第15話

 わたしが行かなくなって、あっという間に一ヶ月弱が経ってしまった。

 含みのある言い方をしたのは、山岡さんに勧められて保健室登校に切り替えたからだった。


 保健室に行くことで仮にも学校には出席していることになる。学校側がそれを認めてくれた。


 それがまず、ここ最近のわたしの大きく変わったこと。


 もう一つ大きく変わったことがあって、それは、山岡さんにとうとう悩み事を打ち明けた。

 なんだかんだ言いつつも彼女に甘えてしまっていた部分があったわたしは、山岡さんが家に何日も来てくれたことで内心、嬉しかったんだと思う。

 だからこそ、少しだけ悩み事を打ち明けることを先延ばしにしてしまった。


 山岡さんが、悩み事を聞くまでは毎日家に来てくれるって言ったから。

 それって逆を返せば、打ち明けてしまったらもう彼女はわたしに興味を無くして家に来てくれなくなってしまうってことでしょ?


 それは、べつに彼女に特別な気持ちが無かったとしても、一人になりたくないって意味で嫌だった。


 でも実を言うと、わたしが言おうと思って彼女に悩み事を打ち明けたわけではない。

 これは数日前のこと―――。




「今日は何のお菓子つくろっか!あかりちゃん!」

「山岡さんは何食べたい?」

「んー、あかりちゃんとつくるお菓子どれも美味しくなるから、なんでもあり!」


 山岡さんがうちに来ることにも二週間くらいですっかり慣れてしまい、わたしも彼女が訪れることに満更でもなくお菓子作りなどでもてなすようになっていた。


 彼女から学校のプリントと授業用ノートを貰って、その後は軽く勉強なんかも教えてもらったりして、二人とも頭を使うことに飽きたらお菓子をつくる。


 さきちゃんのことを忘れたことは一日たりとも、一瞬たりとも無い。


 けれど感情を失っていく奇病にかかったさきちゃんと、きっとこうやって一緒に勉強したりお菓子づくりをしたとしても、穏やかな気持ちになって楽しめることは無いと思った。


 それが、わたしとしては少し寂しくて、悔しくて、山岡さんといると時々感情がぐちゃぐちゃになって、一人で抱え込んでいる時とは違う種類の涙が零れそうになったことが何度もあった。


 そして山岡さんは、そういう人の感情の機微にとても敏感な人だった。

 彼女はわたしの少しの異変にもすぐに気づいて、「悩み事、言ってみて!」って決まり文句を言ってくる。


 その日も最初は山岡さんとどんなお菓子を作ろうかとか、普通の会話で盛り上がっていた。

 わたしは少しずつまた笑えるようになってきていて、山岡さんとの会話も必然と弾んで明るいものになる。


 でも山岡さんが小学生みたいな反応をして、それに母性本能をくすぐられながら不意に笑みがこぼれた時とか、どうしてもさきちゃんの寝顔が脳裏にちらつく。


 さきちゃんの寝顔にもわたしは苦しいくらいに母性本能をくすぐられていたから、やっぱりどうしても頭に浮かんでしまう。

 そしてさきちゃんの寝顔を浮かべると、必ず次にはわたしが勝手に舞い上がって、およそ親友にしてはいけないような淫らな行為を寝てる無防備な彼女にやってしまったことの後悔がすぐに押し寄せてくる。


 そうなると、わたしはもうダメになる。


 山岡さんが目の前にいようと、心が勝手に人を寄せ付けずに閉じこもる準備をしてしまう。


 その日もそうなって、山岡さんは相変わらず鈴菜式お悩み相談とやらで「悩み事、言ってみて!」と苦しむわたしに催促してきた。


 いつもなら二回くらい拒めば諦める山岡さんも、その日は何度も何度も同じことをしつこく聞いてきた。


 だから咄嗟に口をついて出てしまった言葉。


「わたしとさきちゃんの問題なの!山岡さんには関係ないから!」

「あかりちゃんの悩みには、さきさんが関係してるの?」

「………あ、」


 ここからズルズルと芋づる式に悩み事を打ち明ける形になってしまった。

 さきちゃんが関わる話になった途端、あれだけ元気が取り柄だった山岡さんの表情が曇り出す。


 と言うか、フレンドリーで大抵のクラスメイトを「ちゃん」呼びと「くん」呼びで話す山岡さんが、さきちゃんにだけは「さん」付け。

 この時点で、彼女がさきちゃんに何となく苦手意識を持ってるのがわかってしまった。


 それでも山岡さんはわたしの悩み事には真剣に聞いてくれて、一緒にこれからどうしようかと悩んでくれた。


 そこで出てきた案の一つが、保健室登校だった。

 自分でもそろそろ一歩踏み出さないとと思っていたわたしはすぐにその提案にのった。


 そして今、密かに出されている二つ目の案。


 一人で教室に入るのが怖い。

 正確に言えば、さきちゃんと会うのがこわい。

 これを解決するための策として、山岡さんと教室に入り、しばらく行動する。


 わたしの心はまだまだボロボロで、支えが無いと辛い。

 それにしばらく学校や塾に行けてないことの焦りから、判断力も鈍っていた。


 まさか思わなかった。

 そして今まで気づかなかった。


 わたしが山岡さんと手を繋いで教室に入ることで、他でもない、さきちゃんがあんなにもするなんて。


 彼女に残された感情が一つだけじゃないなんて、まったくわたしは気づいていなかった。

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