第26話 サイコメトラと鬼ごっこ①

 X大学付属学園高等学校の学園長室に斉藤仁が呼び出されたのは、夏休みを満喫し始めた七月末日のことだった。

 アルバイトの経理処理に不具合がなければこの時期に普通は呼び出されないので、何事かというのが、仁の頭によぎる。というか、普段は呼び出されても生徒会室とか職員室なので、どうもおかしいことは容易に想像が付く。

 とくに最近はおかしな事が続いているので、原因は分からない。

 学園長室にはアラン・ホイルと河北摩耶がいた。

 やっかいごとのシチュエーションとしてはもう見慣れた光景だった。

 高校に入って何回目のことかと、仁もどこか達観してきたところである。


「——まあお茶でも」

 と、アラン・ホイルは仁と河北摩耶にコーヒーを出した。


 なおさら碌でもないことが二人とも理解できた。

 四月のあの出来事で呼ばれてから、学園長室でお茶なんて出てきた事はなかったのだ。というか、どれだけ呼ばれているんだという話にもなるが、そこを何回言っても仕方ない。

 仁はコーヒーを一口飲んで、落ち着いた様子で口を開いた。

「それで、こんな中途半端なときに何用でしょうか」

「闇バイトってご存じですか」

「ああ、免許のない超能力者が個人的に仕事を請け負うあれですか」

 既に免許を持っている自分達には関係のない話だと、河北摩耶はすこし気を緩めてコーヒーに口を付けた。

 基本的に超能力者を雇うというには法律的な制約がある。とくに大企業になると社員の全三〇パーセント未満などいう細かいルールがいくつも存在する。官公庁などは別だが、基本的に中小企業も簡単に超能力者を雇ったりはしない。役所への報告義務も面倒だし、未熟な超能力者ほどトラブルの原因になりやすいからだ。

 基本的に超能力者が在籍する学校側も生徒にアルバイトをさせない方針だ。

 だが、隠れてアルバイトや商売をする生徒はいる。


「そう、その闇バイトで、それで面倒なことになったのですよ。覚えていますか、六月の終わりか、もう七月になっていたでしょうか」

「ああ、渡辺海斗ですか」

 仁もすっかり忘れていた。急に思い出す、とくに良い思い出でもなかったし、悪い思い出でもなかった。サイコメトラにとって記憶の取捨選択は重要だ。忘れる能力が低い奴は覚える技能が乏しい。

 それでいくと仁は良く忘れられる方だった。


「その子がどうしたんですか。たしか仁君の荒療治で高度な能力者になったのでは」

「ええ、つい先日まではその通りの認識でした」

「ああ、だから良くない道に進んだんですね」

「端的に言えばそういうことです」

 と、アラン・ホイルと仁は話を端折って進める。

「ごめんなさい。もうちょっと具体的に話して貰っていいでしょうか」

 さすがの河北摩耶も困ってしまう。二人ともサイコメトラとしては別格なので、話の速度が異常だ。

「要は夏休み前に寮を抜け出してから戻らないようなのです。もう一週間になるそうです」

「しかし、なんでまたこっちに話が来たんですか」

 河北摩耶が言った。渡辺海斗の学校は摩耶の能力と数人の協力者がいてようやく行き来ができる距離の学校だ。大分、田舎の方である。

「おそらく彼がこちらの方に来るようです。どういう手段で、どういう経緯でかは分かりませんが、プレコグの結果です」

「それで、多少関わりがあるから協力してほしい、ということですか」

「そういうことです。アルバイト料はでますから」

「流石にバイト代が出ないと、やってれないよ。クソガキの子守なんて」

 仁は口悪く言う。どうも彼とはウマが合わないというか、話してもないうちから嫌いだった。

 それに、夏休みがそれで削られるのだ。損した気分になる。なにげに今年は見入りがよかったので、夏休みは遊びたい気分だった。——八月には温泉に行こうかと計画していたのだ。一人旅は楽しい。


「……ともかく、相手は千里眼ということですね」

 河北摩耶が苦笑いを浮かべる。

「そう、千里眼との鬼ごっこは骨が折れますよ。それと協力者に空間能力者、移動距離は五キロメートルていどですが、テレポータがいます」

「余計に難易度が上がりますね」

 仁は考え込んだ。やっかいな相手だ。

「だからあなたたちにコンビを組んで貰う必要があるんです。こちら側でもできる限りのサポートはします」

 アラン・ホイルがそこまで言うのは珍しかった。

 仁と河北摩耶も思ったより事態が深刻そうなことを理解した。


「どうします?」

 と、仁は河北摩耶の方を見た。

「この仕事は受けるしかないとは思う。おそらくこの学園内に限って言えば、できるのは私たちだけだろうし。作戦が必要かもね」

 河北摩耶の表情が硬くなる。

「そうかもしれませんね」

 と、仁はフッと笑った。

「うん? どうしたの?」

 仁の不自然な笑みに河北摩耶は不思議そうな顔をした。こういう情況で仁は空気が読めない人間ではない。

「いや、なんか四月もでしたけど。僕たちって、追いかけっこというか、かくれんぼをしているのかなって」

「ああ、ソフィー先生のときの話か。かくれんぼね。たしかにそうかもね」

 笑える話ではないのだが、確かに言われてみればそうだ。と、河北摩耶も一理あると納得する。

 事態は深刻だが、こちらまで深刻そうな表情を浮かべる必要はなかった。

 きっと上手くいく、と河北摩耶も微笑んだ。

「この仕事が終われば本格的な夏休みになりますよね」

 と、仁は言う。

 アラン・ホイルと河北摩耶はそのマイペースさに笑うしかなかった。

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他人アレルギィ~そのサイコメトラ人嫌いにつき~ 人野形 @nari_hitono

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