第13話 サイコメトラと微妙な再会

 PCS(Psychic Children's Shelter)は主に小学生以下で超能力に目覚めた人間の保護と教育を目的に設立されている。

 学園長から話のあった翌週から、仁達はそんな子供達に基本的な能力のコントロールを教えることになった。


 気がつけば、仁は施設にある教室の教壇に立たされている。

 言われたとおり、授業を始めるしかなかった。


 ――念動力におけるコントロールの上達方法は流体を持ち上げることで感覚を養うことが効果的だとされている。

 仁は受け持ったクラス(三〇人の子供達)の前でそれを実践して見せた。

 コップに入った水を自動力により空中に取り出し、球体にして維持をする。ちょうど仁が念動力を取得した際に、学園長室でコーヒーを使ってやったことと同じだ。

 あの頃と比べれば、仁の能力も格段に進歩していた。


「この技術のポイントは水みたいな形が変わりやすいものは、重心が不安定なところにある」

 これを十歳前後の子供に言うのは難しいか、と仁はすこし悩んだ。一般的な規範人の学校と違い、この施設の子供達の年齢はまちまちである。能力の強さでクラスが分けられたからだ。


 仁のクラスはこの施設でも中程度の能力者達であった。

 ちなみにソフィー・ウェイドが能力の弱いクラスで、宮沢芽衣が能力の強いクラスだ。

 教えるのが得意で万が一の対処も経験豊富なソフィー・ウェイドが一番能力のないクラスで、出力が一番強い第三世代の念動力者である宮沢芽衣が強い能力者のクラスを担当した。仁だと一番強いクラスの能力者に出力の弱さで舐められる可能性があった。

 順当な割り振りだ。


「——ようは形が不安定な所為でコントロールが難しいということ。例えばコップを浮かすのとは安定性が全然、別だよ」

 と、仁は補足した。コップも同じように浮かす。

 球体となった水は微妙に形を変化させながら動いているのに対して、コップは空中で固定されたように止まっていた。

 同じ能力者が操るにしても、それらが全く違うことを目に見えて分かる。


「センセーはサイコメトラじゃなかったのかよ」

 一人の少女が急に立ち上がって言った。

 ――まあ、見知った顔だった。思ったより、いろいろ我慢してくれたんだな、と仁は思った。

 その少女は以前に仁が捕縛した登録外能力者だった。

 初めに今日のクラスの割り振りをしたときからなんとなく気になっていたことだ。

 狭い業界だからこういうこともあり得る話だと割り切っていたが、子供はそうでもないらしい。

 とにかく突っかかってくる気が満々である。


「まあ、訳あって念動力に目覚めてしまってね」

 と、仁は笑って誤魔化す。

「なんだよ、じゃあ最近、覚えたばかりじゃないか」

 少女は生意気にへっと鼻で笑う。

 それは事実なので、仁も返す言葉があまりない。

 というか、少女は自分が念動力者でないころの仁に捕まっていることを忘れている様だった。


 こういうとき念動力者としてはどうするべきだろう。

 子供は素直だ。それに超能力者全般にいえることだが、能力の低いと思われれば言うことを聞かなくなる。

 とはいえ、流石にソフィー・ウェイドのときのように、試合で決着をつけるやり方はできない。


「元気がいいですね。では、えっと名前はなんとおっしゃいますか」

 あまりこういうのは仁は向いてない。言い方も少し変だと自覚した。

「佐々木凜、能力は念動力者で、得意なのは自動力だ。補導されてここにいるのは知っているよな」

 ここまであからさまなのは珍しいのではないだろうか。案外、素直なのかもしれない。仁はなるべく柔和な表情を崩さないようにした。


「では、佐々木さん。これを試しにやってみていただけますか」

「なんで私が」

「習うより慣れろ、ですよ」

 仁は笑いながら、佐々木凜の右手首をつかみ教壇に連れて行く。


「いや、なんで急に」

 佐々木凜は驚いた。思いのほか仁の力が強いことと、なぜか自分の手首が痛くないことに気づく。


 ――自動力のなせる業なのだが、感覚的に分かってくれるだろうか。


「ではやってみて」

 仁は言った。

「……うぅ。てか、これ思ったより」

 佐々木凜は呻くようにはっきりしない声で言った。

 水はコップから取り出せているが球体とは言い難い。

 落ちそうになる部分を何回も能力で押し上げるように持ち上げて、効率も悪くすぐに疲れる。


「まあ、結構難しいのですよ。でも筋はいいですよ」

 仁は言った。

 一連の流れをみていた他の子供達も仁が優秀な能力者であることを察した。

 全員に一通りレクチャーをしながら実践した後は、普通に座学を行いその日は終了した。



「――折り入って斎藤さんにご相談があるのですが」

 と、PCSの職員に話しかけられたのは三日目の授業が終わった後だった。

 カリキュラム自体は滞りなく進んでいたので、仁は目を見開いて驚いた。

 五日間の日程も折り返し地点だったので、少し気が緩んでいたかと冷静にこの三日間を振り返る。


「いえ、とくに不手際とかではなく……」

 職員は恐る恐るといった様子で話す。基本的に施設の職員は不活性の能力者であることが多い。遺伝子的には規範人とはいえないが、超能力を持たない微妙な立ち位置の人種である。そのため超能力に怯えていて、規範人の差別にも悩まされている。どこかおどおどとした態度はこの人種に多かった。


「大丈夫です。怖くないので。知っての通り基本的にサイコメトラなので、そこまで強い力は使えないです」

 仁はなるべくおどけて返事をする。

 ここで変に強く出て、試験で提出する書類に人格的に問題ありなど評価されても困るのだ。

「いえ、まあ斎藤さんは話しやすいので助かっております」

「それで、何か問題でも」

「佐々木凜さんのことなのですが、彼女の親御さんに会ってくれませんか」

「はあ」

 と、仁も流石に困った返事をしてしまう。話が飛躍して良く見えないのというのもある。


「彼女の親というのが、あまり私たちの話を聞いてくれなくてですね。能力者の立場から説明をお願いしたいのです」

 職員は急に早口になる。

「えっと具体的に何を言えばいいのでしょうか」

「親権を彼女の進学先に移すように言っていただきたいのです」

 超能力者は基本的に能力の出力の高さと運用能力(コントロール)を認められれば、特別な学校に通うことができる。

 仁の学園のようにである。しかし、そのときに複数の法的な問題を解決(解釈)するため学校法人が親権者になることができるという超能力者の法律があるのだ。


「ああ、なるほど。でもどちらかと言えばそれってサイコメトラの仕事ですね」

「そうともいえます。でも、彼女はあなたにすごく懐いている様に見えますので」

「困ったなー」

 一応、仁はサイコメトリの免許はあるのでこういう相談はお金を取れる立場なのである。


「一応、学園を通していただいてよろしいでしょうか」

 と、仁は言った。それが後腐れないのだ。

「わかりました」

 職員は残念そうに頷いた。

 悪い人じゃないのだろうけど、ロハで超能力者を使い倒そうという魂胆がみえみえである。

 ただでさえ仁はサイコメトラなのに、施設側も相談する人選を失敗している。


『やって差し上げなさい』

 と、学園長のアラン・ホイルから連絡が来たのは翌日の朝だった。

「簡単に言ってくれますね」

『難しくは無いと思います』

「アルバイト代は出るのですよね」

『相場より安めですが、そこはしっかりと』

「まあ、こういうのはやったことないですが」

『では、頼みましたよ』

 アラン・ホイルから電話は切れた。

「言い逃げだ」

 と、仁がぼやいてもアランには聞こえていない。

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