一緒で良かったわね」


とママは言うけれど、私はまだ


「…………………」状態。


『他の組』が有ることすら分かっていなかったようだ。


ところが、私はある日落とし穴が有ることを知った。

まず、当然のことだが、シホちゃんには既に私以外の友達が居る。

シホちゃんと私の関係が崩れる世界が有ることを知らされた。

そして私の前を行くシホちゃんを初めて見た。


                      

またある時、シホちゃんと私はホールで遊んでいた。

すると、私達の組担当の保母さんが通りかかり、馴れた様子でシホちゃんの手を取ってグルグル回しを始めた。

シホちゃんもキャッキャッと笑って楽しそうだった。

当然次は私の番だと思ってシホちゃんが終わるのを待っていた。


ところが、シホちゃんのグルグル回しが終わると、保母さんは私を見ることも無く去って行った。

私はがっかりと言うより非常に寂しかった。


シホちゃんはとても大人しい子供だった。

家で遊ぶ時も、どちらかと言うと私が先頭に立つことが多かった。

その時も私とシホちゃんの間ではいつも通りだったのだが、シホちゃんが先輩であるにも拘わらず後輩の私が大きな顔をしてシホちゃんを従えているように見えたのかもしれないと後々考えたりした。


私がどうこうより、シホちゃんの大人しさは大人の保護心を掻き立てるはかなげな雰囲気をかもし出していたようにも思う。


或いは、単に私があの保母さんにとって嫌いなタイプの子供だったのか?


等々私は大人になってからも度々その時のことを思い出しては考える。


いずれにしても、私はこの時の寂しさをはっきり記憶しているのだから、けっこうショックだったことは確かだろう。

その時から私は、この保母さんをあまり好きでは無くなった。

今でもあまり良いイメージを持っていない。

何故ならグルグル回しの時だけでは無く、いろんな場面でその保母さんが園児に対して我儘わがままと言って良い程の大人気無い対応をしていたことを覚えているし、彼女の笑顔の記憶が全く無いからだ。


その当時、学校の先生や保母さん等の職業は、ある種のステータスを持っていた。

今でもそうかもしれないが、その頃は特に、女性は『良い結婚』をすることが最上の到達点意識が残っていた時代なので『保母さんをやっている女性は子供好き! 家庭的!』みたいな判定を得られる気風も有った。

安定した職業、安定した結婚を考えて保母さんになる女性もけっこう居ただろう。


グルグル回しの保母さんも、そんな気持ちで保母さんと言う職業を選んだかもしれないが、決して良い選択では無かったような気が今でもする。


                      

シホちゃんのグルグル回しが終わり、私がシラッとしている傍で、去って行く保母さんの背中にキックをかましている小さなピーターの姿が今も脳裏に焼き付いている。


               

            つづく


挿し絵です↓

https://kakuyomu.jp/users/mritw-u/news/16818093094459705701


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