第3話
親友の家でお泊まり会をして、朝、目を覚ました時。
私は違和感を感じた。
胸の中が空っぽになってしまったような、そんな違和感。
床に敷いた布団から起き上がって、ベッドで眠る親友の顔を覗く。
気持ちよさそうに眠る親友。
頬をむにむにと摘んでみる。「うーん」と眉をハの字にして唸る親友。
私は何も思わなかった。
思わなかったけれど、涙が頬を伝った。
雫が彼女の頬に落ちる。
悲しいという感情を失ってからもうだいぶ時が経つ。涙を流すのなんて何年ぶりか。
私は今、悲しんでいる?
いや、それは間違いなく有り得ない。悲しいと言うにはあまりにも私の頭の中はクリアで、胸が締め付けられるような感覚も無かった。
涙も止まっていた。
流れたのは一滴の雫だけ。
でもその一滴の涙で、親友を起こしてしまった。
「さき、ちゃん?どうしたの?」
「………あかり」
「……さきちゃん、泣いてるの?」
「もう泣いてない」
「泣いたの?」
「………わからない。けど――」
けど、私に許されていた『怒り』という感情が、とうとう消えてしまった。
私は親友にそう告げた。
感覚で分かってしまったのだ。自分の感情がまた消えてしまったことが。
親友は自分のことのように悲痛な表情を浮かべ、そして目の端には涙を溜めた。
「さきちゃん、おいで」
「?」
「まだ起きるには早いから、もうちょっと寝よう?眠たくなくても、目を閉じてみよう。だからほら、こっちにおいで」
「……あかり、私を励まそうとしてる。心配いらない。私は何も思ってない」
「そうじゃない。そうじゃないよ、さきちゃん。わたしが悲しいんだよ」
そう言われて、私はあかりに腕を掴まれ、そのまま彼女のベッドへと引き込まれた。
親友の隣で、ベッドの上で横たわる。
「さきちゃん、大丈夫だからね」
「………」
「おやすみ」
親友が目を閉じた。
私も、目を閉じた。
視界が暗転する中、嗅覚は甘い匂いをとらえる。
クラクラするような、甘い匂い。親友の香り。
……?
何かがきゅうっとなって、疼いた気がした。
それから二度寝をした私たちが最終的にしっかりと起きたのは昼間の十二時ちょっと前だった。
親友に起こされて一緒に洗面所で顔を洗ったりしてから、早朝に帰宅したと思われる親友のお母さんに「ご飯も食べていって」と言われたので朝ごはん兼お昼ご飯を彼女の家で済ませてから帰ることになった。
「また今度はわたしが泊まりに行くから」
「うん」
「さきちゃん、わたしはどんなさきちゃんでも、ずっと好きだし、変わらず親友だからね」
「……うん。私も、あかりのこと好――」
きゅぅ。
………???
「さきちゃん?」
「……なんでもない。ばいばい」
「あ、うん!またね!」
胸の奥。いや、それよりも下。おへそ?わかんないけど、そこら辺が妙に震えるような感覚。
なんだろう、咄嗟に口をついて出ようとしていた、たった二文字の言葉がすんでのところで出てこなかった。
不思議。
でもこの不思議な感覚を深く知りたいとは思わなかった。
それほど親友の家から遠くない位置にある自宅に帰ってきて、まだ夜ご飯までは時間があるから自室のベッドに仰向けになってみる。
もうすぐ高校生二度目のゴールデンウィーク。
昨年は私の家にゴールデンウィーク中ずっと親友が泊まりに来ていた。
今日の別れ際の親友の言葉には、今年もまた同じように泊まりに来ることが示唆されているのかもしれない。
親友。お泊まり。
仰向けのまま目を瞑って、今日含めこの土日に過ごした親友とのお泊まり会を振り返る。
幾度とお泊まり会をしている私たちだけれど、同じベッドで眠ったのは初めてかもしれない。
私のすぐ隣で無防備に目を閉じ眠る親友。
そんな脳内で思い出し描いた親友の姿は、何故だか服を着ていなかった。
本当は着ていたはずの服が、私の脳内では着ていない。
親友の健康的な肌色が、お風呂で見てしまった胸の先の桃色が、やわらかそうなお尻の曲線が。
すべてが瞼の裏で描かれる。
思わず眉間に皺を寄せた。
仰向けから左肩を下にして壁側に顔を向ける。
なんだろう、この感覚。
胸がドキドキして、、
おへその、下?いや、もっと、、、
私は不思議な感覚がする方へ、下へ下へと手を伸ばす。
部屋着の上からソコに手をあてる。
………?
何も思わずにはいられない違和感があった。
初めての感覚。
肩がピクリと震える。
この感覚が何かを知りたくて、ズボンの中に手を入れてみた。
下着の上からもう一度ソコに触れてみる。指先で、軽く撫でるように。
「……っ。………んっ」
ビクビクと身体が震えて、微細な快感に思わず鼻から息がもれる。空いた左手の人差し指を甘噛みしながら、声を抑える。
右手はこの感覚を深く知るためという口実を得たことで、ソコを触り続ける。
時に擦ったりしながら、気がつけばただ神経をソコだけに集中させていた。
「………んっ」
音は出さない。ただ、声はもれる。
だんだんと微細な快感が自分の脊髄に積もりだし、そこが震えるような感覚を覚えたとき、私の瞼の裏には再び裸姿の親友が浮かんだ。
「っ!!」
そして私は咄嗟に手を止めた。
「はぁ、はぁ、」
左手の人差し指にはくっきりと歯型がついており、よだれもついてベタベタだった。
かなり集中していたらしい。
しばらくもう一度仰向けになってぼーっと天井を見つめながら息を整えていると、今度は遅れて多幸感がやってくる。
そして更にやってくる強烈な眠気、睡魔。
もしかしたら、と考える。
右手を掲げて見てみても、特に何も変化は無い。さきほどまであんなに私をビクビクと悶えさせたこの右手の指は、普段と変わらない。
あのまま続けていたら、どうなっていただろうか。私はどうなってしまったんだろうか。
尾骶骨の上あたりが震えるような感覚がして、咄嗟に手をとめた。
止めて正解だったのか。
わからない。
なんで最後、手を止める前に親友の裸体を思い浮かべたのかも自分のことながら不思議に思うし、そもそもこの快感はなんなのかも分からない。
わからないことが山のように積み重なるなかで、それでも分かったことも一つだけあった。
私は、さっき、確かに『興奮』した。
快感を覚えた。
つまり、『気持ちいい』と思いながらあの謎につつまれた行いに耽っていた。
私にもまだ、何かしらの感情があるということの発見だった。
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