第12話 与路健太郎

 四十九番目の都市オオバネに存在するニ十歳以下の剣闘士の中で唯一僕が勝てなかった剣闘士、それが与路健太郎だ。

 与路と僕は同い年で、どちらも美少年で、だけどファンの数は圧倒的に向こうに分があった。

 それは与路の方が僕より剣闘士としての実力を有しており、なおかつ僕自身が嫌われ者営業を率先して行っていたことが何よりも大きな要因であったが、しかし彼自身の持つ正統派すぎる性格もその圧倒的人気には大いに寄与していたことだろう。


 そう、与路健太郎は性格も正道せいどうだった。

 僕と与路の間には彼のイケメンすぎる性格を言い表すことのできるこんなエピソードがある。


「二位之、本当の君は他人をいたぶるようなそういった言動を口にしたくはない人間なんだろう? 俺には分かる。なにせ君の剣筋が、いつも俺にそう語り掛けてくれているから」


 去年、管理都市で行われた全国剣闘士新人闘技大会、各都市の代表が集い、残る試合も僅かベスト八のみとなった時、トイレで鉢合わせた与路は僕に対してそう言ってのけたのだ。


 あの時は震えたね。

 こいつは僕の本質を理解している側の人間だ、と。


 そういえば与路健太郎を語る上で最も重要なことを忘れていた。

 アイツはなんといっても子供の頃からすでに戦神フェアブレイミに剣闘士としての才能を認められていた稀有な存在なのだ。


「僕は三位だったんだよなー……」


 今思い出しても悔しい。

 思いっきりベッドに倒れ込んだ僕は、そのまま眠りについた。

 ああ、そうさ。アイツの言う通り、僕は人の悪口なんて一言も口にしたくない人間なのさ。






「不治野、君はゴミだ。馬鹿とゴミが合わさった、ゴミの中のゴミ、馬鹿のゴミ捨て場の不治野って僕がこれから呼んでやろうか?」


 翌日、いつものように上昇青葉高校に登校した僕は、着々午前中の授業をこなしていき待ちに待った昼食の時間となっていた。

 いつも通り教室に残って一人飯にしゃれこんでいた僕のところへ、あろうことか不良学生の不治野が近づいてきた。

 そして即座に口論となり、前述の罵倒文を僕は発したのだった。


「ゴミはてめえだ二位之! ゴミの中のゴミ野郎が! 上昇青葉の恥でゴミ、それがてめえだ!」


 室内は騒然としていた。

 この場で昼食を取っていたクラスメイトのほとんどが廊下へ退避して様子をうかがっている。

 数人残る生徒も我関せずタイプと、ちらほらと目線だけを送ってくるタイプに分かれていた。


 不治野は怒鳴り散らす。


「てめえがなあ! 助道地のクソどもに手柄奪われやがったせいで! 俺はあの野郎共の勝ち誇った面を見せつけられなきゃならなかったんだぞ!」


「言っとくが、百万コゼニカを奪われていらついてるのは僕の方だよ? 部外者の君にとやかく口出しされる筋合いはないね」


「面子の話だ! 冒険者やるなら、他校の奴らに舐められやがんじゃねえよ! てめえと同じ学校に通ってる俺様が迷惑なんだよ!」


 廊下が騒動しくなった。

 どうやらこの騒ぎにクラスメイトが教師を呼びに行ってたらしい。


「そこまでよ! 不治野! 二位之!」


 扉から踏み込んできた担任の結崎先生ゆいざきせんせいがそう言いながら睨みつけてきた。


「私も今忙しいのよ! これで喧嘩は終わり! いいわねアンタたち!? だけど放課後、今回の件について説明してもらうからちゃんと居残ってなさい! 分かったわね? 返事は?」


「……分かりました」


「っち、わかったっつの、うっせーな……」


 僕と不治野はしぶしぶ了承した。

 こうして教室内に平和が戻った。

 

 

 午後の授業が始まり、あっという間に放課後を迎える。

 案の定、不治野は担任との約束なんか守らず教室を出て行った。

 比較すると僕は優等生だったので、普通に自席に座ったまま結崎先生を待った。


 やがて結崎先生が姿を見せる。

 いつだったか、冒険者部の勧誘を行っていたあの一年の女生徒と、ついでに不治屋を連れ添って教室へ入って来た。

 不治野は結崎先生に腕を掴まれ、引きずられるような姿であった。


「ということでアンタたち二人には冒険者部に入ってもらいたいのよ」


 と結崎先生は開口一番かいこういちばん意識外の言葉を持ってきた。


「はい?」


「は?」


 当然僕と不治野は困惑した。


「今の時間って昼食時に僕と不治野が揉めていたことに関しての居残りって話じゃなかったでしたっけ?」


「なんで揉めてたのよ?」


「不治野が難癖をつけてきたからです」

「こいつが助道地の奴らに舐められやがったからだ」


 僕らはほぼ同時に弁明した。


「なるほどね。事情はわかったわ。――さあ冒険者部に入りなさい二人とも!」


「まったく意味が分からないんですが?」

「誰がそんなもん入るかよ!」


 抗議する僕らに、結崎先生はそばでずっと無言のまま突っ立っている一年の女生徒の肩を叩いた。


「この子がね、この学校の冒険者部を蘇らせたいらしいの。校長先生が提示した部を再建する条件にはね、二年の現役冒険者が必要なのよ」


 慌てて少女が自己紹介した。


「一年一組、真白彼方ましろかなたです! お願いします!」


 ピンク髪を垂らし深々と頭を下げてきた。


「やらねえからな! 俺様は絶対に!」


 不治野は徹底抗戦の構えだ。

 一方で僕は歩み寄る姿勢を見せることにした。


「冒険者やってる二年生って他にもいるんじゃないですか?」


「アンタたちと違って他の生徒は暇じゃないっての。他の部活動や勉学に勤しみながら皆冒険者やってんのよ?」


 不治野が悪態をつく。


「バイト気分でやってる奴らなんかと一緒にすんな? 俺様は本気でプロを目指してんだ!」


「本気でプロ目指したかったら有名クランの養成所やアンタがさっき言葉に出してた助道地高校にでも入学すればよかったでしょーが?」


 教師としてはどうかと思うが、結崎先生は最もなことを口走る。

 そもそもうちの学校は剣闘士押しなのだ。

 だから僕もこの学校に入学した。家からも近かったし。


 興行として国内でも花形の位置にある剣闘士という職業と、世界に絶対に必要な存在である冒険者という職業。いずれもそれぞれに戦神と創造神といった神々から愛されたこの二つの職業は、全国に数多ある高校の部活動人気の中でも毎年最上位に食い込んでくる人気があった。


 そしてその二つの部活、両方を兼ね備えた助道地高のような学校もあれば、この学校のように一方に偏っているところもある。

 僕みたいに途中から冒険者に転向したならともかく、最初から冒険者を目指して入学するつもりなら上昇青葉じゃなく助道地高を選ぶべきだろう。


「っちっるせえな」


 早口で不治野はぼやいた。

 そんな彼に思わぬところから援護射撃が届いた。


「…………そ、そんなことないです! わたし、絶対、この学校でプロ冒険者になってみせます!」


 真白彼方がそう宣言した。


「はいはい、自分の夢を主張する機会はまた今度にでも取って置いておいてもらって……」


 結崎先生はあっさりとその主張を受け流した。

 なかなかに酷い態度だ。

 教師とは思えない。

 それから先生は不治野に目を向けた。


「お互いにプロになりたい者同士、彼女とは意外とアンタ気が合いそうじゃない? 入りなさいよ冒険者部」


「いやだ、他人に足引っ張られたくねえんだよ俺様は!」


「へーじゃあさっきのプロになりたいって言葉は嘘だったのかしら? 当然、プロになりたいなら冒険者部に所属してた方が有利なの知ってるわよね?」


 不治野が押し黙った。

 そのやりとりに僕は微笑みながら両手を何度も叩き合わせた。


「部員が決まったみたいでよかったよかった。じゃ、僕はこれで失礼しますよ先生」


 急いで教室を出て行こうとする僕。


「待ちなさい」


 結崎先生に呼び止められた。


「剣闘士をなんで辞めたかは知らないけどね。アンタみたいな奴がアマチュアで満足するわけがないんでしょ? わざわざまた戦う職業を好んで選んでんだもの」


 僕は答えた。


「当然僕もプロを目指してます」


「なら――」


「知ってますよね? 剣闘士は基本的に一人で戦う職業です。動きなれた戦い方をするためには仲間は必要ないんですよ」


「アンタは今、冒険者でしょーが?」


「本気でプロ目指してるんで、余計なものはできるだけそぎ落としたいんです」


 結崎先生は言った。


「校長が悲しんでたわよ? アンタが剣闘士辞めたことに対してね」


「なっ!?」


 僕はばつが悪くなった。

 なんと校長先生はあまり数の多くないプロ剣闘士二位之陽光郎のファンの一人だった。

 推薦で入ってきた者たちじゃなく一般入試を受けて入学してきた僕という剣闘士を、なぜか校長は学内の剣闘士の中でもなにかと気にかけてくれていたのだ。

 あの当時の僕はすでにプロだったから、この学校の剣闘士部にも所属すらしていなかったというのに。

 あんなに期待をしてくれていたファンの願いを裏切ってしまったことは僕も悲しくはあった。

 まあ、実際のところは、校内にいる剣闘士のなかでは僕が一番の問題児だったから問題を起こさないかと重点的に見張られていた可能性はなきにしもあらずなのではあるのだが。


「あーあ。アンタが冒険者部へ入部したって聞いたらさぞかし校長先生、喜ぶんじゃないかしらねー」


 白々しくそうぼやく結崎先生が悪魔のように見えてくる。


「決まりでいいかしら?」


「はー……」


 僕は項垂れた。

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