第9話 空間跳躍者と弁護士
「だめです」
高橋紗菜はぴしゃりと言った。
学園長室に高橋紗菜が来ている事を知った河北摩耶は斉藤仁との外出の許可を取りに来ていた。
プレコグ科によるソフィの出現予測地点に仁と向かう事由だったのだが、当たり前のように否認された。
「なぜです」
河北摩耶は聞いた。
「未登録の超能力者と遭遇するのですよ。市街地戦闘になったらどうするのですか」
高橋紗菜は淡々とした口調で言った。
彼女の言っていることはもっともだ。大勢の規範人を超能力戦に巻き込むわけにはいかなかった。
最悪のケースが普通に起こりえるのだ。
場所からしても死者が百人単位で出てもおかしくない。
「能力者なんて見つけたら、私の能力で学園の演習場にでも飛ばします」
河北摩耶は自信満々に言った。
「なら、あなた一人が行けばよろしい」
高橋紗菜の切り返しは弁護士というだけあって、速かった。
「いや、そうじゃなくて。細かい行動は第三世代のプレコグでも外すことが多いです。捜索にはサイコメトラが必要です」
「なら、別に斉藤仁でなくともいいのでは」
「この学園の第三世代サイコメトラで免許を持っているのは彼だけです」
河北摩耶は譲る気はないといった態度で言い返す。
「保釈中のなのですよ、彼は……」
高橋紗菜は右手で額を擦る。
頭痛だろうか。と、河北摩耶はすこし心配そうな顔を浮かべながらも、持論を通すために口を開いた。
「それに現代の超能力戦は4人一組が基本です。彼一人では心許ないし、第二世代の私一人では第零世代の能力に負けてしまうかもしれません」
確かに河北摩耶の言うことには一理あった。
基本的に第零世代の能力出力は、単一だがもっとも強力な第三世代(単一能力者)と同等程度あるとされている。その上、零世代は能力の保持数は他の世代より圧倒的に多い。
だから空間跳躍能力者で、第二世代としては破格の出力を誇る河北摩耶でも第零世代には対応しきれないというのも分かる。
第二世代は基本的に三つ程度の能力を使う能力者が多い。その個々の出力は他世代と比べて凡庸な事が多い。
二世代の利点は複合能力(複数の能力を同時に使う)および、混成能力(別系統の能力が重なり合って発現する)が多い。劣化零世代と呼ばれる所以だ。
しかし、空間跳躍といったSA(特殊能力者)が多いのもこの世代だ。トリッキーな能力が多く、混成能力の使用者が少ない零世代(そういった能力者との戦闘経験がすくない)に必ずしも戦闘で不利ではなかった。
「どうしましょうか」
高橋紗菜は学園長のアラン・ホイルに目を遣る。流石に超能力のことになると学生でも向こうに分があるので、アラン・ホイルに援護を頼むように言った。
「うーん。悩ましいですね」
アランが言った。
確かにサイコメトラがいれば、戦況は大きく有利にできる場合が多い。戦闘向きではないが、情報収集や戦闘時の戦況判断などのサポートに向いているのだ。
「でも、それにしても、なぜこんなに必死なのでしょうか」
高橋紗菜が零した。
正直、河北摩耶も馬鹿ではないはずだ。基本的に仁をこの学園に閉じ込めておきたいという思惑というか、裁判で彼が少しでも不利にならないため、そういう解釈は出来るはずだ。
「たしかに、何か彼女の言動はおかしいですね」
学園長のアランも少し怪訝そうな顔をした。
「まあ、一応、資料を確認させて貰いましょうか」
高橋紗菜は言った。きっと彼女なりの合理的な理由が記載されているはずだった。
「学園長にも資料はお送りしています。というか、そろそろ高橋さんの端末アドレスも教えて貰いたいものですね」
河北摩耶は言った。
「まあそのうち」
高橋紗菜はうっすらと笑みを浮かべた。相変わらず、自分とは違うタイプの人種だと思った。変にペースを持って行かれる。
高橋紗菜は能力者に詳しくないので、知らないが空間跳躍系の能力者は突飛な言動が多い人間が多い。
そのあたり、サイコメトラの仁などはわきまえていた。
「ほう。コレクション・ポート。大型の複合商業施設ですか。去年できた。ソフィーは案外、観光に来ているのかもしれませんね」
アランは言った。
「あくまで私見で恐縮なのですが、しばらくこの地に留まる予定なのではないでしょうか」
河北摩耶が言った。
「どうして、そう思います」
アランは聞く。
「複数人のプレコグが生活雑貨店と、ドラッグストアに寄ることを高確しています。さすがに相手が相手なだけに拠点こそ分かりませんが、近辺で生活する、もしくはしているか、と」
「まあ、断定はできませんが、観光よりも少し……、そちらの方がありえそうですね」
アランは考えるように口にした。
「ところで摩耶さん」
高橋紗菜は嗜虐的な笑みを浮かべる。すこし怒っているようでもある。
「はい……なんでしょう」
河北摩耶は吊られてうっすら笑みを浮かべる。
「ここに行く目的は何でしょう」
高橋紗菜は言った。
いま見ているプレコグ科の予測に嘘はないだろう。超能力戦を防ぐための戦術的な組み合わせとして、レポートに論理的な欠陥はない。だから論理的では無い部分に問題があるのだ。
「ソフィーさんを保護するためです」
何を言っているのだろうか、と言わんばかりに河北摩耶は惚ける。
「本当にそれだけですか」
高橋紗菜はじっと河北摩耶を見た。
「な、何のことでしょう」
河北摩耶はすっと目を逸らした。
「私心はないと」
高橋紗菜は言う。
「し、ししん、私心? どんな字を書くのですか。意味もちょっと分からないです」
「では言い換えましょう。下心はないですね」
「も、もちろんじゃないでしゅか」
河北摩耶は盛大に噛んだ。舌でもかみ切ったかというほどだ。
——まあ、自滅はしている。と、高橋紗菜は思った。
「本当に、これはデートがしたいわけではないですよね」
高橋紗菜は念を押すように言った。
「もちろんじゃないですか。そんな……」
河北摩耶は語尾を次第に弱くしていく。
「まあ……その辺で」アランが笑った。
「でも、真面目な話をすると、あまり仁を学園外に出したくないのですよ」
高橋紗菜は複雑そうな表情を浮かべる。彼女としても仁への配慮はいろいろ考えていることはある。
「でも、どのみちソフィー見つからないと、困るのも彼です」
アランは言った。
河北摩耶もうんうんと頷いた。
「それもそうですが。困りました。彼以上の適任(サイコメトラ)がいないのも事実ですし」
「なぜ、そんなに私たちを組ませたがらないのですか」
河北摩耶は言った。
「あなたが斎藤仁に好意を持っているからですよ。それにあなたは空間跳躍者ですよね。逃げようと思えばどこまでも逃避行できてしまいますから」
「あー、うん。確かに」
河北摩耶はなんとなく納得した。
そもそも仁と逃亡することなんて考えてなかったと言うような表情で高橋紗菜を見つめていた。まるでそんな考えが良く浮かぶ、とどこか尊敬しているような眼差しだ。
「そこは考えたことなかったんですね」
高橋紗菜もため息を吐きそうになるのを我慢した。変なところで河北摩耶が純朴なので、会話のリズムが狂わされる。
「考えていたら、いつでも彼を連れて逃げられますからね」
河北摩耶は笑いながら言った。
「やめてくださいね」
高橋紗菜は念を押すように言った。
本来、小さい身体だが、その何倍ものすさまじい圧が感じられるほど出ていた。
「まあ、そこは信じていますよ。性格的に。大丈夫……ですよね。それに彼女はソフィー保護が失敗することをそもそも考えていませんから」
アランは言った。なんだかんだで河北摩耶のことを信頼しているという部分が大きいのだ。
それに仁が無罪になるなら、河北摩耶の性格だと逃げるより捕まえるほうに注力するだろう。
「うーん、気は引けますが、仕方有りません。やってみましょう。ただし常に連絡を取れるようにして頂きます。当日は私も学園で待機させて頂きます」
高橋紗菜はため息を吐いた。
会社勤めなら、こういうのをなんと言うか知っていた。
休日出勤だ。
別に仕事をしたくないわけではないが、休日出勤中に学生のデートを見せられるというのは、どこか憂鬱な気分になる。
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