第三話:秤にかけた3時間
「───あの。
直球で悪いんだけどさ。おたくはその……、レズなの?」
玄関に上がり、ドアが閉まってから、私は二の句にそう尋ねた。
レズビアンが嫌いなのではない。
私自身は、レズビアンにもゲイにも、セクシャルマイノリティと呼ばれる人たちに特段の偏見はない。
女が当事者だった場合には、うちでは対応していないと断る必要があったのだ。
「レズ……?
あ、そっか。そうですよね。すいません、あの、そうじゃなくて。
わたしはレズビアンではないですし、貴女をそういうつもりで呼んだのでもないです。」
女は微笑んで、そんなつもりはないと曖昧に答えた。
性的な意図がないということは、女はやはり代理人的な立場なのか。
だったら、一向に現れない客本人に、この事態を説明させるまでだ。
「じゃあ、なに?何がどうなって、この状況?
つか、こういうのは客自身が交渉することでしょフツー。本人どこいんの?」
今度はちょっと強気に、部屋の奥にいるだろう客本人にも聞こえる声量で問い詰めた。
女は不思議そうに大きく瞬きをしたあと、悪気はなさそうに小さく吹き出した。
「あ、ごめんなさい。
わたしです、わたしが客自身です。」
「は?」
「すいません。まずはお茶でも、とか思って……。先に言うべきでしたね。
わたしが、貴女を指名したんです。きゃらめるしんどろーむのユリアさん。」
女の正体は、客の代理人でなければ、他店の同業者などでもなく。
恐ろしいことに、女自身が、私を買った客本人であるという。
ますますもって、意味不明すぎる。
レズでも代理でも手違いでもないなら、こいつは一体、なんのために私を。
「……あー、うん。ごめん。
ワタシ馬鹿だから、ちゃんと説明してもらわんと、なんのこっちゃ分からんわ。
してもらえる?説明。いちから、ちゃんと、馬鹿でも分かるように。」
「あ、ハイ、えと、はい。
実は、その……。お恥ずかしい話なんですが───」
"話し相手がほしかった"、と。
おもむろに語りだした女は、何故か仄かに赤面していた。
クールな印象から一転、実は落ち着きがないタイプなのかもしれない。
「せっかくのクリスマスだっていうのに、彼氏どころか、一緒に遊んでくれる友達もいなくて……。
今年も
ふと、思い付いちゃったんです。相手がいないなら、作っちゃえばいいんだって。」
「だ───、からって、なんで、よりによってデリヘル?
友達じゃなくても別に、同僚とか家族とか、他に声かける当てくらいいたでしょ、いっぱい。」
「それはそうなんですけど……。
なまじ知り合いだと、変に肩肘張っちゃったりして、却って辛いので。
その点、お金で買って買われた相手なら、手放しで愚痴を言い合ったり出来るかなって思ったんです。」
一通りの言い分を聞いて、私が女に抱いた所感は、"変なヤツ"だった。
だって、クリスマスをぼっちで過ごしたくないからって、5万円もこんなことに使うなんて。
まともな人間の発想じゃないし、いつもの私だったら、何やかやと理由をつけてお暇するところだろう。
でも。
「ごめんなさい、変なことに巻き込んで。
支払いは勿論そのままでいいですし、違約金とかチップとか、そういうのが必要なら、上乗せで請求してもらって構いません。
だから……。1時間でも、30分でもいいから、ここにいて。
わたしは、貴女に興味がある。貴女の話を聴いてみたいんです。
どうか、わたしとお喋りを、してくれませんか?」
伏し目がちに
そして同時に、哀しい影を背負っているように、私の目には映って。
ああ、私みたいな奴を、人間扱いしてくれる人もいるんだって。
真昼の世界の住人でも、本当の夜を知らない人種でも、私たちの孤独に寄り添ってくれることがあるんだって。
不覚にも、情のようなものに絆されてしまったのだ。
「……わかった。
そこまで言うなら、3時間きっかり、あんたの
「ありがとうございます!」
「ただし!
こんなんマジで、ワタシの経験にないし、だから、ルール違反に当たるとかも知らんからマジで、内密に。
違約金もチップもいらないからくれぐれも、ここだけの秘密ってことにしといてよね。」
「了解しました!」
「あと、」
「はい!」
「……あんたの方が、思ったより退屈だったとしても、返金対応とかは、してあげらんないから。
あんた自身でも楽しもうって、努力してよね。」
「……はい!
既に楽しいです!頑張ります!」
「返事だけはいいな……。」
たかが3時間。されど3時間。
受け取る報酬はそのままで、内容はただ話し相手になるだけでいいという。
そんなの、断るわけがない。
男の欲求の捌け口になるのと、女の仮初めの友達になるのと、秤にかけるまでもない。
むしろ、女の金銭感覚が心配というか、私の方が申し訳なさを覚えるくらいだ。
「ちなみに、チェンジは?」
「ナシで。」
「急に冷静になるな。」
後になって思えば、この時には騙されていたのだ。
彼女のついた、最初で最後の嘘。
私のためだけに仕組まれた、彼女の痛ましくも優しい物語に。
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