第19話 胸騒ぎ




 最近は常に上の空だった。


 学校に行っても授業はまるで集中できないし、梓桜から話し掛けられても与えられた言葉が頭に入らず適当に相槌を返すだけだった。


 駿矢はクラス内でいつも通りの人気者で、沢山の人に囲われている。


 だから僕と駿矢が会話を交わすタイミングは存在しなかった。


 ぼーっと日常を過ごす中で、唯一僕が集中していることがあった。


 自殺を望んでいる『A.S.』からの連絡だ。


 そのアカウントからのメッセージに対し、依然として返信することはしなかったが、一文一文を丁寧に読み込んでいた。


 この文章のどこかに、百合恵さんが亡くなるときに抱えていた気持ちと同じものがあるかもしれない。そう思うと、一語たりとも見逃すことはできなかった。


 A.S.からの連絡は、基本的に三日に一回ペース。


 この世界に絶望しているようだが、なぜそうなってしまったのかという理由は一向に話さない。


 また住んでいる場所も年齢も性別も、何一つ分かっていることがない。


 特に変化が起きないでいたそんなある日、初めての出来事があった。


 A.S.から写真が送られた。


 そして画像とともに、メッセージも送られていた。



《私のお気に入りの場所です。この景色を見ていると、心が落ち着くんです》



 どこかの町を、高いところから見下ろした光景だった。


 鉄製のフェンス越しに、手前に住宅街がまばらに並んでいて、遠方にはちらほらとビルが見える。


 右奥には山が連なっていて、左側には……。


 何故だろう。

 とても、奇妙だ。


 この景色に、僕は確かな既視感を覚えた。


 もしかするとここは…………。


 いやまさか、そんなことはありえない。


 震えた指先でSNSアプリを閉じて、次に衛星マップのアプリを開く。


 表示された日本地図を二本の指で拡大していく。

 僕の住む町まで拡大し、西高を探した。


 もう一度、さっきの画像を確認する。


 空の明るさ、影の向きや長さからして、恐らくはこっちが南で、そうなると……………。


 恐ろしい予感がした。

 だけど可能性が高いだけで、まだ確定じゃない。


 次に僕は西高のホームページに飛んだ。


 あるはずだ。

 2年前の写真が。

 屋上から撮られた校庭アートの写真が、どこかに載っているはずだ。



「……あった」



 そうしてA.S.が送った画像と、2年前に西高の屋上から撮られた写真を照らし合わせる。




「…………嘘だろ」




 一致、してしまった。


 この写真は、間違いなく西高の屋上から撮られたものだった。


 心臓が、ドクンと大きく高鳴った。


 落ち着かせるために深呼吸をしてみたが意味はなかった。



『西高の関係者に自らの死を望んでいる人がいる』



 まだそうとは分からないのに、一度考えたら背筋が凍って動けなくなってしまった。


 まだ、分からない。

 僕の適当な憶測に過ぎない。


 不安に乱れた気持ちを抱えたまま、僕は次の日を迎えた。




 学校で、まずは職員室に向かう。

 直近で屋上の鍵を使用した生徒、及び先生がいないか聞いた。


 事情は話さなかったため不審には思われたが、事務員の人が優しく対応してくれた。


 どうやら屋上の鍵など重要な鍵の使用履歴はしっかりと記録を残しているようだったが、今年になって屋上の鍵が用いられたことは一度もないらしい。


 諦めて、次は待ち伏せすることにした。


 朝、休み時間、昼休み、放課後。


 屋上に入るための扉、その手前にあるロッカーの影に身を隠した。


 もし本当に誰かが来たら、そのとき僕はどうすればいいのだろう。


 不安げになったが、その事態になったらまた考えようと思った。


 とにもかくにも、僕は待ち続けた。


 三日が経過しても、誰一人屋上へ来る人はいなかった。


 もしかしたら、僕の勘違いだったのかもしれない。


 そう思ったがA.S.から送られた画像を見返すと、やはり気のせいではない。


 打つ手のなくなった僕は、仕方なく、使いたくなかった最終手段を頼ることにした。



 初めて自分の意思で、亜嘉都喜あかときの元へ足を運んだ。











 

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