13再生【関係ないわ~♡ママは品性まで売った覚えはないわよ~♡】

「――『心』は売っても『魂』は売らない♡ だって、ママはみんなのお母さんだから~♡」


 突如、陽気で軽快なBGMが鳴り響いた。

 穏やかなお家デートのようでいて、どこか妖艶で奇妙なライブ配信が始まる。

 画面の向こうで微笑むのは、御前野おまえのママさん。

 彼女は愛おしむようにリスナーへ語りかける。


「ええっ~♡ みんな、ママのことただの痴女だと思ってるの~?♡ でもね、それはちょ~っと違うのよ~♡ ママは何もかも売り払う女じゃないわ~♡ ちゃんとね、品性だけは死守してるの~♡」


 そう言ってママさんは、ころころと甘やかに笑い、ひらひらと優雅に手を振った。


「いい~?♡ ママはね、いつだってみんなの心の中にいるのよ~♡ ほら、天国へお行きなさ~い♡ ママの可愛い坊やたち~♡ はぁい、みんなが大大大好きな御前野ママです~♡」


 その声はどこまでも艶やか。耳の奥をくすぐる甘い吐息とともに、「んまぁ、ちゅっちゅっちゅ~♡」と唇を鳴らした。


「――ちょっ!? ま、ママさん!! わ、わたしより先に喋らないでくださいよぉ!!」


 ようやく我に返ったわたしは、慌ててツッコミを入れた。


「うふふふ♡ みゃーこちゃんとのコラボ配信が楽しみすぎて、ママったらつい張り切っちゃった~♡」


 その無邪気な笑顔が、どこまでも可愛らしい。

 気づけばそのペースに飲まれ、わたしはぽやぽやとした気分でぼんやりしてしまう。


「みゃーこちゃん?♡」


 ハッ!

 いけない、いけない。


 まるで脳みそをスプーンでかき回されたかのような、不思議でくすぐったいふわふわ感が頭の奥をかすめていった。

 息を整え、わたしは声を弾ませる。


「ママさ~ん、今日はよろしくお願いいたします~!」


 勢いよく「わーい!」と声を添え、わたしはママさんに挨拶した。


「うふふふ♡ こちらこそ、よろしくね、みゃーこちゃん♡」


 ママさんは舌を転がすように甘く言い、軽くウインクする。


「――それで」

「?」

「みゃーこちゃん、ママたちに何か隠していることはないかな~?♡」

「え?」


 ドキリ。

 胸が激しく揺さぶられ、ドクンと鳴った。


「……何のことですか?」

「うふふふ♡ みゃーこちゃん、ママね、別に責めるつもりじゃないのよ~♡ ただ、ほんとうのことを教えてほしいだけなの♡」


 ママさんは続けて言う。


「ママね、アメプロのみんなのことが心から大大大好きなの♡ みゃーこちゃんは、そんなふうに思ってくれてないかもしれないけど、それでもママはそうなの♡ ごめんね。言葉が少し足りないかもしれない♡ でも、もしみゃーこちゃんの心に何かあるなら、どうか素直に、ママにも、チビ姫ちゃんにも、がーなちゃんにも打ち明けてほしいな♡」

「…………」


 よくもまぁ、都合よく喋るものだ。

 ころころと、自分に都合のいい言葉ばかり並べて。

 あの時、わたしが信じた“とってもステキなあなたたち”は、今も何も変わらない。


 ふふっ。もう分かってるんでしょ?


 分からないわけがない。だって、わたしだってもう“すべて分かってる”んだから。


 ふふふっ。わたしが、わたしこそが、“あの時”の――餌に釣られた、おばかでおまぬけなニャンコだよぉ。


 “あなたたち”が差し出した餌には、猛毒が潜んでいた。


 その毒を知らぬまま口にしたわたしの末路など、想像に難くない。


 猛毒を口にした者は『苦しむ』。

 苦しみ、苦しみ抜き、そして『死ぬ』。


 もし“あなたたち”に素直に打ち明ける時が来たなら――

 それは、きっと、絶対に……


「……ママさんは、ユリンユリン・イチャラブスキ―さまのことをどう思いますか?」

「ママは~♡」


 わずかな沈黙が落ちた。

 やがてママさんはふっとため息をつき、口を開く。


「ママはね、正直……ユリンユリン・イチャラブスキ―ちゃんのこと、あんまり好きじゃなかったわ~♡」

「……どうしてですか?」

「んん~、そうね~♡」


 しばし重い沈黙が続いたのち、ママさんは少し悲しげに呟いた。


「無理をしていたから~♡」

「無理?」

「ママやみゃーこちゃん、チビ姫ちゃん、がーなちゃんみたいに、本当の自分を見せていないように見えたの~♡ ユリンユリン・イチャラブスキ―ちゃんが活動していたとき、ママはいつもこう思ってたわ~♡ あの子って、心はうわの空でつまらなそうにしてるな~って♡ だからね、それでママはあまり好きじゃなかったの~♡」


 ……そうか。そういうことだったのか。


 それで――それで――。


 だから“あなたたち”は“あんなこと”をしたのか……!


 わたしは、絶対に――絶対に!!


「あはははっ! ママさんは、ユリンユリン・イチャラブスキ―さまがユリンユリン・イチャラブスキ―さまでいることが、まるで嫌な風に見えたんですね~!」

「そう~♡ だからね~♡」

「黙れッッ!!」


 わたしの怒声が空気を裂いた。

 周囲の音が一気に消え、さっきまで陽気に流れていたBGMさえ、不気味な響きへと変わる。


「ママさんは、“あの時”、一人の無垢な少女を、そして一人の純粋な少女を手にかけたんです」

「…………」


 ママさんは驚いたのか、しばらく言葉を失い、その場で硬直していた。


「ふふっ、でもね、ママさんだって、“隠してる”でしょ?」


 みんな、そうだ。

 本当のことは誰も口にしない。


 なぜなら、それを言えば――

 音を立ててシャボン玉が弾けてしまう。

 弾けたシャボン玉は、跡形もなく消えてしまう。


 だから、みんな怖くて仕方がないのだ。


「――大丈夫ですよ、ママさん。シャボン玉が弾けて消えちゃったって。もし消えてなくなったら、また次のシャボン玉を吹けばいいんです」


 わたしは心の底から楽しそうに、くすくす笑った。


「“新しいシャボン玉は、どこまで天高く上がるんでしょうねぇ”」


「みゃーこちゃん、ひとつだけ。これだけは絶対に言っておくわよ」

「……なんですか?」

「シャボン玉ってね、“いつかは弾けて消えるもの”なの。あれは永遠に続くわけじゃない。でも、その儚さが美しいのよ。だからこそ、あんなにも輝いて見えるの」

「それって、ただの詭弁じゃないですか。ママさんが“した”こと、わたしは絶対に忘れませんから」

「……みゃーこちゃん」


 んがちゃんが言った通り――

 人は“行動を起こすとき”、必ず“理由”と“原因”があるのかもしれない。

 けれど、人という存在は他者を完全に理解することなど決してできない。

 それが、この世界の真実だ。


 あの時の“みんな”へ。

 今、わたしの心からの本音を伝えたい。これが、わたしの最も素直な気持ち。


 どうか、この想いを受け取ってほしい。


 『きみに、“幸せ”が訪れますように』

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