優雅な令嬢武侠ファンタジー ~異界都市の白銀令嬢~

高菜黎明

プロローグ

第1話 VS令嬢ムソウ

 とある夜会の終わり、一人の令嬢が取り巻きを伴い優雅に馬車に乗りこんだ。

 彼女は黄色の髪に黄色のドレスであった。

「ごきげんよう」

 別れの挨拶をする主催者たる上位令嬢に、黄色の令嬢は優雅に返す。

「ごきげんよう」


 御者の鞭に、優雅に走り始める馬車。


 今宵のパーティ会場を一区画ほど過ぎた後、黄色のドレスの令嬢が、優雅に呟く。

「今日の夜会は実に充実したものでしたわ」

 リーダーたる黄色のドレスの令嬢の満足げな言葉に、取り巻きの令嬢が同調する。

「ええ、ええ、ムソウ様。明日も楽しみですわ」

 おだやかに夜闇を駆ける馬車。

 取り巻きの一人がボトルを差し出す。

 ムソウと呼ばれた令嬢は、そのボトルの首に手を這わせると……おもむろにねじ切った!

 まるで飴細工のようにぽっきりと折れる首。

 取り巻きは気にせず恭しく中身の液体をグラスに注ぎ、ムソウに差し出す。

 ムソウは優雅に受け取り、そのまま一口唸り、満足げなため息をつく。

上位令嬢会インナーサークル主催のパーティはまこと疲れます事」

「しかしいずれ、ムソウ様も上位令嬢に」

「うふふ、そうなればあなた方も美味しい汁にありつけますわね」

「ほほほ、ムソウ様、それは言わぬ約束ですわ!」

 しばし、ワインを飲みながら希望に満ちた明日の思案にふけるムソウ。


 しかし違和感に気づく。

「あら?我が屋敷への道が違いましてよ?御者は何をしているのかしら?」

「おかしいですわね?御者!何をしていますの!?」

 気付くや否や!馬車は加速を始めた!

「なっ何事ですの!?御者!何をしているの!?」

 馬車の先頭を見れば、いるはずの御者がいない!これは一体!?


 夜の街並みを馬車が制御不能となり暴走する!

 それはさながら無軌道な棺桶弾丸!!やがて現れるは死の執行者たる無慈悲な石壁!

「「「キャーッ!」」」

 令嬢たちの悲鳴を飲み込み、馬車は轟音とともに壁にぶつかった!木っ端微塵!!!




「……終わりましたわね」

 残骸と化した馬車のそばに優雅に何者かが現れた。それもまた令嬢であった。

 肩まで伸びる銀髪に白銀のドレスである。

「さて死亡確認を……なッ!?」

 瞬間!自分めがけて飛んでくる車輪!それを寸でのところで避け、距離を取る!


 馬車の残骸から優雅に立ち上がる影あり!

「なめた真似をしてくれたものですわね、あなた何者ですか!名乗りなさい!」

 哀れな木っ端と化した馬車の破片を殺人級の威力で弾き飛ばし、現れるムソウ!

 なんと無傷である!!一体いかなるカラクリか!?

 並の人間なら、発狂しかねない光景である!読者諸氏は大丈夫であろうか!?


 だが問われた白銀のドレスの令嬢は冷静沈着である。

 名前を問われたら返さなければならない。淑女の礼儀マナーである。

 おもむろに優雅なカーテシーをする。

「ごきげんよう、ムソウ様。私、リアンと申します」

 黄色のドレス、ムソウは優雅にカーテシーを返す。

「ごきげんよう、リアン様。ムソウと申します。なんという凶行!目的を言いなさい!!」

「勿論、あなたの首ですわ」

 一切迷いの無い断言、思わずムソウは高笑いする。

「ホーホッホッ!貴女が誰を相手にしているか理解しておいで?そもそも搦め手を使わなければ相対できないような貴方が?御者を買収し暴走馬車の事故死に見せかけようと思ったのでしょうけど、このムソウがあの程度で死ぬとお思い?確認のためにおめおめと姿を現すとは、浅知恵でしたわね。お里が知れるというものですわ。ろくに社交界に名も知られぬ木っ端令嬢が!!」

「その罠にまんまとはまりましたのはどこのどなたかしら?負け惜しみもここまでくると立派なものですわね?御託はそれだけかしら?多少、口が回るようですけど、己の矮小さを隠すことはできませんわ」

「まあ!口だけ達者なこと!力量の差も判断できませんの!?」

「試してみるが良いですわ!」

 剣を抜き放つリアン。そして優雅に宣言する!

「その力を以て!いざ!来なさいな!」

「ホホホッッ!!後悔しても遅いですわよ!!」

 コンマ1秒、優雅にとびかかるムソウ!


 ムソウの武器は、拳!リアンは剣で受け止めそらせる!

 返す剣で、狙うは無防備なムソウの心臓!

 一切の妥協のない精密な剣さばきで過たず剣先が胸元に直撃する!

 だが、通らない!否、弾かれた!?

 乙女の柔肌が、剣を受け止め、弾き飛ばすことなどありえようか!?



 さて読者諸氏はご存じだろうか?世界には女子力という力が存在するということを。

 一般的な女子が放つその力を浴びた者は、たとえ身長差2倍の巨漢であったとしても、たちまちに吹き飛ばされ致命傷を負うと言われている、物理法則に則った力の一種である。

 だが、ここだけの話――歴史の闇に葬られた真実であるが――更なる先があるのだ。

 荒れ狂う女子力を束ね、整え、収束させる。そこから産み出された力は、あるいは千の軍勢をも一瞬で壊滅せしめるという。

 その力は令嬢圧と呼ばれている!


「その剣、なかなかの業物――魔剣とお見受けいたしますが、しかしその程度でこの私に傷を負わせると思わないことですわ!」

 ムソウより湧き上がる令嬢のオーラ。見るものが見れば理解るだろう、ムソウは令嬢圧をその全身に行き渡らせている!それはさながら重砲100門で武装した頑丈な石壁で構成された堅牢極まりない要塞のごとし!


「これは私を舐めた貴女への返礼ですわ、ぬんっ!」

 令嬢圧が右腕に収束され、放たれる!俗にいう令嬢弾である!


 まともに直撃すれば小規模な街であれば一撃で壊滅せしうる威力!だがリアンは冷静であった。

 同じくリアンは令嬢圧を発揮すると、手の剣に纏わせた!そして流水めいた巧みな剣さばきで、令嬢弾を受け止め、流す!

 軌道を修正され、それた令嬢弾は街の外へと飛んでいき、直径10m級隕石の落着を思わせる規模の破壊力を以てクレーターを生じせしめた!


「ほう、令嬢圧の巧みな使い方。中々やりますわね。リアン様。ただの三下令嬢とは違うようですわね」

「令嬢弾は、令嬢圧の基本動作に過ぎませんわ。その程度で力量を測ろうなど浅はか極まりありませんわ。もしや負け惜しみですわ?ムソウ様?」

「負け惜しみ?これは令嬢の余裕というものですわ」

「ええ、ええ、そうでしょうとも。本気を出した上で負けてしまっては、言い訳が出来ませんものね?」


「ふふふ……クククッ……ハァーッハッハッハ!!実に挑発がお上手ですこと!!良いでしょう!!私、貴女を気に入りましてよ!!では見せて差し上げますわ!!最早後悔しても遅いですわよ!!」


 古今東西の令嬢に通じる者はご存じだろうが、令嬢の中には、極限に達した力を発揮する者がいる。

 極限の令嬢は一種の奥義を編み出しているのは、歴史の闇に葬られしいくつかの論文に記載されている。

 ――それは令嬢奥義フロイラインゲハイムニスと呼ばれた!


令嬢奥義フロイラインゲハイムニス!!『金剛轟体アダマンボディ』!!」

 気合の声とともにムソウの黄色の髪が逆立つ!とたん膨れ上がるムソウの令嬢圧!

 伴って増える質量に足元に石畳にひびが入る!

 それは、古代竜の咆哮めいた根源的恐怖をもたらす圧力だった!


 令嬢圧を滾らせ、ムソウは宣言する。

「お待たせしましたわ。リアン様。こうなった以上、簡単に壊れないでくださいませ!!はぁッ!!」

 駆け出すムソウ!衝撃波を伴う突進!ムソウの体が10倍に膨れ上がった!これは令嬢圧のもたらす錯覚か!?

令嬢奥義フロイラインゲハイムニス金剛轟撃アダマンブレイザー!!」

 決して受け止められるパワーではない!状況判断により避けるリアン!


 だが、遅かった!!強大な力は大気圧を狂わせ、真空を生み出し強大な吸引力を産んだ!!

「キャーッ!」

 耐えきれず吸い込まれるリアン!


 周りの状況など一切お構いなし!周囲の全てを巻き込み直線軌道のままムソウは壁へと接触し……轟音とともに壁のみならず街並みの一部を放射線状に吹き飛ばした!

「キャーッ!!」「ワァーッ!!」「ヒィ―ッ!!」

 哀れな無数の悲鳴を飲み込み破壊の力が荒れ狂う!

 まるで黙示録めいたこの世の終わりのような暴力嵐である!


 嵐が過ぎ去りやがて訪れる静寂。


 瓦礫と化した街の中に優雅に立ち上がるムソウ。

 それはまさに悪鬼羅刹のごとき威容であった!

「フゥーッッ!久々の本気ですわ……!フフフ!!力が溢れてきますわ!!ホーホッホッホ!!」

 響き渡る哄笑!答える者は居ない!

 おお……!!荒れ狂う力に翻弄され、哀れリアンは死んだのだろうか!?


 ……否!!がれきの一部が動き……押しのけ、中から白銀のドレスが現れた!

 立ち上がり、体についた埃を優雅に払う。

 さながらダメージを受けていないように振る舞うリアン。

 だが避けきれるものではなかったのであろう。白銀のドレスの一部が破れてはじけ飛んでいた。太ももが出ている!美しい!


 優雅に感心するムソウ。

「ほう、しぶといですわね、リアン様。ですが、今の一撃で死に損なったことを後悔するが良いですわ!!」

 ムソウは右手に令嬢圧を収束させ放つ!

 先ほどの令嬢弾と越える必殺の破壊力を込めた超令嬢弾!直撃すればただでは済まない!

 だがリアンはその場を動かず、ただ剣を鞘に納め、構える!それは東洋の剣術で居合いと呼ばれている!


 そして令嬢弾が間合いに入るや否や……一閃!

「ヌゥ!?」

 抜き放たれた一撃は……令嬢弾を一切の痕跡を残さず霧散せしめた!

「フ―ッッ!」

 呼吸を整え、再び剣を鞘に収めるリアン。そして優雅に呟く。

「ムソウ……面白い名前ですわね。おめおめと逃げた先がこのような袋小路とは滑稽極まりますわ。ねえ、山賊大首領ゴラス」


「私の過去の名を……あなた何者!!?」

 かつて一つの地方を縦横無尽に暴れまわった山賊の男がいた。彼女の過去の話である。

 そしてある冒険者に討伐された。屈辱的な記憶である。


 だがリアンは応えない。

「貴女はここで死ぬ定め。知る必要もなし」

「戯言を!!私の繊細な心に触れて生きて帰られるとは思わない事ね!忌まわしい過去とともに葬って差し上げますわ!上位令嬢奥義オーバーフロイラインゲハイムニス超金剛轟圧撃スーパーアダマンプレッシャー』!!」

 再び突進するムソウ!先ほどの都市一区画を破壊せしめた威力をさらに超えた破壊力である!


 対するは、凪めいたリアン。微動だにしない!構えすら放棄している!?

 強大な破壊力に諦めてしまったのか!?

 先ほどの優雅な軽口はただの負け惜しみだったのか?

 だが、刮目してみてほしい!ムソウの突進がリアンの間合いに入る瞬間、放たれた目にも止まらぬ一閃により、ムソウの破壊力が霧散する!!

「こっこれは!?」

 令嬢圧が散り、残るは無防備な令嬢の体のみ。


 ――気功という身体強化技術がある。

 ――また世界に漂う魔法力(マナ)と呼ばれる力がある。

 ――更に古代の魔刀匠が生み出した魔剣という武器が存在する。

 読者諸氏もご存じの通りであろう。


 その道に通ずる者――いわゆる強者と呼ばれる者はそのうち2つの力を合わせ、強大な破壊力を発揮するのは、多くの観測が語る常識である。


 そして3つの力を合わせられる理外の者も存在する。

 それができる者は、いずれ伝承に語り継がれし英雄となると言われている。


 さらに、そこに第4の力たる令嬢圧を加えれば?

 当然!人智を超えた神話級の現象を生み出すは自明の理であろう!


 剣を再び鞘に収めるリアン。


 凪のように静かでありながら、目の前で湧き上がる死神のごとき令嬢圧!


 そのまま自分を見据える眼光に、ようやくムソウは思い至る!

 1万を超える手下を従えた山賊の大首領時代、己を唯一追い詰めた者の存在を!!

 屈辱の記憶の張本人、狼の牙のごとき魔剣で以って自分に恐怖を抱かせた存在を!!


「貴様!まさかS級冒険者『白銀狼フェンリルのリオン』!?なぜ貴様がここに!?」

「あの時、貴様を葬り去れず、おめおめと逃げられたことが、それなりに気がかりでしたが……それもここで終局ですわ!!貴方の令嬢ごっこはここで終わり!わが令嬢奥義、冥土の土産にとくと味わいなさいませ!」


ムソウは再び闘気を滾らす!

「なめるな!この私は、婚約破棄1回の令嬢ですわ!」


迫るムソウに、リアンは鋭い視線を返す!

「ムソウ様、私は、――婚約破棄3回の令嬢ですわ!」


 気功、魔力、魔剣、そして令嬢圧。4つの力が合わさり抜き放たれたそれはまさに神話に語られる物理現象を超越した万象を絶つ一閃!!




 神話の一撃はムソウの急ぎ収束させた令嬢圧を容易く切断!

「そ、そんな馬鹿な!?」

 その首を跳ね飛ばした!!


「ごめんあそばせ!」

 ムソウは断末魔の叫びとともに爆発四散!!


 爆発の煙が晴れる。残心を終え、戦闘状態を解除するリアン。

 ムソウの爆発四散痕に光り輝く何かが残る。それは令嬢宝玉オーブと呼ばれるアーティファクトである。

 リアンは、優雅に令嬢宝玉を懐に収めると、静かにその場を去った。



 世に謳われし伝説のS級冒険者『白銀狼のリオン』が、何故リアンと名乗り令嬢の格好をしているのか?

 彼(彼女?)がどんな目的で動いているのか?

 読者諸氏は当然疑問のことと思う。

 いずれその理由が語られる時が来る。だからしばし待っていて欲しい。



 しばらく官憲令嬢たちが優雅に現場に到着した。

「これは一体!?」

 全ては終わっていた。彼女たちの疑問に答える者がいるはずもなし。

 彼女たちは、ただこの大きな都市の片隅で起きた大規模破壊の痕跡に困惑するのみであった。





 続く。

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