第7話 サイコメトラと罪状

 河北摩耶は特に退出するようなことは言われないので、彼女はそのまま学園長室に居座っていた。

 二人掛けのソファ、斉藤仁のとなりに当然のように座っている。


「しんどいなら、私に寄りかかってもいいよ」

 と、河北摩耶に言われるが、仁は首を振った。

「大丈夫なので、お気遣いなく」

 仁の目は笑ってなかった。


 アラン・ホイルは苦々しい表情を浮かべながら、弁護士の高橋紗菜に目を遣った。

「仁君は現在どのような嫌疑が掛けられるのでしたか」

「建造物損壊罪になると考えられます」

「それはどのくらい重い罪なのでしょうか」

 仁は自分の背中に脂汗を感じる。やはり自分に前科が付くことには一抹の不安や抵抗があった。


「超能力者の場合は懲役十五年くらいですかね」

 基本的に超能力者が犯罪を犯した場合、基範人と違い、法律で決まっている刑期などの上限が撤廃される。そして基範人の三倍程度の刑期が上乗せされるのが通例だ。

 という説明を高橋紗菜はした。


 そしてこの国は超能力者が逮捕された時点で有罪率が100%なのである。――さすがにそれはここにいる誰もが知っていることなので、口にはしなかった。


「冤罪なのだけど……」

 仁はボソッと言った。

「諦めてください。超能力者ですから過失と認められる事はありえません。減刑してもらえる方向で話を進めましょう。ちなみに執行猶予は付かないですから」

 高橋紗菜は淡々と言う。

 部屋の空気が一層、重苦しくなった。


「では、仁君の言うもう一人の超能力者については、どういう扱いになりますか」

 アラン・ホイルが聞いた。

「一番、犯人らしい仁君の証言しかありませんし、まず信用されません。運の悪いことに仕事中のデバイスも挙動がおかしかったそうじゃないですか。データが残っていません」

 それはあの幼女の能力だろう。と、仁は考えている。

「爆発の原因を消防はなんといっているのですか」

「あくまで規範人の物理内で考えるなら。4Fに古いスプレー缶が大量にあり、ガスが漏れて充満した状態だった可能性が指摘されています。古いビルで配電盤付近で漏電があったことも管理会社は知っていたようです。何かと整備が雑なビルのようですね」

 河北摩耶が自分の持ってきた資料を見せながら言った。


「それ、仁君に問題ありますか? 彼はサイコメトラですよ」

 アラン・ホイルは言った。

「おそらく問題も関係ありませんよ。あの現場に超能力者がいたことが重要なのです」

 と、高橋紗菜が言った。

「どういうことですか」仁は聞いた。

「いいですか。この国の法律では事件現場に超能力者がいた時点で、すべての証拠より原因は超能力者に求められます」


 ――真実などはどうでもよく超能力者を貶められるなら、それがこの国の司法である。

 高橋紗菜はこの国にいる人間なら誰でも知っている、けれどもだれも公には口にしない大原則を言った。


「疑いが晴れることはないのですか」

 アラン・ホイルは念のため確認する。

「実証する方法がありませんから」

 超能力者が物理法則を歪めてしまう以上、その現場の状況はすべて実証不可能である。


「たとえば、超能力者が別にいたと証明できたら」

 アラン・ホイルが言った。

「この国の司法舐めないでください。超能力者が二人いたら基本的にどちらにもなんらかの罪状がつくのが慣例です」

 高橋紗菜はぴしゃりと言い切った。


「ほんと、逃げれば良かった……」

 仁は遠い目をして呟いた。

「罪が重くなりますよ」高橋紗菜の表情が硬くなる。

「ううぅ」

 流石に仁も軽口が過ぎたと反省する。


「どうすればよかったのですか」

 仁は泣き言のように言った。

「どうしようもありませんよ」

 高橋紗菜は笑わない。

「大丈夫だよ。仁君。お姉さんは君が出てくるの待っているから」

 河北摩耶は頑張れ、と両拳を握ってポーズを取ったが、慰めになっていない。


「まあ、いちおう色々調べて貰いましたがやはりというか、おおよそ想像通りですかね。思った以上にひどいことになりましたが」

 と、アランは言った。自分の携帯端末を操作しながら、続けた。

「この人を皆さんご存じでしょうか」


 学園長室に備え付けられた巻き上げ型のスクリーンが垂れてきてプロジェクタに電源が入った。端末の画像が同期され、一枚の写真は投影された。アランはこういった骨董品の機器を集めるのが趣味だった。


 スクリーンに映ったのは外国人女性である。セレブか女優かやたらに美人の日常を切り取ったような写真だ。オフショットという感じだ。


 ――アランの趣味なのだろうか。

 唐突にそんな写真を見せられた他の三人はすこし困惑する。

 しかし、すこしのあいだ三人はその写真を見入ってしまった。


 写真に写っている女性の歳は二十半ばから三十前半くらいで金髪碧眼である。綺麗だった。ラフな格好で頬杖をついて笑っていた。その笑顔がどこか子供っぽくて、無邪気なものに誰もが思うだろう。


 実際、河北摩耶と高橋紗菜は初見でそういう印象を抱いた。

 仁はどことなく別の事を考えていた。違和感がある。


「だれですか。有名な女優さんだったり?」河北摩耶が呟いた。

「名前はソフィア・ウェイド。私のような旧知の人は彼女を親しみを込めてソフィーと呼んでいました」

 そのアランの言葉に他の三人は息を飲んで固まってしまう。

 ソフィア・ウェイド。おそらくどの国の歴史の教科書でも一度は目にする、原初の超能力者の一人である。

 名前を目にしても彼女の写真がないのは彼女が国によっては犯罪者であるからだろう。もっとも、過去に国際指名手配を受けていた経歴があり、彼女自身が写真を残さない主義だというのもある。

 しかし、始まりの超能力者達の生まれは百年以上まえの話で、全員他界しているはずだ。

「なぜそのような大昔の写真を」

 高橋紗菜は聞いた。

「例えば、ソフィーは生きていてるとしたら。ちなみに彼女の幼少期の写真がこちらです」

 アランはそう言いながらもう一つ写真を投影した。

「あっ……」

 と、その写真をみた仁が絶句した。一枚目の写真で感じていた違和感がはっきりと輪郭を表し始めた。写真だけに。


「どうやら仁君は彼女と面識があるようだ。実に喜ばしい」

 アランは瞳をギラギラと輝かせている。普段から若く見られがちな彼だが、今は昔を思い出した影響なのか本当に少年の様な表情をして若返っているようだった。

「百年前の超能力者が生きていると、それを信じろというのですか」

 高橋紗菜が言った。


「仁君が助けようとした幼女、それは間違いなくソフィーですよ」

 アラン・ホイルは熱を帯びて言う。

「根拠があるのですか。それに超能力の域を越えてますよ」

 河北摩耶が言った。

 常識的に考えて、と口に出そうになって誰もが引っ込めた。

 超能力だけはこの世の理から唯一、外れた存在だった。


「仮に生きていたとしても、なぜあんなところにいたのですか。そもそもあの容姿にしても」

 と、仁は困惑した。信じられないことが多すぎて混乱する。

「詳しくは分かりません。知っているのは彼女が他人の身体を乗っ取る能力がある事と、趣味が旅行であること」

 アランはため息を吐いた。

 奔放な性格のようだと他の三人は理解した。それに相反するように能力のえげつなさを感じて心の持ちようが迷子だった。


「話を戻しますけど、私はソフィーを保護したい」

 アラン・ホイルは言った。

「それはなんとなく分かりました」

 高橋紗菜は困ったような表情をする。

「なにより彼女の証言だけでも仁君の罪は覆すことが可能ではないかとも思っています。それが出来なくても司法取引の材料にはなるかと」

 アラン・ホイルは言う。

「それは……、ちょっとすぐには分からないですが」

 と、言ったものの高橋紗菜は否定的だった。法律はそんな簡単に歪められない。


「でも、なんで学園長はそのソフィーさんに詳しいのですか」

 仁が素朴な疑問を口にした。

「彼女は私を超能力者にしてくれたのです」

 アラン・ホイルは昔を懐かしむように、生き別れた恋人でも思い出すように言った。


 確かに話の筋は通っていた。第一世代までの超能力者は元は超能力の因子を持たない基範人だったとされている。ある日、突然能力に目覚めた第零世代とそこから能力を分け与えられたのが第一世代だ。

 アランの実年齢は七十歳、第零世代が主に活躍していた時期とも合致している。

 なによりこの件に関するアラン・ホイルの執着の仕方が、何かと異常だった。

 嘘はないようだ。と、仁は感じる。


「でも、それで本当に解決するのかな」

 と仁はぼやいた。

「きっと大丈夫です。仁君が助かるのと私がソフィーを保護すること、その目的は一致しているのです。河北さん、出番ですよ。協力してください」

 アランは自信満々に言うのだった。

「ああ、そういう事だったんですね……」

 なぜ自分がこの場に居続けられているのか河北摩耶はようやく理解した。

 空間跳躍系の能力は能力者の捕縛に向いている。

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