第6話 取引

「あぁ…なんでこんなことに…」

 突然現れた謎の男の正体が何故かハーネッツ王国の王太子であり、そしてその男が言いがかりに近い理由でミアを拘束することを指示した。

「はぁ…」

自分とは縁遠いはずの王宮に何故か連れられ、しかも暴行罪という無実の罪で牢獄へ入れられているのだ。

何度目かわからないため息が勝手に漏れ出る。

 あの後、レオフォードが人を呼んだようで事情を知らない者たちがミアを連行していった。王太子への暴行となれば国外追放もありえると踏んだのだが、(ミアにとってはその決定の方が都合がいい)ミアを捕らえたのは一人の近衛騎士だったのも不思議だった。

(本当に王太子への暴行罪だとすればもっと大人数で捕らえられそうだけど…)

 ミアは牢獄というには広すぎる灯り一つない埃臭い部屋の中心に座り込んでいた。

手足はそれぞれ手枷と足枷が嵌められており、逃げようにも逃げられないだろう。

“自分以外”には。

来る途中は何かのルールなのか目元を布で隠されていたこともあり、どういうルートでここまで連れてこられたかは不明だ。

しかしそもそも手足の自由もない、見るからに頑丈なつくりをしている檻の中では逃げられないだろう。

 ミアはゆっくりと立ち上がり、この牢獄がどういう作りになっているのか知るために周囲を見渡す。

 もちろんミアの近くには監視がいる。人形ではないかと思うほどここへ連れてこられてから一歩も動かない年齢不詳の男だ。

ミアはその男を一瞥してから再度冷たい地べたに腰を下ろした。

 同じ空間で自分とその男以外の気配を感じ、視線を巡らせるとちょうど端の方にねずみがチュウチュウとなぎ声を出しながらミアの前を通りすぎた。

この部屋には灯りはないようだが、それでも辺りを観察できるほどの光はある。

それは見上げると高い位置に窓があるからだ。

 その窓も一般的な位置にあるわけではなく、かつ、窓の外側に鉄格子が付けられているように見える。

しかしそのお陰か、月が出ているとその光で周囲を照らしてくれるのだ。

「今日は満月か」

 ちょうどミアが見上げると満月が窓から見える位置にあり、自然にそう呟いていた。

白い光を放つ月を見ていると、昔助けた少年を思い出していた。

それだけではなかった。

何故か今日会ったばかりのレオフォードの顔を思い出す。何故だろうか。

「あの嘘つき男め…」

 しかしミアはレオフォードの顔を思い浮かべると同時に苦虫を嚙み潰したような表情をしてからそう吐き捨てた。

(なーにが悪いようにはしない、だ。これのどこが悪いようにはしないになるのよ…!)

本当ならばこの場であの王太子の悪口を思いっきり叫びたいところだが、我慢した。

 この国の権力者は“冤罪”でこういうことを簡単にやってしまうのだから。

何だか疲れてきてミアは考えることを放棄してからそのまま背を床に預けた。

目を閉じたとき、何者かの気配を感じる。

「起きているか」

「うわっ…」

聞き覚えのある声がして、ガバっと上半身を起こすと何故か牢獄の扉の前にレオフォードが立っていた。

 

 ミアは直ぐに立ち上がると、ずんずんとレオフォードに近づき、対峙した。

レオフォードは片手に灯りを持っていた為、視界が先ほどよりも良好だ。


「ちょっと!どういうことですか!あれはどうみたって冤罪です!私、あなたに暴力なんて振るっていません!」

と、捕らえられた時と同じセリフを吐くがレオフォードは表情一つ変えない。


 レオフォードのことは全く知らないが、ミアにも既にわかることがある。

それは彼が感情に乏しいということだ。

感情をという本来人間が持ち合わせているものを持っていないのではないかと錯覚するほどだ。


「そうだ。君は悪いことはしていない。俺に“嘘”をついていること以外は」

「……」

「さぁ、取引をしよう。君に悪いようにはしないといったことは嘘ではないよ。この王宮でたまたま使用人数人が足りていないんだ。その使用人として働くか、それともこの牢屋でずっと過ごすか…―」


 さぁ、どうする?と、二択を迫るレオフォードにミアは腰に手をやり、思案した。

その二択しか選択肢を示さないのも狡いとは思うが、何を選択するかによってこの後の自分の人生が大きく変わってしまうことを理解している。


―平穏に暮らす


 それがミアの目標だったはずだ。

(どちらを選んでも…私にとってはデメリットしかない)

とすればやはり自力でここを抜け出すしかないが、ハーネッツ王国にいるうちは永遠に追われる身となるのは変えられないだろう。

 そもそもレオフォードの目的が不明瞭だ。

ミアの推測でしかないが、明らかにミアの魔力について何か知っていることがあるような素振りを見せていた。おそらく、アデル一族については多少なりとも情報を持っていてそれがミアかどうかを探っている。

だとするとミアはどの選択をしようが、最終的には自力で王宮をでてこの国を出るしかないと思った。

のだが、ミアには心残りが二つある。

 

 一つは本物の家族同然で育ててくれたヨーゼフたちのことだ。

彼らにお礼を言いたいが無理にここを出てしまえば、それはかなわない。

手紙一つでも残したいが、彼らがミアの逃亡に関わったとされると彼らの平穏な生活が壊れてしまう可能性もある。

 そしてもう一つ、それは兄のことだった。

兄ユオンの行方が知りたい。

絶対に兄は自分を見捨ててどこか遠くへいくことなどない。

それほどに彼はミアを溺愛していた。

 ユオンがミアを城下町へ働かせ、自分はどこかに身を隠した。その理由をずっと考えていた。


―両親の死の件を追っているのではないか。


 詳細はわからない。分からないが、兄は兄なりに何か考えがあって動いているのかもしれないと思っている。

そのためにミアから離れる必要があった。

ただ、ユオンがミアの今の状況すらわからない場所にいるとも思えなかった。

―ユオンは王宮にいるのではないか


 これはユオンが失踪してからずっと考えていたことだ。王宮に入り込んでいたとすると、城下町で働くミアを監視することもできるし、両親の死が王宮と関わっているとするとそれを探るためには都合がいい。

 そして、ユオンはそれが可能である“特殊な魔力”を持っている。

ミアは一つの答えを出した。


「分かりました。王宮で働かせていただきます」

「逃げるのは無理だと思った方がいい」

ミアの答えを聞き、レオフォードはまるでミアの心を読んだようにそう言った。

ミアはそんなことはいたしません、と返答したが一瞬心臓が大きく跳ね上がった。

「衣食住にも困ることはないし、給料もいい。悪い話ではないはずだ」

「はい、そうですね。ただ…―」

ミアはレオフォードを鉄格子越しに見上げて言う。

「レオフォード様の意図がわかりません。ただの平民をどうして王宮で働かせようとしたのか。普通ではないのは私でもわかります」

 レオフォードは小さく口元に弧を描き、ミアを見据えて言う。

「何の理由もない。ただ君が気に入っただけだよ。では早速手続きを進めよう、ミア」


 まだ彼の前で正式に名乗ったことはなかったが、彼はミアとそう呼んでから背を向け去っていく。

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