第25話 とある少年の戯れ言
——初めは悪ふざけだったんだ。能力に目覚めて、調子に乗っていたなんてのは可愛い気のある話だろ。なのになんでこんな目に遭っているんだよ。
渡辺海斗は奥歯をカチカチと上手く噛み合わせられないでいた。
「ちょっと、おいちゃん達の話を聞いて貰っていいかな」
どう言い繕ってもカタギには見えない風貌だった。身なりこそ高級なスーツを着ているが、シャツの下から筋骨隆々とした肉体が浮き出ている。おそらくそれは意図的に相手を威圧するためだろう。成金趣味のような金のネックレスと腕に巻かれている高級ブランドのリングもそういう意図だ。
なにより顔が凶悪だった。浅い色黒で眼光は鋭い。本来は端正な顔つきだったのだろうが、右の目袋から下に一線の縫い跡がある。額にも横一文字の傷跡が見えた。
特に額の傷は交通事故によるものだ、という言い訳にはとうてい無理があるのではなかろうか。凶悪で綺麗な切創の痕だ。
「どうして、また。大人がどういったご用でしょうか」
渡辺海斗は正しい敬語を知らなかった。こういうのは意思表示が大事だ。相手に伝われば言葉の拙さはあるていど見逃される。
——渡辺海斗の目覚めた能力は千里眼だった。遠くの場所や物を見渡す能力だ。特にサイコメトリに根付いていたから、他人の探し物を見つけることには長けていた。
だから初めは学校内の生徒相手に悪ふざけで商売していたのだ。それから悪友に唆されて、無断外出するようになった。規範人の学生相手にやってみたら思ったより上手くいったのだ。
上手くいった、と言ってもそれは中学生の小遣い稼ぎ程度で大した額じゃないし、こんな反社会勢力の大人に目を付けられる様な物ではなかった筈なのだ。
「……うん。まあここでは何だし、腹減ってないか」
と男は金のネックレスを弄りながら言う。どこか興味なさそうな風だ。
しかし、男の足元に転がっているのは渡辺海斗の悪友だった。
仮にも上位のテレポータなのだが、その能力者を事も無げに伸してしまう規範人とは何者なのだろうか。
渡辺海斗は足下の友達をじっと見ながら返事を考える。
いや、ついて行くしかない。流石に情況は分かっている。覚悟の問題だ。
——友達と自分の命も掛かっていると思え。自分が高度な能力者であることを自負しろ。
と、渡辺海斗は自分自身に言い聞かせた。サイコメトラがやるような自己暗示ではない。規範人がよくやるただのおまじないだ。
効果がなくても信じる。プラシーボ効果って奴だ。
「ふう。そうですね。とりあえず、喫茶店とかでいいでしょうか。できれば窓際の席を希望します」
渡辺海斗は自分の頭が正常に回っているかを確認するように、相手の瞳を見た。
自分が相手からどう見られているのか、それには相手の目を見ることが重要だ。
「警戒されちゃったかなー。別においちゃんも急に殴り掛かってこられなければ、こんなことはしないよ」
と、その男は路上に突っ伏した友達の腹を蹴り上げる。
「うっ」と、渡辺海斗は顔を顰めた。友達の破れたシャツから見えた肋には青あざが出来ていた。顔なんてぐちゃぐちゃの血みどろじゃないか。
この状況で腹が減ったなど常人は思うわけがない。
「まあ、いいところを知っているからついてきな」
と、男は笑いながら言った。
「——要は人を探して欲しい訳なんだわ」
喫茶店の席に着くなり、男は言った。喫茶店は本当に普通の純喫茶だった。窓は小さいが一応ある。窓際の席だ。男も嘘はついてないが、渡辺海斗の思っていたものとは違った。
「はあ。人探しですか」
渡辺海斗は困惑した。思ったより普通の依頼だからだ。それこそ普通に、それこそだれか別の人間を伝って依頼してくれれば、こんなことにはなっていない筈なのだ。
だからそれが余計に怪しかった。
渡辺海斗はもう一度、注意深く周りを観察する。
いま席にいるのは、目の前の男と自分だけ。周りに店員以外はいなかった。ただ店の構造上、逃げ場は入り口しかない。店の入り口は狭かった。おしゃれと言えばそうだが、装飾がゴテゴテしている割に、扉自体がやけに小さいのだ。
男の他の仲間は近くにはいない。そいつらが友達をどこかに連れて行ってしまった。渡辺海斗にはそれも気がかりだった。人質を取られていると考えた方がいい。
男に言わせれば友達は良くしてくれる医者のところだという。
——内蔵とか売られるのかな……。
と、この緊張感にも慣れてきた渡辺海斗の脳はそんなことを考え始めていた。
店員が頼んだブラックコーヒーを持ってきて、去るのを確認した。
渡辺海斗はようやく口を開く。
「そうですね。ぼく、私の能力はサイコメトリがベースなので、貴方がその人を思い浮かべてさえくれれば、少し触れるだけでおおよその場所は分かります」
「そいつは重畳だ」
その男は今すぐやってくれと言わんばかりに額を突き出してくる。
一応、もう少し話しを聞いて貰わないと困る。
「けれど、いくつか制約があります。例えばその人が亡くなっていたりすると、精度はかなり落ちます」
その言葉に男はムッと機嫌を悪くしたのか眉尻を引き攣らせた。
サイコメトリというか、この男は存外、顔に出やすい質だ。渡辺海斗はサイコメトリを単体で使うことは出来ないので正確さには欠けている。
「それはおそらく……、大丈夫だ」
と、男は言葉を絞りながら言う。
声が小さく低くなると、怖さが増す。威圧的で迫力がある。
「では、私の報酬の話をしましょう」
渡辺海斗は気丈に振る舞いながら言った。
「まあ別に只でやれなんて、ケチなことは言わないけどよ」
「友達の怪我の治療と、早めに解放していただければ」
「でもなー」
と、男は渋るような口調で頭を掻く。別に考えている訳じゃない。初めから答えは決まっているのだ。
すこし芝居くさいのはわざとだろう、渡辺海斗もそれは理解している。
「私も彼らがいないと帰れないんですよ。この辺までテレポートで来ていますから」
「うーん、よし。分かった。けれど三日間ほどは付き合って貰う。その間に友達もある程度は回復するだろうし、それでいいだろう」
男はニヤッと笑った。
「まあ、その辺りが落とし所ですかね」
渡辺海斗は言った。こちらにも算段はある。あいにく今日は終業式で明日からは夏休みだ。いろいろと外出の言い訳は出来る。
この男の依頼を片付けたら、縁をさっさと切って、日常生活に戻ればいい。
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