第16話

「山岡さん、わたし、明日から前まで通り教室に行って普通に授業受けようと思うの」

「おぉ!えらいよあかりちゃん!」


 周りの子達が当たり前に出来てることを、こんな風に宣言して褒められるのも気恥ずかしい。

 けれど、いつまでも家に引きこもっていたところで、現状は何も変わらないんだって、この一ヶ月ちょっとで身に染みるほど理解した。


 メンタル面、少し不安。


 だけど今は、兎にも角にもさきちゃんの顔が見たい。

 こう思えるようになったのは、メンタルが少し回復したと捉えても良いと思ってる。山岡さんのおかげだ。彼女にはちゃんと感謝してる。


 山岡さんのおかげで、わたしはもう一度さきちゃんの声が聞きたいと思えたし、顔が見たいと思えた。


 だからあともうちょっとだけ。

 もうちょびっとだけ、山岡さんには踏み出す勇気を貰いたい。もう少しだけ付き合って欲しい。


「それで明日さ、その……」

「うん!わかってるよ!手、繋ぎたいんだよね?」

「う、うん」

「いいよ!任せてあかりちゃん!」

「ありがとう」


 思い返せば、この一ヶ月でわたしの中の山岡さんのイメージはだいぶ変わったと思う。

 最初の頃はなんて不躾な人なんだと感じた彼女の無神経さ、空気を読めない声の大きさ、そこが嫌でまともに彼女の相手なんてしてなかった。


 それが、日を経つにつれていつの間にか彼女が家に来てくれることを楽しみに待っているわたしがいた。


「(絆された、のかな?)」


 そこは認めていいのかもしれない。

 さきちゃんに感じる想いとは全くの別物。

 けれど、わたしの中で山岡さんはただの友人の域には留まらない存在になっていることも認めなければならない事実だった。


 さきちゃんは今でもわたしの好きな人。

 さきちゃんがわたしの想い人だとするならば、山岡さんは真の意味での親友と呼べるんだろうか。


 そのカテゴライズで良いのかな?


 ここに来て思う。

 わたしはきっと人との関係に名前を勝手につけたがる性格をしてるんだと思う。

 そして勘違いした結果、破滅する。


 相手がどう思ってるか疑り深く考える癖をつけないと、またわたしは大きく傷つく。

 そう分かっていても、人の本質はそう簡単に変わらないから。


 だからメンタルを鍛えるしか無いんだと思う。

 今回さきちゃんとの間に起きた勘違いで、わたしは傷心した。


 こうやって傷ついてキズついて、そして学んで、成長するしかない。

 そしてただ傷つくだけで終わらせないことも重要なこと。

 だからこそわたしは明日、しっかりとさきちゃんとまたお話しして、隣に立たないとダメ。


 今日の山岡さんは「教室に行く」宣言をしたわたしに何か感じ取るものがあったのか、いつもよりも早めに帰っていった。


 そっちの方がわたしとしても有難かった。


 さきちゃんと話す覚悟を決めて、一人で心の準備をする。

 山岡さんのおかげで普通に対面して会話できるようになったママとパパには未だ引きこもることになった事情は説明できていないけれど、「明日からは前まで通りだから。心配かけてごめんね」とそれだけ言えば、二人とも泣いて喜んでくれた。


 更に勇気を貰えた気がした。




 翌日。


 さきちゃんの登校する時間帯を避けて、ホームルームが始まるちょっと前に教室に着くように家を出た。

 山岡さんが家の前に立っている。


「とうとう来たね、この日が!」

「お、大袈裟だよ」

「そしてついに今日という日まで、鈴菜はあかりちゃんと連絡先を交換することが出来ませんでした!」

「あ、そのことなんだけど……」


 今までスマホの電源を入れる気になれなかった。

 きっとさきちゃんからのメッセージが溜まっているという自覚があったから。彼女のことは今でも好きなのに、メッセージをスルーし続けたことの罪悪感と、あの日の気まずさで通知を見たくなかった。


 だから今日まで、わたしは山岡さんとも連絡先を交換していなかったけれど……。


 今朝方、スマホの電源を入れた。


 案の定さきちゃんからは大量のメッセージが送られてきていて、恐る恐るポップアップ表示でその中の一つを見てみると。


 さきちゃんも、わたしに会いたがっていた。


 その事実と、さきちゃんが打ち込んだメッセージの一文字一文字に何故だか温かさを感じて、もっと「がんばろう」と思えた。

 まだ全部のメッセージは見れてないし、返信も出来てない。既読すらつけれてない。


 けれど、さきちゃんからも勇気はもらった。


 なら、わたしは何でも出来る気がしてくる。


「その、今からでも遅くないなら、連絡先、交換しない?」


 山岡さんには恩もある。

 わたしから連絡先の交換を申し出た。


「遅いなんてことないよ!やったー!嬉しい!」


 本当は知ってる。

 チャットアプリの中にあるクラスのグループチャットから勝手にわたし個人の連絡先を追加することも彼女には出来たはずなのに。

 今日まで山岡さんは必ずわたし本人に直接連絡先を交換してとお願いしてきた。


 律儀な子だと思う。


 さきちゃんとの関係が上手く修復できて、またいつも通りになれたとしても、山岡さんとはこれからも個人的に仲良くしていきたい。

 さきちゃんは、、、

 多分、山岡さんのこと知らないと思うから、もしさきちゃんが万が一にも興味を示したら、その時には紹介してあげたい。


 わたしの友達だよ、って。


 山岡さんはさきちゃんのこと苦手らしいから、嫌な顔するかなぁ。

 それでも、今から少しだけ教室に通う生活が楽しみになった。

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