第14話 魔力障壁


 夜の自宅で僕は闇弥と食卓を囲んでいる。


「どうしたの兄さん? なにかあった?」


「別に……」


「でも全然、箸が進んでないように見えるよ?」


 そう言われて、僕はふと目線を自分の分の晩御飯へと合わせた。

 チェーン店の牛丼だ。

 生卵を溶いて、肉と紅ショウガとかき混ぜると僕は胃袋に牛丼を掻きこんだ。


「ごちそうさま」


 立ち上がり、ゴミ箱に空容器を投げ捨てた。


「ちょっと外に出て来る」


「え、今から?」


 上着を羽織り、財布を手に自宅の外に出た僕は玄関の扉を閉めた。

 マンションの敷地を出て、星空の下を歩いていく。


 夜闇に漏れ出す人工光は、都心の眩しさに比べると僅かなものだ。

 エンジン音を残して通り過ぎていく車体の数々。

 背面のライトが線のようにか細くなって僕の視界から消え去って行く。


 目的としていた本屋に辿り着いた。


「さてと、冒険者入門……冒険者入門。戦士、戦士、前衛職入門……うーん」


 冒険者関連書籍の並ぶ本棚を見渡して行く。


「なるほど。魔力操作を応用し身体能力を強化する感覚を魂に身に着けさせるっていう修行方法を剣闘士時代にやったことがあるけど、あれに似たことを武器に絞ってやればいいだけなのか」


 立ち読みしながら僕は思いふける。


 剣闘士と冒険者の一番の違いは、相対する敵の違いであった。

 剣闘士は人間を相手として戦う。

 だから己の魂を鍛えて、身体能力を強化するすべを身に着けて試合に挑むことになる。


 それに対して冒険者の相手は魔力障壁を持つ魔物が相手のため、身体能力強化だけでなく魂に魔力操作の方法を身に着けさせて魔力障壁を作り出し、身体や装備に張り巡らせることも重要となってくる。


 そもそも冒険者が戦わなければならない魔物という存在。

 彼らの持つ強さとは、その身に宿した汚染能力の強さとも言い換えられた。

 本来、神々は自分たちの管理する世界に対して汚染する力を持った外敵をこの世界から弾き出すように結界を張り巡らせている。


 魔物は自らが持つ汚染する力を魔力障壁で覆い隠すことによって、周囲を漂う魔力に紛れ込み、結界を欺き僕らの世界に侵入してきているのだ。


 魔物レベルはその対象となる魔物の持つ汚染能力の強弱を表している。

 レベルが高い魔物ほど世界を汚染する能力をより秘めた存在ということであり、その悪質な力を結界に悟られないよう、より強力な魔力障壁を自らの体表に築き展開しているのだ。


 魔力で構成される魔力障壁を傷つけることができるのは同じく魔力で構成された力だけである。

 だから人類は本来魔物だけが持つ技術であった魔力障壁を学び盗んだ。

 その盗み取った技術・魔力障壁を人体や装備品に展開することで、魔物を打ち滅ぼす力を手にしたのだ。


 なにせ魂を持つ僕ら人類にとって汚染の力は、天敵でしかない。

 よって真っ向から魔物を倒そうとするのではなく、魔力障壁を打ち破ることで、神々の結界の下に彼らの体を露出させ、汚染能力を弱体化させることこそが重要なのだ。

 そうして弱体化した魔物の肉体なら僕ら人間でもいとも簡単にぶった斬ることができるのである。


 これが冒険者にとって優れた魔力障壁を展開することが重要な理由であった。


「武器に張り巡らせる強い魔力障壁を生み出すのに必要な魔力操作を得る切っ掛けとなりやすい手段は……意識的に魔力を強く宿した硬い物を握りしめて生活してみり戦闘や料理なんかで……魔物肉を……数多く捌いてみたり……あとは魔装備を使用してみたりか。その他にも感覚を掴むためには強い風を感じてみたりするのもいいのか……基本的にはやっぱり魔力操作も魂の操作で行われている技術だから身体能力強化を覚える時の方法に似てるわけだ」


 魂を操作することでの身体能力強化なんていうと小難しく感じるかもしれないが、要は風のように速く走りたいとか、クレーン車のように重たい物を持ち上げたいとか、そんな子供が妄想するような力を感覚として身に着け、現実に再現するだけのことである。


 この感覚を掴み、定着させる、ということが相当難しいのだが、そこらへんは自分なりに修行方法を工夫して頑張るしかない。


 魔力操作も同じだ。


 周囲を漂っている目に見えない魔力の流れ。

 それを操りたいと自分の魂に願うところから始まり、ある程度感覚が身に着いてきら、次は魔力障壁を作り始める。

 魔力障壁を作る際のイメージを簡単に説明するなら、大量の小麦粉をその場に落とした時、真っ白な細かい粒子が漂うが、あの粒子を掃除機みたいな吸引力で引き寄せ己の体に張り付けていく。

 全身を覆う小麦粉の鎧を作り上げるようなイメージだ。

 今説明したことを小麦粉から魔力に変えて行えば、魔力障壁は完成する。

 

 だが魔力障壁の難しさはここから始まるのだ。


 というのも一歩その場から動くだけで魔力障壁は剝がれ落ちていってしまう。

 僕らは戦闘中、装備品や人体から離れて行こうとする魔力障壁を構成する魔力と向き合いながら魔物と相対しなければならない。

 また魔力障壁の強弱は纏った魔力の量によって左右される。

 この時身に纏う魔力の量が多すぎると僕らはそれを重たいと感じるし、薄くしすぎれば防御力が心もとなくなる上、すぐに少ない魔力が離散し魔力障壁の形が保てなくなってしまう。


 だからより優れた魔力操作技術を身に着け、効率の良い魔力障壁の作り方を学んだり、効果的な纏い方を覚える必要があった。


 例えば相手の攻撃をその身に受ける直前だけ、膨大な魔力の流れを操作し、自らの体に纏ったり とか、攻撃する瞬間だけ魔力を集める、とかそんな感じにだ。


 当然それらはめちゃくちゃ難しい技術だ。


 僕は剣闘士だったから魂による身体能力強化は上手い方だと思うが、魔力操作のほうはそこまで上手く扱えてはいなかった。

 これが冒険者としての今の僕の大きな弱点だろう。

 

「手っ取り早いのは魔装備を身に着けることなんだろうけど、僕はあれが嫌いなんだよな……」


 魔物素材で作られた武器や防具なんかのことを魔装備という。

 魔装備は魔力障壁を勝手に張り巡らせてくれる効果を宿しており、なおかつそれを装備することによって手っ取り早く人間の魂に魔力障壁の作り方を覚え込ませることが可能だ。


 だけど代わりに荒々しい魔力操作が身についてしまうのだ。


 クッキーの型を取るみたいな感じに、その魔装備の型に沿った魔力操作が癖になってしまう。

 そうなってしまうといざという時に自由自在な細かい魔力操作を行えない。

 

 なぜ僕がすでに魔力操作に関してこんなに変なこだわりがあるかというと、剣闘士も修行の一環として一度は魔装備を用いたりしてみたりすることがあるからだ。


 鎧みたいに皮膚を硬質化させたい、何て感じで魂に身体能力強化を覚え込ませる折、魔装備を使ってみたりすると上手く行きやすかったりする。


 剣闘士業界では命を繋ぎ留めるための防御力が重視されていた。

 だからそういう修行方法をよく勧められていたのだ。

 マネージャーの春日さんに聞いた話だが、運営側も確死試合を除ければあまり試合の中で死者を出したくはないそうだ。

 未来のスター選手の損失は、興行においても大ダメージだから。

 

 そしてそれでも結構な数の死者が年間に出てしまうのが剣闘士という職業であった。




 僕はレジへ足を運び、何冊かの冒険者書籍を購入する。

 明るい店内から薄暗い夜道へ出た。

 出入口前で煙草を吸っている人間がいるからか外気と共に煙たくなった。


 購入したばかりの本の入った袋を懐にしまいこんでから、僕はその場で逆立ちする。


「よし、帰ろう」


 倒立歩行とうりつほこうで僕は家までの道筋を帰宅し始める。

 煙草を吸っていた人たちから指を差されぎゃははと嗤われた。

 親子連れから凝視される。


「二位之、てめえなにやってやがる!?」


 と声がかかった。

 車道の脇に停車したバイクからだ。


「なんだ不治野か。僕は今、修行で忙しいから邪魔しないでくれ」


 視界が上下反転している僕は彼の下半身を重点的に瞳に映しながらそう答えた。


「修行だあ!?」


 バイクにまたがったままヘルメットを手に、革ジャン姿の不治野が声を上げる。

 小さな足音が近づいてきた。


「もしかして! 魔力操作を鍛えるための修行ですか?」


 そう質問を寄こして来たのは真白彼方だ。

 彼女は先ほどまで不治野の運転するバイクの後部座席に座っていた。

 だからか今もヘルメットを装着したままだ。


「そうだけど?」


 真白は真剣さを帯びた声色で訊き返してくる。


「それって地面を使って行うようなことなんですか!?」


「いや、別に? 僕にとったら身近にある魔力を宿した硬い物っていったらこれが浮かんできたから、とりあえずこれを使ってみただけだよ?」


 と僕は倒立したまま片方の手で地面を殴りつけて見せる。

 ほら、丈夫だ。


 武器に纏う魔力障壁を高めようと考えたらまずは、ロングソードと人体を繋ぐ架け橋である手のひらの感覚を重点的に磨き上げるべきだと僕はそう思うのだ。

 硬い地面に帯びる魔力に触れ続け、硬い魔力障壁の作り方や維持する感覚を毎日僕ら人間の歩行を支えてくれている地面から学ぶ。


「なるほどです! ありがとうございます! 先輩!」


「なにが?」


 僕は困惑した。

 まあいいか、と彼らを置いて再び前進し始める。


「おい、二位之! 明日は部室に必ず顔出しやがれよ!」


 不治野がそう叫んだ。


「なんで?」


「冒険者部のミーティングだ!」


 僕はげんなりとする。


「はあ……君みたいな不良が部長だなんてねー」


 と投げやりに吐き捨てて、帰路へと手を伸ばす。


「二位之先輩、明日みんなで待ってますから! 絶対、来てください!」


 真白の声が背後から聞こえた。


「行かないよ」


 僕は小声で返した。

 なんで自分が強くなるための時間をこれ以上、他人の都合で奪われなきゃならない?

 一度は廃部されてあった部活の復活に関わったのだ。その時点で校長や結崎先生への義理も果たしたつもりだ。

 幽霊部員が嫌なら勝手に退部させてくれればいい。

 誰が行くものか。

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