第8話 サイコメトラと女の勘

 X大学付属学園高等学校は超能力者の育成機関と研究機関という二つの面がある。

 例えば全寮制にしている理由は、カリキュラムの一環として超能力者を管理教育するという目的と、生徒の行動やヒアリングをとおして研究データを収集する。

 そういう二面性がある。


 仁も入寮していたのだが、引っ越しすることになった。

 基本的に高校生は二人部屋であるが、事情が変わったのだ。

 保釈中なので出来れば他人との接触は控えていただきたい、という高橋紗菜の要望である。


 引っ越し先は学園の反省部屋であった。

 反省部屋といっても校舎や寮からしっかりと隔離された施設である。

 名前はともかく、超能力者用に対策された監禁施設であった。

 もともと問題を起こした生徒達を一時隔離するための場所だ。

 ただ幼い時分ならまだしも、高校生くらいになると、そうそう問題視されるような事故や事件を起こすことはない。


 一〇代半ばまで超能力機関を生き抜いた能力者というのは皆が皆、精鋭達である。

 だが、法律上の立て付けで超能力を扱う学校はこういう施設の設置が義務づけられている。形式上の施設だった。


 だから仁がこの施設の初めての使用者だった。


「はい。これで仁君の私物は全部かな」

 河北摩耶の能力である空間跳躍は物を運ぶという点においてもとても優秀だった。

「はい、ありがとうございます」

 仁は荷ほどきを始めた。

 流石に能力で荷物を運ぶにしても小物類などに別々に能力を掛けるより、段ボールにひとまとめにする方が楽なのだ。

 

「しっかし、殺風景だねー」河北摩耶は部屋を見渡す。

「まあ、もともとは反省部屋なので」

 とはいえ基本的にやたらとセキュリティが厳重なドアと厚い壁に囲われたこの部屋は長期的に住むには不向きだった。

 こんなところに長期的に閉じ込められていると普通なら病んでしまう。一匹狼な気質がある仁でもそう感じる。


 部屋は最低限の採光が取れる窓、換気をするためのダクトはあるが、それも厳重に保護されていた。そのため、トイレもシャワーも部屋にはなかった。

 そういった設備は部屋から離されている。念動力への対策だ。彼らの能力はすべてのものが武器になってしまう。

 もうひとつは単純に自死を防ぐためのものだ。

 だから部屋のドアを開けるには監視室からの操作が必要であった。といってもこの施設はいままで使われてないので、監視室には常駐している人間はいなかった。

 そのため部屋の扉は開放した状態にしている。


 それにしても今まで使われていなかったのでかび臭いし、空気は淀んでいた。

 仁もなんとか住めるように部屋を掃除してみたが、素人の作業ではあまり良くはならなかった。


「ふーん。なるほど、こりゃ厳重だわ。部屋の構造を工夫している。歪めているというか。並の空間跳躍者じゃ跳躍に失敗するかもね。壁が分厚くて部屋と部屋の間にも距離があるし」

 河北摩耶がぼやいた。

 仁もそれには同感だった。

「というか、なに冷静に分析しているのですか」

 仁も惘れるように言った。なぜか長く居座ろうとする河北摩耶は仁の言葉を無視して検分を続けている。


 河北摩耶との面会も本来なら禁止なのだ。

 学園長のアランや高橋紗菜と連絡をとるため、部屋に生活必需品や食料を持ち込むため、と言った最低限に関して河北摩耶はこの部屋への立ち入りを認められていた。


 彼女があるていど、この学園では特別扱いされているというのもあるが、別に理由がある。要は面倒なのだ。面会するたびにこのセキュリティをいちいち解除して割と遠い道のりを学園長や弁護士先生が移動するかといわれればそれは否だった。

 彼らもそこそこ忙しい身であるし、もとい効率が悪いので河北摩耶に雑用を含め押しつけた。

 それに河北摩耶の場合、能力と性格からして仁に会いに行くのは明白だった。勝手に会いに行ってしまう方が問題である。


「――まあ、長居してるのは一人が寂しいかと思って。いまは平気かもしれないけど長期的になると、精神に異常をきたす。君のような精神感応系の能力者にそれは致命的だろ」

 河北摩耶はベットに座って、そのまま寝っ転がる。愛らしく潤んだ瞳が上目遣いで仁を捉えていた。


 このベットは本来ここにはないもので、仁の寮の部屋から持ってきた物だった。つまり、仁が普段から使っているものである。

 彼女の腰まである黒い長髪がベッドに広がっている、妙に艶めかしかった。いや、この誰も来ないこの状況でその無防備さは流石にどうだろう、と仁も困ってしまう。


「………………ふう」

 仁は深呼吸しながら平静を保とうとした。

 そして今の自分が置かれている立場を冷静に思い出す。


「それじゃあ、プレコグ科の優秀で口の堅い人を探してもらえますか」

 と、仁は言った。

 プレコグ(予知能力、未来視)は仁のサイコメトリと近い能力である。

 学科こそ違うが、同じ科目を履修することが多い。なので知り合いや友人も何人かいる。仁に協力してくれる人間もいるはずだ。


「つまらない」河北摩耶は頬を膨らませながら言った。

 紙の資料を仁に渡す。すでにこの資料のことは弁護士の高橋紗菜にも許可を取っていた。

 この部屋はネットワークを遮断されている。

 もちろん仁が端末を持つことも禁止されている。

 新しく情報を得るには紙の資料でやりとりするしかないし、その都度、高橋紗菜の判断が必要だ。


「流石です」

 仁は資料を手に取りながら言った。

 ――いまはこっちに集中しよう。

 河北摩耶は普段の言動を除けば、すごく優秀なのだ。

 ネットワーク端末が使えない以上はこういうアナログな資料になってしまうが、今の仁には有り難かった。


 日常の癖で、特に意識することなくベッドに腰を落とす。資料に夢中だったため河北摩耶が横にいることを仁は失念していた。

 急に横に座ってきた仁に今度は河北摩耶がドギマギする。

 起き上がって手櫛して身なりを整える。


「いろいろ手配済みよ。ソフィー幼女の名前は伏せたけど、写真の人物が次にどこに現れるのか高精度の演算中。単精度ではすでに候補がいくつか出ている」

 河北摩耶はどう言葉をかけるか見つからず、資料の内容を捕捉するように説明した。彼女は無意識に熱っぽい眼差しで仁の横顔を見つめていた。


「生徒会長からの依頼だと、意外に誰もなぜそんなことをするのか疑問に持たないものなんですかね」

 資料に目を落としている仁は河北摩耶の表情には気付かなかった。

「そのへんは普段の行いのおかげかな」

 河北摩耶は、「えへへ」と少し恥ずかしそうに微笑む。

 仁はふと、顔を上げると河北摩耶の照れ笑いが目に入る。

 ――かわいい、と不覚にも顔が熱くなるのを感じた。心臓が一瞬、跳ね上がる。

 仁は慌てて、資料に目線を切り替えた。


 ——彼女のペースに乗せられてはいけない。

 と、仁は自分を客観的な目線で見るようにする。

 それはサイコメトラが得意な分野だ。


「――高精度の予測が出た場合は外出許可を貰えるかな。ある程度、出現場所は特定されるだろうし一人でも大丈夫な範囲だろう」

 仁はぼそっと言った。

「そんなこと言わずに。私が監督役になるよ。どのみち仁君は新しく能力が目覚めたばかりだから、校則でも法律的にも単独行動は駄目だろう」

 河北摩耶は楽しそうに仁の両頬をつねるように弄んだ。仁の意識がどこか自分には向いていない。蚊帳の外というか、部外者にしようとする。

 だから彼の頬をもてあそぶのは彼女のちょっとした当てつけだった。


「ああ、たしかに」

 仁は何でもないように言った。校則等のことも言われて思い出す。

 頬が少し熱くて痛かったがそれは甘んじて受け入れる。さすがにこれだけ接触があると超能力者である彼女でも、感情は筒抜けだった。

 それを突き放したり、無碍に扱ったりはできない。

 サイコメトラのくせに何も言わないのは、自分がズルをしているという自覚がある。

 もしくは仁も自分の気づかないところで彼女に甘えていた。


 それにとても一日で作った資料だとは思えない出来である。意識して紙に触れると、彼女が徹夜してこれを作ったのを知ることができる。

 それに彼女の顔をよく見ればうっすら隈があることに気付く。


「監督役……」

 彼女の言葉で仁はとある校則を思い出した。

 生徒手帳は端末内にあるので、いまは持っていない。

 それに気付いたのか河北摩耶が自分の端末を仁に見せながら読み上げる。


 (X大学付属学園高等学校校則 第十条 外出時の注意点について その第二項)

 超能力免許(以下、免許)を取得していない学園生徒は学園の敷地外へ外出する場合、教師などの学校運営側関係者で免許取得者による引率者を必要とする。

 もしくは、免許取得済みの生徒で監督可能と学園が認めた者が同伴すること。


 この校則は仁が免許を取って久しいので忘れていた。免許取得者は外出届さえ申請すれば、校外には簡単に出ることが可能だった。それなりの理由は必要だが、難しくはなかった。

 河北摩耶は教員志望なので下級生の外出に関して、こういう引率をよく行っていた。彼女も免許は高校に入学前、十五歳のときに取得した。どちらかと言えば早い方である。


「そういえば免許的にも微妙な立場なんですよね。今の俺って」

 ――一応、法律と免許規定があったはずだよね。

 と、仁と河北摩耶はお互いに顔を見合わせた。思い出そうとしたが、いまいちはっきりしなかった。二人とも免許を取って三年は経っていて、記憶がぼやけていた。


 初めの免許更新は取得から一年後、その後は三年更新でちょうど二人とも記憶がぼやけている頃だ。それに更新時の研修は座学はそれほどなく技能講習が主である。

 一般的に超能力免許を取る年齢というのはおおよそ十七歳以降なのだ。上にも下にも年齢制限はないが、仁は言わずもがな河北摩耶も早いほうだった。

 もちろん遅咲きの能力者もいるが、超能力者育成機関のカリュキュラムでは十八歳で受験して取るように出来ている。

 それは超能力者もその年齢になると、おおよそ能力が安定して取りやすくなるからだ。能力が安定すると新しい能力が発現する事も少なくなる。

 だからその辺の法律に関して、学科試験でも深くは取り扱わない。免許を取りに来る能力者の能力は安定しているのが普通だからだ。


 いろいろな法律上の手続きを調べようにもこの部屋にはネットワークが遮断されているので端末があっても検索のしようがなかった。

「とにかく、わからないものを考えても仕方ないので、引率お願いします。おそらく先輩以上の適任はいないと思うので」仁は言った。

「そう、私が一番」と河北摩耶は頬の筋肉を緩めた。


 そのはにかんでいる先輩を見て、仁の表情から感情がすっと抜けて、可哀想なものを見る目をしてしまう。

 ――こういうところだけなら、先輩はきっとモテるのになあ。

「なにか失礼な事を考えてない」

 河北摩耶がジトッとした目で言った。

「別に」

 仁は苦笑する。

 彼女に精神感応系の能力はないはずだが、妙にカンが働くのを忘れていた。

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