【まめいえ創作作品】ちびカマくん

 注:カクヨムの横読み仕様で読みやすいように、☆を入れてあります。提出した作品は一箇所のみ。日付が変わるところだけ一行開けています。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


 脚がちぎれた。

 いや、脚をちぎってしまった。


 わたしの手のひらに、その脚が乗っている。

 2センチメートルほどの細くて短い脚。


 緑色の針金のようで、くの字に折れ曲がっている。


 他の人が見たら、脚だとわからないかも。でもわたしには確かに脚だとわかるんだ。



 だって、ちぎれた脚の持ち主が目の前にいるから。

 チビかまくん。



 学校の帰り道に見かける子どものカマキリのことを、わたしはそう呼んでいる。


 チビかまくんは、道路の端っこに咲いているタンポポの葉の上に、右の中脚がちぎれた状態で立っている。


 ごめんね、いじわるしたわけじゃないの。ただ、君をつかんでみたかっただけなの。


 そんなことを言っても、チビかまくんには伝わるわけないってわかってる。でも、どうしても言わないといけない気がした。


「ごめんね」

 そっと呟いてみたけど、チビかまくんは動かない。


 もしかして、痛いよ、動けないよって泣いているのかな。

 どうしてこんなひどいことするんだよって、怒っているのかも。


 わたしはしゃがんだまま、手のひらの上のちぎれた脚とチビかまくんを交互に見ていた。


「おい、つむぎ。何してんだよ」


 突然、後ろから声をかけられて、わたしはびくっと体をふるわせた。ランドセルの横につけているキーホルダーがガチャリと鳴った。


 隣に住んでいる元気くんの声だ。家が隣だから、帰り道も一緒。

 ああ、よりによってこんなときに会うなんて。お願いだから通り過ぎますように。


 その願いは叶うはずもなく、元気くんはわたしをのぞき込むように腰を下ろした。


「なんだ、それ。カマキリの脚か」


 わたしの手のひらの上のものを見て、すぐにカマキリの脚って気づくのが、さすが虫博士の元気くん。でも今は気づかないでほしかった。


 元気くんは、わたしが足元を見ていることに気づいて、地面に生えているタンポポに目を向けた。チビかまくんはまだ動かない。



「もしかしてつむぎ、カマキリの脚、引っこ抜いたのか」



 引っこ抜いたんじゃない。つかもうとしたら、突然チビかまくんが動いたんだ。それで、間違って脚をつかんじゃったの。

 って言おうと思っても、言葉が出なかった。かわりに、涙があふれてきた。


「お前、虫嫌いじゃなかったっけ」


 嫌いだよ。

 でもチビかまくんだけは特別だったんだ。


 小さい頃、元気くんがわたしの手に無理やり乗せてきたチビかまくん。びっくりしたけど、小さくて、かわいくて。

 わたし、チビかまくんとなら仲良くできそうだと思ったの。


「ヤバいな、つむぎ」

 元気くんは白い歯を見せて、わたしを指先で突っついた。


「うわああああっ」

 わたしは声を出して泣いた。泣きながら、チビかまくんのちぎれた脚をタンポポの上にそっと捨てる。


「おっ、おい。つむぎ」


 わたしは立ち上がる。

 お願い。何も言わないで。わたしが悪いのはわかってる。今は一人にさせてほしいの。って思うだけで、やっぱり言葉には出せなかった。


 わたしは元気くんの顔を見ないで歩き出す。


「つむぎ、待てってば」


 元気くんが何か言って追いかけてきたけど、わたしの頭の中は真っ白で、何を言っているかはわからなかった。

 わたしは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、走って家へと帰った。


☆☆☆☆☆


 次の日は土曜日で学校は休み。


「おーい、つむぎ。いるかぁ」


 お昼前、自分の部屋で本を読んでいると、窓の向こうからわたしを呼ぶ声がした。元気くんの声だ。休みの日にはよくこうして遊びにくる。


 いつもなら喜んで遊ぶんだけど、今日はそんな気になれなかった。昨日のことを思い出して気分が暗くなる。


「おーい、昨日は悪かった。だから開けてくれよ」


 コンコンコンと元気くんが窓ガラスを叩く。


 どうしよう。このまま部屋にいないふりをしようか。わたしは窓に背を向けて、本を読み続ける。


「ごめんって。このとおり。お願いします、開けてください」


 元気くんは悪くない。悪いのはわたし。チビかまくんをつかもうとして、脚をつかんでちぎってしまったわたしが悪い。


 わたしは本を置いて、窓を開けた。


「お、つむぎ。よかった、いてくれて」

 元気くんはわたしの顔を見て笑顔になった。


「おわびにさ、いいもの持ってきたんだ」


 そう言う元気くんの右手は後ろに隠されていた。右手に何か持っているんだということはわかる。


 たいしたものではないんだろうけど、せっかく持ってきてくれたんだから、見てあげるぐらいしてあげよう。


 何かな。お菓子とかかな。

 いや、元気くんのことだから、もしかしたら虫かも。


 虫だったらすぐに窓を閉めてやる。


「いいものって、何」

「昨日さ、カマキリ触ろうとして脚ちぎっちゃったんだろ」


 いいものの話じゃなくて昨日の話をしてきた。わたしの心がキュッとしめつけられる。


「もういい」

「違う違う。俺、知ってるんだ」


 わたしが窓を閉めようとすると、元気くんがそれを左手で押さえた。


「カマキリの幼虫ってさ、脱皮を繰り返しながら大きくなるんだよ。そのときにちぎれた脚も少しずつ再生していくんだって」


「え、そうなの」

「だから気にすんなって言いたかったんだけど、つむぎ、昨日泣きながら帰っちゃっただろ」


 昨日のチビかまくんの姿が頭の中に浮かぶ。


 わたしのせいで脚がちぎれたチビかまくん。

 だんだんと大きくなっていく途中で、脚も元に戻っていくんだって。

 よかった。

 本当によかった。


 わたしの目から涙がつうとこぼれ落ちた。


「おっ、おい、つむぎ。泣くなって」


 元気くんが泣いているわたしを見て、あわてる。


 ありがとう、元気くん。これは嬉し涙だよ。わたしは人差し指を軽く曲げて涙をぬぐった。


「それでさ、お前、カマキリ触りたいんだろ? だから、持ってきた」


 目の前に差し出された棒。

 その先には茶色をした何かのかたまりがひっついていた。


「ひっ」


 わたしは思わず体をひっこめる。不気味なそれが、何かのさなぎのように見えた。いや、ハチの巣のようにも見えた。とにかく気味が悪い。


「な、なに、それ」


 わたしがびくびくしているのをお構いなしに、元気くんはあっけらかんに答える。


「なにって、カマキリの卵。この時期はほとんどないんだけど、神社の裏に一つだけ見つけたんだ。しかも、もうすぐ生まれそうなんだよ」


 カマキリの卵。


 実物を見たことがないから本物かどうかはわからないけど、虫博士の元気くんがいうんだからそうなんだろう。わざわざ探して、持ってきてくれたってことかな。


「生まれたばかりの赤ちゃんなら、つむぎでも触ることができるんじゃないかなって思ってさ」


 昨日のチビかまくんよりももっと小さな赤ちゃん。ベビかまちゃん。突然そんな名前を思いついてしまって、わたしは思わずにやけてしまう。


「な、怖くないように一応虫かごも持ってきたんだ。今から一緒に見ようぜ」


 もしかしたら、わたしにもベビかまちゃんを触ることができるかもしれない。元気くんも隣にいてくれるし、きっと困ったときは助けてくれるだろう。


「うん、見たい」


 わたしは急いで外へ出た。



 <おしまい>



 いかがだったでしょうか。よろしければ感想等お聞かせいただけると幸いです。(お気軽にどうぞ! 後日、先生からの講評を掲載いたしますが、その際に「ほら! 私とおんなじ意見だった!」とかだったら胸熱じゃありませんか!)

 3月9日(日)に、最後の講座が行われます。その場で、先生からどのような講評がいただけるのか、また受講生同士の読み合いでどのような感想がいただけるのか。ドキドキワクワク……若干ビクビクしております。


 それでは、次回は3月9日以降の更新となります。

 気長にお待ちくださいませ。


 <以下、おまけ>

 縦読み仕様バージョンも掲載しておきます。

 単に行間のスペースを削除しただけですが、よろしければ縦読みでもどうぞ。


 脚がちぎれた。

 いや、脚をちぎってしまった。

 わたしの手のひらに、その脚が乗っている。

 2センチメートルほどの細くて短い脚。

 緑色の針金のようで、くの字に折れ曲がっている。

 他の人が見たら、脚だとわからないかも。でもわたしには確かに脚だとわかるんだ。

 だって、ちぎれた脚の持ち主が目の前にいるから。

 チビかまくん。

 学校の帰り道に見かける子どものカマキリのことを、わたしはそう呼んでいる。

 チビかまくんは、道路の端っこに咲いているタンポポの葉の上に、右の中脚がちぎれた状態で立っている。

 ごめんね、いじわるしたわけじゃないの。ただ、君をつかんでみたかっただけなの。

 そんなことを言っても、チビかまくんには伝わるわけないってわかってる。でも、どうしても言わないといけない気がした。

「ごめんね」

 そっと呟いてみたけど、チビかまくんは動かない。

 もしかして、痛いよ、動けないよって泣いているのかな。

 どうしてこんなひどいことするんだよって、怒っているのかも。

 わたしはしゃがんだまま、手のひらの上のちぎれた脚とチビかまくんを交互に見ていた。

「おい、つむぎ。何してんだよ」

 突然、後ろから声をかけられて、わたしはびくっと体をふるわせた。ランドセルの横につけているキーホルダーがガチャリと鳴った。

 隣に住んでいる元気くんの声だ。家が隣だから、帰り道も一緒。

 ああ、よりによってこんなときに会うなんて。お願いだから通り過ぎますように。

 その願いは叶うはずもなく、元気くんはわたしをのぞき込むように腰を下ろした。

「なんだ、それ。カマキリの脚か」

 わたしの手のひらの上のものを見て、すぐにカマキリの脚って気づくのが、さすが虫博士の元気くん。でも今は気づかないでほしかった。

 元気くんは、わたしが足元を見ていることに気づいて、地面に生えているタンポポに目を向けた。チビかまくんはまだ動かない。

「もしかしてつむぎ、カマキリの脚、引っこ抜いたのか」

 引っこ抜いたんじゃない。つかもうとしたら、突然チビかまくんが動いたんだ。それで、間違って脚をつかんじゃったの。

 って言おうと思っても、言葉が出なかった。かわりに、涙があふれてきた。

「お前、虫嫌いじゃなかったっけ」

 嫌いだよ。

 でもチビかまくんだけは特別だったんだ。

 小さい頃、元気くんがわたしの手に無理やり乗せてきたチビかまくん。びっくりしたけど、小さくて、かわいくて。

 わたし、チビかまくんとなら仲良くできそうだと思ったの。

「ヤバいな、つむぎ」

 元気くんは白い歯を見せて、わたしを指先で突っついた。

「うわああああっ」

 わたしは声を出して泣いた。泣きながら、チビかまくんのちぎれた脚をタンポポの上にそっと捨てる。

「おっ、おい。つむぎ」

 わたしは立ち上がる。

 お願い。何も言わないで。わたしが悪いのはわかってる。今は一人にさせてほしいの。って思うだけで、やっぱり言葉には出せなかった。

 わたしは元気くんの顔を見ないで歩き出す。

「つむぎ、待てってば」

 元気くんが何か言って追いかけてきたけど、わたしの頭の中は真っ白で、何を言っているかはわからなかった。

 わたしは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、走って家へと帰った。


 次の日は土曜日で学校は休み。

「おーい、つむぎ。いるかぁ」

 お昼前、自分の部屋で本を読んでいると、窓の向こうからわたしを呼ぶ声がした。元気くんの声だ。休みの日にはよくこうして遊びにくる。

 いつもなら喜んで遊ぶんだけど、今日はそんな気になれなかった。昨日のことを思い出して気分が暗くなる。

「おーい、昨日は悪かった。だから開けてくれよ」

 コンコンコンと元気くんが窓ガラスを叩く。

 どうしよう。このまま部屋にいないふりをしようか。わたしは窓に背を向けて、本を読み続ける。

「ごめんって。このとおり。お願いします、開けてください」

 元気くんは悪くない。悪いのはわたし。チビかまくんをつかもうとして、脚をつかんでちぎってしまったわたしが悪い。

 わたしは本を置いて、窓を開けた。

「お、つむぎ。よかった、いてくれて」

 元気くんはわたしの顔を見て笑顔になった。

「おわびにさ、いいもの持ってきたんだ」

 そう言う元気くんの右手は後ろに隠されていた。右手に何か持っているんだということはわかる。

 たいしたものではないんだろうけど、せっかく持ってきてくれたんだから、見てあげるぐらいしてあげよう。

 何かな。お菓子とかかな。

 いや、元気くんのことだから、もしかしたら虫かも。

 虫だったらすぐに窓を閉めてやる。

「いいものって、何」

「昨日さ、カマキリ触ろうとして脚ちぎっちゃったんだろ」

 いいものの話じゃなくて昨日の話をしてきた。わたしの心がキュッとしめつけられる。

「もういい」

「違う違う。俺、知ってるんだ」

 わたしが窓を閉めようとすると、元気くんがそれを左手で押さえた。

「カマキリの幼虫ってさ、脱皮を繰り返しながら大きくなるんだよ。そのときにちぎれた脚も少しずつ再生していくんだって」

「え、そうなの」

「だから気にすんなって言いたかったんだけど、つむぎ、昨日泣きながら帰っちゃっただろ」

 昨日のチビかまくんの姿が頭の中に浮かぶ。

 わたしのせいで脚がちぎれたチビかまくん。

 だんだんと大きくなっていく途中で、脚も元に戻っていくんだって。

 よかった。

 本当によかった。

 わたしの目から涙がつうとこぼれ落ちた。

「おっ、おい、つむぎ。泣くなって」

 元気くんが泣いているわたしを見て、あわてる。

 ありがとう、元気くん。これは嬉し涙だよ。わたしは人差し指を軽く曲げて涙をぬぐった。

「それでさ、お前、カマキリ触りたいんだろ? だから、持ってきた」

 目の前に差し出された棒。

 その先には茶色をした何かのかたまりがひっついていた。

「ひっ」

 わたしは思わず体をひっこめる。不気味なそれが、何かのさなぎのように見えた。いや、ハチの巣のようにも見えた。とにかく気味が悪い。

「な、なに、それ」

 わたしがびくびくしているのをお構いなしに、元気くんはあっけらかんに答える。

「なにって、カマキリの卵。この時期はほとんどないんだけど、神社の裏に一つだけ見つけたんだ。しかも、もうすぐ生まれそうなんだよ」

 カマキリの卵。

 実物を見たことがないから本物かどうかはわからないけど、虫博士の元気くんがいうんだからそうなんだろう。わざわざ探して、持ってきてくれたってことかな。

「生まれたばかりの赤ちゃんなら、つむぎでも触ることができるんじゃないかなって思ってさ」

 昨日のチビかまくんよりももっと小さな赤ちゃん。ベビかまちゃん。突然そんな名前を思いついてしまって、わたしは思わずにやけてしまう。

「な、怖くないように一応虫かごも持ってきたんだ。今から一緒に見ようぜ」

 もしかしたら、わたしにもベビかまちゃんを触ることができるかもしれない。元気くんも隣にいてくれるし、きっと困ったときは助けてくれるだろう。

「うん、見たい」

 わたしは急いで外へ出た。

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