蒼い瞳 3

「それで、なぜあなたさまが、同心の如き真似をされる。――縫衣殿」


 洪蔵は卓の向こうにあぐらをかき、両手を膝に載せて肘を張った。――まるで、やましいことなど欠片もない、と云うように。


 未命は笠をかむったまま、縫衣の横に座っていた。縫衣は洪蔵を見つめて、


「白ノ宮における、瘴魔――怪異絡みとなれば、捨て置くことはできません。――銀狼衆としても。それに、白ノ宮の世話になった、このわたしとしても」


 洪蔵は扇子を取ると、ばらりと開いて顔をあおぎはじめた。白地に千鳥の柄だ。


「左様ですか……。だとして、それがしに、何用ですかな?」


 そこで縫衣は身を乗り出して、


「守護の、それも副長官ともなれば、白ノ宮の秩序と安全を守る、要の一角。――そのようにわたしは考えています」

「ふむ。無論、それがしも、そのようにありたいものと、願っております。されど、まだまだ至らぬもので」


 すると、縫衣は意外そうに目を広げる。


「へえ、ずいぶん、謙遜をされる。――その割に、巫女には強気だと、聞き及ぶけれど」


 洪蔵は一瞬真顔になるも、すぐにその面長に、引きつった笑顔を浮かべる。


「おお、そう云えば。――この宿舎や、この部屋の浄めを、願えぬものかと思うて。巫女殿にお願い申したこともある。――不徳ゆえ、どうも穢れが恐ろしくてな」


 と、洪蔵は警戒するように縫衣を見る。縫衣は目を鋭く細めて、


「黄花さん。――殺された黄花さんにも、を頼んだの?」

「な、なにを……」


 洪蔵は唾を飲み、睨むように縫衣を見つめて固まった。やがてわなわなと、洪蔵は両手を振るわせた。


「も、もう、お引き取り願えますかな。あなたさまの話には、ついていけない……!」

「そう、わかりました。――けれどきっと、天なる長神様は、全てを見透かしています。そのことを、どうかお忘れなく」

「黙れ……。出ていけ」

「それでは、失礼しましょう、副長官。あなたさまに、白花の浄めを」



 外へ出るときには、日は暮れかけていた。空気が湿り、石畳に長い影が落ちる中、未命は縫衣に並んだ。


「ここから……。いったいどうするの? 縫衣さん。黄花さん殺しの真実が、本当にこれでわかるの?」


 縫衣は何も言わず本宮の方を見ていた。本宮の大階段の白木も、夕陽に染まりつつあった。巫女たちは高杯や布や、筆記道具を手に大階段を行き来している。


 未命は夕陽に目を向けると、その赤く滲む色のせいか、どっと疲れを覚えた。建物や木々が赤く染まり、少しずつ夜に沈んでゆくのだ。


「いいよ、もう」


 未命が呟くと、横にいる縫衣の視線を感じた。


「未命さん……」

「わたしが、殺してしまったのかもしれない。――あの、蒼い眼の魔性に、操られて。そうでしょ? 縫衣さん」


 そう言葉にすると、途端に寒気を感じた。見慣れたはずの白ノ宮の境内が、見知らぬ異界のように思えた。


 そのとき縫衣は、大階段の方を見ながら、


「行こう。本宮へ」

「え? どうするの……。何を……」

「大巫女様に、会いにいく」

「大巫女様へ? いったいどうして……」



 大階段の先の二階には、当然ながらよく出入りしていた。――大階段を登りきった先の、二階に足を踏み入れると、それでも未命はため息を漏らした。


 笠の下から白木の内装を見回す。――柱や壁には白花紋と日月ノ長神が彫刻され、端々に銀の金具が輝いていた。


 白衣に緋袴の巫女たちは、かぐわしい木と香の匂いに包まれた、仄赤い白木の中を往来していた。横切る幼い巫女が運ぶ灰色の花瓶に、首のしなった白花が刺さっている。所々に白木の鎧兜の守護が立っている。


(それにしても、銀狼衆の暗緑色が、なんと不釣り合いなことか)


 そんなふうに思いながら未命は縫衣の背を――それから自分自身の姿を見下ろす。



 すると、階段の正面の謁見ノ間の方から一団が現れた。


 中央には、白髪に銀の頭冠を載せた巫女がいた。両脇には上位の巫女が付き添っている。


 大巫女様、と未命は呟いて、体をこわばらせる。


 周囲の巫女は大巫女を見つけるに、荷物を床に置いて、両手を袴の前に揃えて頭を下げる。守護たちも背を伸ばして、ぐいと頭を下げた。


 縫衣は大巫女に近づいてゆくと、ふと、大巫女の皺に埋もれた顔が綻んだ。


「ほうこれは、白花ノ剣。珍しいこともあるのう。わらわに顔を見せてくれるとは」


 そこで縫衣は大巫女の前に屈み込み、左膝をついた。


「突然の参上、恐れ入ります。お願いしたき儀があり、お目汚しをいたしています」


 すると大巫女は声をひそめて、


「よい。そのような儀礼は。ありていに申すがよい。――今日もあれこれ、肩がこって仕方がのうて」


 そうして大巫女はぎこちなく、肩と首を回した。両脇の巫女は聞かないふりをするように、服の皺を伸ばす。


 未命は正体がばれはしないかと、身をこわばらせる。


 縫衣は片膝をついたまま顔を上げて、


「それでは……。大巫女様。例の、黄花さんのことなのです」

「ふむ、黄花……。恐ろしいのう。夜渡吒やわたノ神のいたずらか。あるいは、人か魔によるものか」

「ええ。それについてのお願いなのです」

「ほう、申してみよ」

「はい。明日の午後、九つの刻。人を集めていただきたいのです。――この、本宮の正面の広場に。巫女や守護など、なるべく多くを」

「なんと……。どういうことだ」

「そこで、わたしはこのたびの、黄花さんを殺めた下手人のことを、つまびらかにします。みなさまに、こたびの事件の真相と、その下手人をお伝え申すつもりです」

「下手人を? なんと……!」


 大巫女の声に続き、両脇の巫女も目を見開いた。縫衣は続けた。


「しかるに、すぐに今から余人にお伝えを、お願いしたいのです。――明日の九つに、縫衣が本宮前で、真実を伝えると」


 未命は信じられぬ気持ちで、縫衣の背中を見つめていた。


(どうして? どういうこと? 縫衣さん……。下手人がわかった、なんて。それを、なぜ発表するの?)


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