第22話 サイコメトラはサディスト

「好きな女の名前を言うぞ」

 仁のその言葉に渡辺海斗は目を見開いた。

 明らかに渡辺海斗は動揺していた。


「おまえも中学時代があっただろうに」

「人の心はないんか」

 と、長谷川浄と裕理が口々に言った。

 思ってもいない味方からの攻撃だが、仁は狼狽えることがなかった。

 仁は気質的にサディストの気があった。


「く、いっそ殺してくれ」

 渡辺海斗が悲痛な表情を浮かべる。

「そういうわけにもいかないだろう。いっそ自分から誰が好きなのか言ってみろよ」

 仁は楽しそうに言った。


「ほんと鬼だな」

「おまえって奴は……」

 仲間達の非難の声を仁はあえて無視する。


「俺の能力を診断しにきたんじゃないのかよ」

 渡辺海斗は言った。

「高位の能力者が心を閉ざすと上手く読めないだろうが。実際、君にはサイコメトリ系の才能が開花しつつあるんだ」

 仁は淡々と言った。


「嘘つけ、それくらいの時期の能力なら、お前はハウリングを気にせずに読めるだろうがよ」

 と、裕理は額に手を当てて言った。

「いやいや。原則、ハウリングの危険がある場合は能力の使用はしないのが定石だ」

 仁はニヤニヤ笑いながら言う。

「絶対、この状況を楽しんでるよな」

 長谷川浄がボソッと言った。

「ほんと、これでバイトリーダーなのが質が悪い」

 裕理が言う。


「免許の試験に人格試験てありましたよね」

 渡辺海斗が恨めしそうに言った。ほかの二人が援護してくれるのをこれ幸いと渡辺海斗は追撃する。

「うるさいですよ。ここでは僕がルールです」

 仁が言う。

「暴君過ぎる」

 渡辺海斗が泣きそうな表情を浮かべる。


「うわ、年下を泣かせてる」

「容赦ない。ほんと人の心なくしてるよ」

 長谷川浄と裕理がぼそぼそと話し合う。


「理不尽」

 と、渡辺海斗が言う。

「よく分かってるじゃないか。世の中は理不尽なんだ」

 仁は何気もないように言う。

「四月に、あれだけの理不尽にあったお前がそれを言うのか。他人に対して優しくしてやろうとかはないわけ?」

 裕理が言った。流石に友達として言ってやらないと、と思った。


「いいんだよ、これで。どうせどう思っても僕たち超能力者は理不尽にさらされ続けるんだから」

 仁の表情には何もなかった。


「何があったんですか」

 渡辺海斗が興味津々に聞く。

「話を逸らすなよ。小僧」

 仁は言った。

「小僧って」

 渡辺海斗が不貞腐れたように言う。


「こっちも仕事で来てるんだ。お前の私的で幼稚な羞恥心に付き合う気はないんだ」

「そうですね」

 渡辺海斗はすこし反省したようにシュンとした表情を浮かべる。

「お前が心を開かないと、本当に力尽くでやらなくちゃいけなくなる。それはお前の能力に悪影響をもたらすかもしれないんだ」

 仁は言った。あくまでそれは渡辺海斗のことを思ってのことだ。

「分かりました。聞かれたことには全部答えます」

 渡辺海斗は何かを覚悟したように言った。


「どう思う」

 と、長谷川浄は裕理の方に目を遣った。

「いや、おそらくいい感じの話になって、落とし所を見つけただけ。基本的には奴の嗜虐心が勝っているものだと思う。最初は何も考えてはなかった」

「だよな」

 高校生二人の会話は仁と渡辺海斗には聞こえていない。



「——で、誰に好意を抱いてるんだ。お前は」

 仁は聞いた。

「俺を診察してくれていた担当の先生で」

「ああ、さっき挨拶したな。山下教諭。歳は二十四で綺麗な人だ」

 仁は言った。

「ですよね」

 渡辺海斗は喜々として言う。

「じゃあ、それは一旦諦めて貰って」

 仁は相談に乗っている訳ではなかった。


「ひどくないか」

 と、長谷川浄が言った。

「いや、それは……」

 裕理も口をつぐんだ。


「なんでだよ、子供だから相手にされないって言うのか」

 渡辺海斗が言う。

「いや、相手にされないというか。——彼女は既婚者だから」

 流石の仁も少し躊躇しながら、でもざっくりと言う。


「いや、そんなこと言ってなかったけど」

 渡辺海斗は驚いた表情を浮かべていた。

「まあ自己紹介で普通、そんなこと言わないわな」

「でもなんで」

「サイコメトラにお前の好意なんておおよそ筒抜けだ。気を遣って言い出し辛かったんだろうよ。大人でもな」

「そんな」

 としか、渡辺海斗は言葉が出なかった。

「子供を傷つけないよう、いろいろ配慮してくれてた筈だ。自然に分かるような信号を出したりしてなかったか」

「そんな……」

「お前の好きなんて所詮はそんなものなんだ。相手がどういう生活をしているかも想像できないていど」

 仁は淡々と言った。

「………………」

 渡辺海斗は何も言い返せなくなる。


「刺すやん」

 長谷川浄が呆気にとられる。

「ああ、なんなら刺した後にグリッと抉ったよな」

 裕理が言う。


 ——そのときだった。

 能力を使用する嫌な違和感を高校生の三人が感じた。

「これは……」

 念動力者の長谷川浄がはっきりと感じられるくらいだ。

「サイコメトリだ」

 裕理が言った。

「能力が目覚めたようだね」

 仁は冷静に言った。

「でも、こいつは混合能力者なんじゃなかったのか」

「混合能力者でも発現初期は上手く交わらずに単体で能力が出ることがある」

「これって暴走なんじゃ」

 長谷川浄が焦ったように言う。

「だから僕が呼ばれたんだろ」

 仁は落ち着いた様子で言う。

「コントロールさせられるのか」

「やれるさ。サポートを頼むよ」

 仁は自信を持って言う。

「何をすれば」

 長谷川浄が慌てた様子で聞く。

「まずは念動力を封じる。サイコメトリの暴走に合わせて他の能力まで暴走するのを防ぐんだ。やり方はさっきと同じでいい」

「わかった」

 念動力はより強い力で打ち消す事ができる。

 力任せに押さえつければ、弱い方の能力者が疲れて負ける。

 そしてある程度の能力者なら、身体が疲れれると本能的に暴走させずに収束させるようコントロールする。

 渡辺海斗もそれなりの能力者なので、それは出来る。


「でもサイコメトリはコントロールできないだろう」

 裕理が言った。

「だから君の出番だよ」

「エンパスとテレパスの使いどころだ。サイコメトリは僕が使う」

「深層意識への介入(ダイブ)か」

「そういうこと」

「危険なのはお前だぞ」

 裕理が言った。

 エンパスとテレパスは二人の橋渡しみたいなもので、暴走中の能力者の深層意識に潜るのはサイコメトラになる。

「大丈夫だ」

 仁は言った。

「ならいい」

 裕理が能力を発揮する。

 仁は渡辺海斗の深層意識へとダイブする。

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