第16話

 第16話.

 イ・ウチャン巡査部長は列車の中で刑事2班に伝えておくべきことを思いついた。車内での通話は禁止されており、また静かすぎて通話内容が他の人に聞こえるとまずいのでデッキへ行った。デッキには誰もおらず、壁に取り付けられた簡易椅子を下ろして座ることができた。チョ・ビョンゴル警部補に電話した。

「チョチーム長、今聞き込みを終えてソウルに戻っているところです。」

「釜山女性シェルターで何か情報を得たか?」

「良い情報を得ました。」

「おお、そうか。よくやった。どんな情報だ。」

「チョ・エソンがホームレス出身のジョン・ファジョンという女性に就職させてあげると言って龍仁に呼んだそうです。 そして2人が会う約束をした日が、6月25日です。 その日、龍仁にあるジョンアム樹木公園が約束の場所でした。 公園に出動して近くの防犯カメラを確保しなければなりません。ジョン・ファジョンの写真は今携帯電話にお送りします。」

「決定的な情報だな。 釜山まで行った甲斐があったな。 じゃあまずはチョ・エソンが使っている飛ばし携帯が龍仁にある公園近くの基地局に捕らえられるかどうか、それを確認しないといけないな。」

「はい、防犯カメラの確認は時間がかかるので、まずは飛ばし携帯の位置を確認することから始めます。」

 イ・ウチャン巡査部長は客室に入ってきた。 イ・チャンソプ巡査は目を瞑っていた。平日の昼間で空席がいくつかあったのでイ・ウチャン巡査部長は別の空席に座った。イ・ウチャン巡査部長もソウルに到着するまで目を瞑った。2時間40分ほどでソウル駅に到着し、すぐに銀平警察署に向かった。銀平警察署の刑事2班が集まった。 イ・ウチャン巡査部長はまずチョ・エソンの飛ばし携帯の反応から確認した。

「チョ・エソンの飛ばし携帯の反応は龍仁のジョンアム樹木公園の近くで出たんですか?」

「イ巡査部長が予想した通り、6月25日、龍仁水枝区にあるジョンアム樹木公園で反応が出た。」

「そうですか。じゃあすぐに公園付近に行って防犯カメラを確認しないといけませんね。」

 刑事2班全員が龍仁に向かった。ジョンアム樹木公園には入り口に管理室があった。まずは管理室に行き、6月25日付の防犯カメラの映像を確認した。チョ・エソンとジョン・ファジョンの顔は刑事2班全員写真で確認済みだった。

 チョ・エソンとジョン・ファジョンが会った時間は昼間と思われるが、念のため保存された防犯カメラの映像を6月25日の朝の時間帯から見始めた。公園に設置された防犯カメラは7台あった。刑事2班全員が7つの映像を分けて見ていた。 そうして映像を観察してから2時間が過ぎた。

「あっここの女性。紺色のズボンに白いブラウスを着た女性。」

「どこだ。」

「その場面からもう一度ゆっくり再生してくれ。」

「別の角度から撮影した防犯カメラも見てみろ。時間は昼12時32分。」

「はい、こちらからも見えますね。 紺色のパンツに白いブラウス。チョ・エソンですね。」

「見つけた。 誰かを探しているようだな。」

「ジョン・ファジョンを探してるようです。」

「見つけたみたいだな。手を上げている。 この角度からは誰か分からないな。別の角度から、つまり12時32分05秒の映像を探してみてくれ」。

「こっちのカメラでは見えますよ。ベンチに座っている女性。」

「ジョン・ファジョンの写真をもう一度よく見てみろ。ベンチに座っている女性はジョン・ファジョンか?」

 警察官たちはジョン・ファジョンの写真と映像に映るベンチに座っている女性を交互に確認した。

「そうですね。ジョン・ファジョンで間違いないですね。2人がお互いを認識してジョン・ファジョンも手を振って立ち上がったな。」

「黒のカバンを横に置いていて服装が黒、赤いチェック柄のスカートを穿いている。カバンが結構大きいな。」

 映像の中で2人は挨拶を交わし、一緒に並んでベンチに座っていた。しばらく話をしているように見えたが、2人は立ち上がり席を移動した。歩く姿が一瞬見えたが防犯カメラの死角なのか、2人の姿は見えなかった。

 チョ・エソンの飛ばし携帯の電波発信の反応は、公園近くの喫茶店が最後だった。飛ばし携帯を定期的に交換しているようだった。電波が届かない。飛ばし携帯を分解して捨てたのだろう。おそらく2人が公園で会って喫茶店で話をしている時にトイレなどに行って携帯電話を壊してしまったのだろうと予想する。

 2人が公園で会ってから1ヶ月以上経っているため喫茶店のゴミ箱を探しても携帯電話の残骸を見つけることもできないし、見つけたとしてもチョ・エソンの位置を追跡することはできない。喫茶店に防犯カメラはあったが、最近1ヶ月分だけを残して記録は消されてしまったため、これ以上防犯カメラで2人の女性を追跡することはできなかった。

 刑事2班は龍仁での仕事を終えて警察署に戻った。

 その日イ・ウチャン巡査部長に知らない携帯電話番号から電話がかかってきた。

「もしもし。」

「ソウルの刑事さんの電話番号ですよね?」

「そうですが、どちら様ですか?」

「先日聞慶の大学病院でお会いした看護師です。」

 あの時の大学病院で名刺を渡した看護師だった。

「あ、はい。どうも。」

「あれから刑事さんたちが帰ってからもう一度当時のことをゆっくり思い出していたんです。 チョ・エソンさんが死亡された時のことです。何かおかしいというか、チョ・エソンさんが救急室に来られたとき私が最初にお迎えしたんです。」

「はい、それで?」

「医師は心臓発作で死亡診断書を書いたのですが、チョ・エソンさんが救急車で運ばれてきた時、 着ていたTシャツの首の部分に泡が乾いたような跡があってTシャツに唾液がたくさんついていたんです。 通常心臓発作の場合、唾液を大量に吐くことはないのでそのことを思い出して刑事さんにお伝えした次第です。」

「ああ、そうなんですね。 私は医学的知識はあまりないですが、通常心臓発作で死亡した場合には口から泡が出ないと聞いています。 とにかく情報提供ありがとうございます。」

「どういたしまして。」

 イ・ウチャン巡査部長は看護師から得た情報を国科捜研の関係者に聞かなければならないと思った。 イ・ウチャン巡査部長は科捜研のキムチーム長に電話した。以前一緒に捜査をした経験もあり、時々お互いの安否を尋ねる仲だった。

「こんにちは、キムチーム長。」

「久しぶりです、イ巡査部長。お元気でしたか?」

「はい。ちょっと最近は忙しくて。今捜査中の事件で全国を飛び回っています。今、電話大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。何かありましたか?」

「聞きたいことがあるんですが、人が心臓発作によって亡くなったときのことです。」

「心臓発作によって死亡する時ですか?」

「通常その場合は死亡時に上半身がビショビショになるくらい唾液をたくさん垂らして口から泡が出たりするのでしょうか?」

「いいえ、心臓発作によって亡くなる場合はそうではありません。 唾液を垂らすとはいえ、服がびしょ濡れになるほど垂れることはありません。 泡も出ませんしね。」

「ではどんな場合にあんなに服がびしょ濡れになったり泡が出たりするのでしょうか?」

「普通そんな状態で死ぬというと、毒で死ぬときにそうなりますね。」

「ええ!?毒物ですか!」

「毒物で自殺したり暗殺された死体を見るとそういう姿になるんです。 代表的には青酸カリを飲んで死んだ時はまさにそんな姿になりますよ。」

「そうなんですね。」

「イ巡査部長がやっている捜査に関連して唾液をたくさん垂らした死体があったということですね?」

「はい。死因は心臓発作なんですけど、唾液をたくさん吐いたそうです。 でも死体はもう火葬されてしまって。解剖もできないし今のところ何も確認できないんです。」

「そのような死体は科捜研で見れば一目瞭然なんですけどね。残念ですね。」

「そうですね。いい情報ありがとうございます、キムチーム長。今回の捜査が終わったら一杯やりましょう。 また連絡しますね。」

「はい、そうですね。お疲れ様です。」

 科捜研の関係者とは良好な関係を維持することが重要である。指紋、血痕、DNA鑑定などの依頼を迅速に処理するためには、親しい科捜研の職員がいれば業務がスムーズに進む。イ・ウチャン巡査部長は、情報をくれた看護師と科捜研のキムチーム長との電話を終え、捜査の方向が思いもよらない方向に進んでいることを感じていた。

 龍仁のジョンアム樹木公園でチョ・エソンとジョン・ファジョンが会ったことを確認した。ジョン・ファジョンは女性シェルターを出て以降、女性シェルターへは連絡がなかったという。チョ・エソンは使用していた飛ばし携帯も捨ててしまった。警察の追跡を予想しての行動と見ることができる。最初は保険金を狙って母親が自分の娘を殺したのではないかと思ったが、今はチョ・エソンがジョン・ファジョンに就職を口実にうまいこと騙して後に殺したのではないかと思う。

 ホームレス出身だと行方不明になっても誰も探す人がいないことが多い。同居している家族が突然音信不通になっていなくなってしまったらすぐに行方不明届を出したり周囲を探し回って探すだろうが、ジョン・ファジョンのような場合は親族との交流もなくホームレスとして暮らしていたため、誰にも気づかれずにいなくなっても探す人はいないだろう。

 それを狙ってチョ・エソンが女性シェルターを通じてホームレスを探したようだ。しかし現段階でそうだと思っても証拠を探さなければならない。しかも死体はすでに火葬されている。殺人事件の場合、証拠として死体と犯行道具を見つけることが最も重要だが、今回は死体も犯行道具も見つからなかった。起訴できない。カン・ソンファが葬式もせずまた周囲に何の連絡もしないまま急いで火葬してしまったのも怪しい。

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