第13話 自信


 それから数日後の休日、僕はいつも通り転送装置を通って終点世界へと赴いていた。

 冒険者ギルドを訪れた時、現世は昼前だったが、打って変ってこの世界は夜空だ。

 満点の星々が浮かぶ景色を目にすることが可能なこのダンジョンの名称を、ヨホシ高原といった。

 

 この前、毒々しいキノコを見かけたヤーツアイ森林ダンジョン奥部に聳えるクシルタリス山、その西側の麓にこのレベル四ダンジョン・ヨホシ高原はあった。

 当然僕にとっては適正外レベルのダンジョンとなるが、あえて今日はヨホシ高原に一番近しい位置にある低レベルダンジョンの出入り口を経由し、徒歩でこの難易度の地へ踏み入ってみた。


「うあああ糞だー!」


 僕は魔物の糞を踏みつけてしまった。

 

 ショックのあまりその場で天を仰いだ僕の視界に映りこんだ星空。

 都市にいる時よりかは、近くに感じる。

 まるでこの手があの小さな星々にまで届きそうだ。

 

 って届くわけがないか。

 苦笑いし僕は気を取り直して、足を踏み出す。

 ヘッドライトが照らす高原の光景は一点に向かって伸縮する光の頼りなさゆえに周辺の全景が見て取れない。

 

 風が揺らす草の根の音が生物の呼吸音に聞こえてきて、僕はおどろおどろしく感じてしまっている。

 とはいえ混ざり気のない澄んだ空気は僕が日頃暮らす都市生活の中ではなかなか体験できない美味なものだ。

 僕はロングソードを抜いた。


「……あれは、たぶんクシルタリスか? それも二匹もいるみたいだ」


 目を細め、視界に入れたのは二体の魔物の影だ。

 宝石のような肉体を持つ大きなリスの魔物クシルタリスである。

 ヨホシ高原最寄りのクシルタリス山。その山の名称の由来はおそらくこの魔物から取って名付けられたものなのだろう。


 草の根を揺らしながら二匹のクシルタリスは左右に分かれて僕に突っ込んでくる。

 わざわざ一匹ずつにばらけてくれるなんてありがたい。

 僕はそう思いながら、一方のクシルタリスへ照準を合わせ、ロングソードを手に駆け走った。

 

 これでこの瞬間だけは一対一の状況が作れた。

 僕の剣は一匹のクシルタリスを、瞬く間に粉砕ふんさいした。

 その場で僕は旋回する。

 隙を狙って飛び掛かってくるもう一匹を迎撃するために己の体を躍らせたのだ。


「っく!?」

 

 仕留めそこなった。

 だけど僕は未だ無傷だ。

 対するクシルタリスは斬撃を受け肉体に傷を負った。

 この戦いの優位は僕に傾いたということだ。


 それでも僕は顔をしかめてしまう。

 ヘッドライトが揺れ動いて、その都度つど、光源が明後日の方向へ飛び散り、敵影が暗闇に隠れて捉えづらくて仕方がないのだ。


 逃走を図ったクシルタリスを背中から僕は斬り砕いた。

 戦闘が終了する。


「確かクシルタリスはレベル三だったはず……今日、僕が探してるのはレベル四の魔物なんだよな……」


 籠の中にクシルタリスの砕けた死骸からいくつかの部位を放り込み、僕は移動を再開する。

 実をいうと本日のダンジョン探索での目的は、レベル四の魔物に対して自分の攻撃が通用するかどうかを確かめることだった。

 というのも、やはり虹色ピピピリラに全く攻撃が通じていなかったことが未だに心の中で堪えていた。


「出た……こいつがレベル四カタセキバナ……」


 僕は正面に佇む敵の姿を捉えた。

 その巨大な植物の姿をした魔物・カタセキバナは大地に根を張っていた。

 無数のつるを伸ばし、僕へと襲い掛かって来る。


 ヘッドライトの人工光が照らし映す夜闇の隙間を行き交いながらしなり伸びてくる蔓のむち


 僕は慣れない高原の足場につまずく。

 しかし僕の瞳はそれでも敵影を視界から放さず、攻撃軌道を読み切った。

 

 当然だ。

 少し前までの僕は将来を有望視されるほどの若手プロ剣闘士だったのだ。

 体勢が少しくらい崩れようが、体が地に倒れてさえいなければ、何度だって前方に足を踏み出して行ける。


 あっという間に敵の懐まで踏み込んだ僕の手から振るわれるロングソードが唸りを発した。

 魔力障壁を纏った剣速が生み出す風切り音だ。

 こうして現状僕が放てる最も強力な攻撃が敵の肉体に直撃する。


 だけど僕の渾身の一撃は、カタセキバナの皮膚の上を覆う魔力障壁に呆気なく弾かれてしまった。

 大きく仰け反った僕の隙を狙って無数の蔓が伸び上がり、叩き付けてくる。

 が僕は即座に回避行動を成功させた。


「なら!」


 ステップを踏み、再度、カタセキバナが行う蔓攻撃の隙間へとロングソードを割り込ませて行く。

 周囲の魔力を操作し、武器を覆う魔力障壁の密度を増す。


「もう一度ならどうかな!」


 一度斬りつけた部位と同じところに僕は剣撃を浴びせかけた。


「ッくそ、くそお!」


 だがまたしても意図も容易たやすく僕の攻撃は、敵の皮膚に弾かれてしまう。

 僕は絶望した。

 無我夢中で敵の追撃を掻い潜り、一心不乱に背を向けて逃げ出す。


 夜天に浮かぶ星々が遥か遠くからそんな情けない僕のことを見下ろしきている。


「――馬鹿な、こ、この僕がたかがレベル四の魔物で手詰まりだってッ!? 」


 現時点での二位之陽光郎の魔力障壁の練度では、レベル四の魔物すら斬ることができない。

 僕はそれを理解したのだった。


「くそッ!」

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