蒼い瞳 8

 未命は縫衣と共に、雛蘇ノ宮の階段を登った。ぎしぎしと、木が軋む。巫女たちのまとう、香と木綿の匂いが漂う。


 守護たちも前後にいる。みなで緋奈の手荷物を調べにきたのだ。


(緋奈……。どうして。何でこんなことに……。嘘だよね?)


 そんなことを考えながらも、未命の脳裏に先ほどの、恐ろしい光景が浮かぶ。


 取り押さえられ、曳かれていった緋奈。その絶望に見開かれた瞳。守護たちの怒鳴り声と、巫女たちの叫び。


 同時に未命は、少し前まで自身の住処でもあった、この建物の内部を、不思議な気持ちで眺めた。


 部屋の隅に並んだ鏡の光。畳まれて積まれた寝具の白。近くに積まれた、私物入れの籐籠。窓の切れ目から射す陽光。――いずれも、旅先の異質な佇まいであるように感じた。


(たぶん、銀狼衆のこの装束が、そう思わせるのかな)


 未命はふと暗緑色の袖を上げて、その色を見る。



「あったぞ」


 守護が籐籠の一つを床に置いて、縫いつけられた文字を示す。


 『四位 緋奈』


 麻布にその文字が端正に書かれていた。


 籐籠の中には、巾着袋や手拭い。手紙用の和紙や文鎮があった。控えめな白木の櫛。赤い玉。


 守護たちは一人の巫女を蹂躙するように、小物を取り出して、手分けして検分し、床に並べていった。


 丹念に畳まれた手紙を開いて読んだ。巾着袋を開けて、破いて、中にあるおはじきや、人形を調べた。未命はなぜか、胸が苦しくなる感じがした。


 縫衣はそれらの様子を、冷静な眼差しで見守っているようだった。


 やがて守護の声。


「これは……!」


 その守護は、黒く小さな麻袋を覗き込んでいた。手のひらへ逆さにすると、焦茶色の四つの粒が転がってきた。その粒は、普通の種にしては妙に大きかった。それに、部屋へ射す陽光を浴びて、仄かに黒いを放つように見えた。


 縫衣は云った。


「まさしく……。日に炙られ瘴気を放つ、種子。――かずらの種に、ほかならない。念のため、大巫女様に届けて。しかと、検分してもらおう」




 ◇



 牢場ろうばは守護ノ宮に隣接していた。


 守護ノ宮の、目立たぬ裏手に鉄で補強された扉があり、その奥に地下への階段が続いている。


 未命は行燈を掲げた守護に続いて、木の階段を降りてゆく。後ろには縫衣の足音。


 篝火がいくつか燃え、奥には木の牢が四つばかり見えた。その内の一つの牢の前にくると、守護は行燈を奥に向けた。――牢はその一部屋しか使われていない。


 未命はいまだ暗緑色の装束に笠をかむっていた。牢の格子に笠の先端を当て、中を見た。


 白い影――緋奈が、膝を抱えてうずくまっていた。


 そこで縫衣が潜めた声で、


「少し、三人で話をさせて。――ね、無茶はしないから。緋奈さんに、真実を聞いてみたい……」


 守護は戸惑うように、「は、はあ……」と呻くが、


「わかり申した。それでは」


 と、行燈を置いて去った。


 緋奈の息の音と、鼻を啜る音がときおり聞こえてくる。


 守護の足音が消えてから、縫衣が云った。


「もう、いいかな。銀狼衆は」



 未命はその言葉を覚悟していたし、それに逆らう理由もなかった。


 右手を伸ばして笠を取り、膝を折った。冷たい板敷を膝に感じながら、牢に額を当てた。


「――緋奈」


 呼びかけると、白い影は呼吸を止め、肩をぴくりと震わせた。


「わたしだよ。未命だよ……。ねえ」


 しばらくすると、行燈に照らされたおかっぱが揺れ、白い顔が現れた。閉じ込められた童女のように。


「何で……。未命が」


 その瞳が赤らんで濡れているのが、薄明かりでもわかった。


「緋奈……。どうして……。ねえ、何があったの?」


 緋奈は視線を泳がせ、縫衣を、牢の格子を見た。最後にまた未命を見て、深く息を吐いた。


「やっと、静かになった、ね」


 その声に、未命は格子に手を当て、顔をめり込ませた。


「緋奈! ねえ、どうしたっていうの? 誰かに、騙されたの? あんな、かずらみたいなので黄花さんを殺した、なんて。――嘘だよね? 緋奈……」


 すると、また緋奈は俯いて、唾を鳴らした。薄闇に声が響く。


「わたしがさ。かずらを使ったのは、本当だよ。未命。あなたを狙って……」

「え……? 何で。何で……? だ、誰かに脅されていたの? ――――いえ。わたしを狙ったというなら。何で黄花さんが……」

「手違い」

「な、に……?」

「本当は、未命。あなたを狙ったの。――それなのに、黄花さんを……。かずらの扱いに、慣れていなくて」


 未命は目を見開いて、格子を揺すった。


「ど、どういうこと? 緋奈。――緋奈! わたしが、何をしたの? ねえ、答えてよ……」


 きき、と小さな鳴き声。――鼠だろう。壁の篝火が音をたてて燃え、影が移ろう。


 緋奈が息を吸い、肩をふくらめた。


「大切なものを、奪われたから。わたしの……」

「大切な、もの?」


 すると緋奈は顔を上げた。目に行燈の火が映っていた。


「そうだよ。未命……。大切な、ものをさ。あなたが……」

「何……。何よ。――わたしが? わからない。――もしそうだとしたら。謝るよ。返す。――できることなら、返すからさ! でもさ。――だからといって、かずらなんて……。わからないよ。わたしが、何を奪ったの? ねえ…………」


 緋奈はぐいと顎を引いて、しかし目をしかと向けてきたまま、


「理久を、あなたが。奪った」


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