『ロッカー』 ショート ショート
藍香【主に SF ファンタジー小説】
第1話
ーーーそうはさせないーーー
【まえがき】
科学の進歩は恐い一面を持っている。
しかしもっと恐いのは人間だ。
★★★★★★★★★★★★★★★★
相変わらずの人混み………
新宿アルタ前は、待ち合わせの片割れでごった返している。
この人達の連れが同時に現れたらと考えると、息が詰まりそうだ。
と言いながら今は私もその片割れの一人だ。
集団から少し離れた信号の手前で彼を待つ。
アルタの大テレビで約束時間の18時を知らせると同時に、彼の冷たい手が私の肩に乗せられた。
「よう! 待った?」
「あぁ~ビビった~!
3分くらい前来たばっか!」
「そっか、取り敢えず飯でも食う?」
「そうだね。
呑めて食べれるとこがいいな」
「じゃ、いつものとこに行く?」
「うん、そうだね」
私達は靖国通りにある教会をイメージした設えのセイントカフェに向かった。
「何か買い物あるって言ってなかった?」
彼は私と会う前に買い物を済ませておくと言っていたのだが手ぶらだった。
「うん、もう予定の物は全部買えた。
ロッカーに預けてある」
「そうなんだぁ………コインロッカー?」
「いや、俺自分専用のロッカー持ってんだ」
「ふ~ん………」
彼と私は学生時代のバイトで知り合ってから3年の付き合いになる。
大学卒業後彼は、IT関連の会社にプログラマー志望で就職し、私は書籍販売のバイトをそのまま続けているフリーターだ。
二人共新宿勤務なので、待ち合わせはベタなアルタ前が多い。
セイントカフェにも2か月に一度は行く常連だ。
天井が高く広い空間に、教会を思わせるイコンをイメージした装飾があちこちに施されたお洒落なカフェだ。
男の子が女の子を落としたい時連れて行くのに持ってこいだと言いながら、彼は私との初デートにそこを選んだ。
私も可也気に入って、他の女友達ともよく使う常連客となった。
設えは教会なのに何故か生演奏のような迫力あるボサノヴァをBGMに取り敢えずグラスワインで乾杯した。
いつも通りちょこちょこ一皿づつ料理をオーダーし、それをオツマミ兼夕食にしたが、そのうちグラスワインではもの足りなくなり、白ワインをボトルでオーダーした。
今日は私の給料日でもあった。
何だかとても呑める日だ。
と言うより呑みたい日だ。
理由は分かっている。
付き合って3年目にして、彼の様子が微妙に変わり始めていることが気になっているのだ。
私は将来的には彼との結婚も視野に入れていたが、最近の彼は私と居ても何か落ち着きが無いし、どうも心此処に有らずな感じなのだ。
当然そんな彼を前にしては私自身も落ち着かないし間が持たない。
自然 話もスレ違い、アルコールの力を借りなければ居心地が悪い。
私は少し酔っぱらってトイレに立った。
途中、雨でずぶ濡れの新客とスレ違う。
・・・あぁ~、傘持って来てないや・・・
と思いながら用を足して席に戻ると、私と彼の椅子の背中に傘が一本づつ提げてある。
「あれ?傘持ってたっけ?」
「うん、まぁね」
「えぇ~?何も持って無かったじゃん!
手ぶらだったよぅ」
「ん~、だからロッカーに預けてあったんだって!」
「預けてって、私がトイレ行ってる間にロッカーまで行ってたなんて言うつもりじゃ無いよね」
「まぁ、そういうこと」
「私が酔っぱらってるからってバカにしてる?」
「バカになんかしてねぇよ。
これだよこれ!」
彼は名刺大の小さいモバイルのようなものをポケットから取り出してヒラヒラしてみせたが、何だか意味不明なので面倒くさくなり、その場はそれきりになった。
翌日私は、バイトの帰り彼のマンションに寄ってみた。
何か感じるものがあって、全て明らかにしたい衝動に駆られたのだ。
彼は既に帰宅しており、入浴しようとしていたらしく上半身裸だった。
取り敢えず私は、買ってきたバーガーとフライドポテトをつまみながら、彼が入浴を済ませるのを待った。
久しぶりに入った彼の部屋だったが、何か落ち着かない。
やけに片付いている。
テーブルの上に見覚えのある物が置いてあった。
昨夜彼がヒラヒラさせていたモバイルのような物だった。
私は何気無くそれを覗いてみた。
片側が液晶画面で、もう片方にキーボードが並んでいる。
やはりモバイルのようだ。
しかしキーボードの記号は、数字と、YES NO、OUT 、保存 末消のみ。
・・・ゲーム?………リモコン?・・・
と思いながらOUTのボタンに触れてみた。
液晶画面がグラデーションを作りながら明るいブルーに変わり、『パスワードをどうぞ』という文章が表れた。
適当に彼がPCのパスワードに使っていた6文字を入力してみると、呆気なく当たって次の画面に移った。
『登録番号を入力してください』と表示された。
すかさず私の好きな数字7を入力。
すると
『御希望の品はこれですか?』
という文章と共に見覚えのある白い箪笥の画像が表れた。
私は思わずYESのボタンに触れた。
と、突然私のすぐ脇の壁沿いに、画像に出た白い箪笥の実物が表れたのだ。
「えっ? えっ? 何? 何?」
驚いた私は、一瞬のけ
中に入っている物も調べた。
以前は此処にこうして有った箪笥。
中に入っている下着やTシャツも元のままだ。
私は恐くなってモバイルの画面に視線を戻した。
画面はピンク色に変わっており、
『異次元空間ロッカーを御利用いただき有難うございました』
と表示された。
「異次元空間?
えぇ~~~~~~~~~~~?!」
浴室の方でコトリと音がした。
私は慌ててINのボタンを押した。
画面がグリーンのグラデーションで揺れ、
『裏側のランプをお預かり品に当ててください』
と表示された。
裏側を見ると、中央に小さなポッチが有り虹色に点滅している。
試しにそのポッチを箪笥の角に当ててみた。
すると箪笥は少しづつ立体感を失っていき、まるでPCの画面が終了するように消えていった。
私は緊張と恐怖でガタガタ震えた。
箪笥が有った部分を探ると、何も無い空間に戻っている。
液晶画面には箪笥が映し出されており、右下に『保存or抹消?』の表示があったので保存のボタンを押すと
『No.7で再度お預かりします。御利用ありがとうございます』
と出た。
見てはいけないものを見てしまった気がして私は慌ててモバイルを元に戻し、そ知らぬふりでポテトを食べ続けたが手の震えはなかなか治まらなかった。
先日の傘の件も、買い物をした筈なのに彼が手ぶらだったことも、これで理解できたが、私から彼に率直な話をすることは出来なかった。
彼の最近の落ち着きの無さが私の不安をかき立てていて、その不安がこの【ロッカーの鍵】から生まれているのだという漠然とした、しかし本能的にそれが確かであることを感じとっていたからだ。
それでも怖いもの見たさも手伝って彼の様子を見続けたい欲求に駆られ、それからも彼とは付き合い続けた。
その後会う度に彼が私に鍵を向けるチャンスを狙っている気配を感じた。
私は自分の身を守る為に彼から離れなければばならないと思いながら、このままにしていては私以外の犠牲者が増えることを考えると、身動き出来ずに居た。
暫くして、彼が他の女の子と付き合っていることが感じられるようになった。
証拠は何も無かったが、女の感でそれは確信された。
それも複数の女の子と………
彼への気持ちは既に冷めていたが、不器用な彼がどんな風に複数の女の子を出し抜いているのか探るために彼の彼女という立場をキープし続けた。
ある日彼が私の部屋へ遊びに来た。
他愛ない話をしているうち、私は睡魔に襲われソファに寄りかかったままうたた寝してしまった。
何か得体の知れない不安を感じて不意に目を覚ました。
すると、【ロッカーの鍵】の小さなポッチが点滅しながら私の目の前に迫ってきていた。
その後ろで【ロッカーの鍵】を持った彼が、異様にギラついた狂気の目を見開いてじっと私を睨んでいた。
私が目を覚ましたことに気づいた彼は、慌てて鍵を持っていた手を引っ込め、もう片方の手で自分が脱いだジャンパーを取りながら
「冷えると悪いから掛けてあげようと思って」などと上ずった声で言い訳した。
内心私は恐怖に
その日は、具合が悪いからと言って彼にすぐ帰ってもらった。
ある雨の夜………二人は相合傘で
彼は傘を私にさし掛けながら、もう片方の手で私の肩を抱く姿勢をとろうとしている。
しかしその手に握られた【ロッカーの鍵】のポッチが点滅していることを私は知っていた。
それに気づかぬふりを装いながら、彼の手を鍵ごとそっと移動して素早く鍵を奪い取り彼の頬に押し当てた。
彼は驚いた表情のまま消えていく。
【鍵】の液晶画面に恐怖に満ちた驚きの顔で立ち竦む彼の全身像が映し出され、右下にには保存or抹消の文字が並んだ。
私は躊躇無く『抹消』のボタンを押した。
完
私の呟きとイラスト↓
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