ネズミと薬草

 その本——「薬草についての基礎知識」から拓雄は様々なことを学ぶことができた。


 どうやらこの世界の薬草から抽出できる成分には強力な効能があり、その効能を掛け合わせることも可能だという。


 本棚には他にも「生物から抽出できる薬」だの「岩石から抽出できる薬」だのが置いてあった。


 とりあえず薬を作ってみなければ、と思った。

 タイムリミットは1週間。

 それまでに3つの薬を作らなければ殺される可能性がある。


 拓雄は「薬草についての基礎知識」を片手に森の中に飛び出した。


     ◇      ◇      ◇      ◇



 森を歩いて数分経つと藍色の美しい花をつけた草を見つけた。

 本によるとこの草は「ホウネン草」というらしい。

 効能は‘忘却’。量によってどのくらいの記憶を消すのかが変わるとか。

 しかし抽出が雑だと記憶が完全に消せなず、朧げに思い出すことができるという。


 到底フィオラムが欲しがるとは思えなかったが、一応採っておいた。

 そして背中に背負った大きな籠に入れる。


 そしてその近くには朱色の小さな花がある。

 その花は「バインドフラワー」だ。

 効能は‘力を制限する’。


 一応採っておくとする。


 その後数時間森を彷徨い歩き、小屋に戻ってきた。

 大量の薬草を採ってきたが、何に使えるのか不明なものも多い。


 早速調薬に取り掛かろう、と思ったが、鍋を使うこと以外調薬の仕方を知らない。


 どうすればいいんだよ、と絶望が頭の中を覆い尽くそうとしたその時、頭の中を機械音声のような声が響いた。


〈スキル:調薬を使うと、調薬方法や調薬の手助けをしてくれます〉


 拓雄は思わず飛び退いた。


 なんなんだこの声は。

 頭の中に渦巻いていた絶望が一瞬で、得体の知れないモノに対する恐怖に変わった。

 歯がガチガチと震える。


〈私はこの世界のアナウンサーです〉


 再度頭の中に響く。


 どうやらこの気味の悪い声は‘アナウンサー’らしい。

 思考まで読み取ってくるようだ。


 拓雄は再び恐怖を覚えた。

 フィオラムはこの世界の管理人だ。アナウンサーの情報がフィオラムに同期されていても不思議ではない。それに、このアナウンサーの正体がフィオラムの可能性もある。


 思考を読み取れるのだ。フィオラムに対する反感を抱いたが最後、フィオラムに知らされ、殺されるかもしれない。


 いや、この思考すら読み取られている可能性がある。


 フィオラムに対することは考えないにしよう、と心に誓った。



 今は薬のことを考えなければ。


 とりあえずアナウンサーの言ったように‘調薬’なるものを発動させなければ。


「調薬を発動して」と拓雄は呟くように言った。

 ものは試しだ。やってみないことには何も生まれない。


 するといきなり目の前の空間から体が小さな草花で覆われたネズミが現れた。


 これが調薬の効果か?このネズミを薬草と一緒に煮込めばいいのだろうか。

 もしそうだとしたらなんて残酷なスキルなのだろう。


「聞きたいことは何?」

 目の前から声が聞こえた。鈴を鳴らしたような可愛らしい声だった。


 拓雄は一瞬フリーズした。

 なにが起こったのだ?


「まさかね……」と呟き、ネズミから目を逸らす。


 ネズミはジトーっとした目でこちらを睨んでいる。

「『まさかね……』じゃあないでしょ。君が僕を呼び出したんだから」


 どうやらこのネズミは喋るようだ、とようやく頭が理解した。

 が、納得はしたくなかった。

 ネズミが喋るなんてことがあるのか。


 ネズミはその考えを見透かしたように、

「ここは君がもといた世界とは違うんだよ。君は‘調薬’を使って僕を呼び出したんだ」


 どうやらこのネズミは僕がこの世界の住人じゃないことを知ってるらしいな、と拓雄はおもう。

 だが、質問したところで何か有益な情報を得られるとは思えなかった。


 ネズミは話を続ける。

「僕は‘調薬’によって呼び出される“召喚獣”であるプロウス。調薬の手伝い、実験ができるぞ」


 拓雄も口を開く。自己紹介をされたからには自分もした方がいいと思ったからだ。

「僕は梶浦拓雄。できることは……」

 できることを言おうと思ったが、特にないことに気がつく。

 スキルだってまだ使ったことがない。何より特技がない。


「律儀だねぇ。自身のしもべである召喚獣に自己紹介するなんて」

 ネズミ——プロウスは物珍しげに言う。


 拓雄は嬉しかった。目の前には対等に話してくれるものがいるのだ。

 まあネズミなので人ではないが。


 前世では何もしていないはずなのに周囲から避けられてきた。


「キモい」


「臭い」


「汚い」


 そんな言葉がずっと耳を蝕み続けていた。

 でも、あの辛い頃の自分はもういないんだ。


「薬を作りたい。だから手伝って欲しいんだ」


 その拓雄の言葉にプロウスはうんうんと頷く。


「じゃあ早速、調薬に取り掛かりますか」

 プロウスは楽しげに言った。


 彼(?)の背中に生えている小さな花が揺れた。

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