第9話 鍵の在り処

 夜が訪れると、学校は完全に闇に包まれた。


 昼間の喧騒は影も形もなく消え去り、静寂が辺り一面を支配していた。校舎の窓ガラスは、まるで黒い鏡のように外の闇を映し出し、ほんのわずかに吹く夜風の音すら、異様に大きく響いていた。


 その静寂の中で、翼と美咲は再び学校に忍び込むことを決意していた。だが、今度の目的は学校ではない。


 屋上の鍵。


 それがなければ、真実に辿り着くことはできない。しかし、その鍵は失踪した佐伯が持っていた。佐伯がどこに消えたのかはわからないが、彼の家に何か手がかりがあるはずだと二人は考えた。



 佐伯の家は、学校から少し離れた静かな住宅街にあった。


 夜の街は異様なほど静まり返っていた。街灯の冷たい光が舗装された道を照らし、その影は不自然なまでに長く伸びていた。家々の窓から漏れる明かりはなく、まるで町全体が眠りについているかのようだった。


 二人は静かに歩を進め、ついに佐伯の家の前に立った。


 家は一軒家で、外観は普通の住宅と変わらないはずだった。しかし、どこか人の気配が完全に消え去っているような異様な空気が漂っていた。まるで家そのものが、何かを隠しているかのようだった。


「…大丈夫?」


 美咲が小さな声で翼に尋ねた。彼女の目には不安が浮かんでいたが、それ以上に強い決意が宿っていた。彼女もまた、ここで引き返せないことを理解していた。


 翼は無言で頷き、家の裏手に回った。


 玄関はしっかりと施錠されていたが、裏口の窓がわずかに開いているのを見つけた。二人は目を合わせ、一瞬ためらったが、静かにその隙間から侵入した。


 家の中は暗闇に包まれていた。懐中電灯の光を頼りに進むと、空気が異様に冷たく、埃っぽい匂いが鼻をついた。まるで、ここがもうしばらく人の手が入っていないかのようだった。



 廊下を進む二人の足音が、床のきしむ音とともに異様に響く。壁には家族写真らしきものがかかっていたが、光を当てるとその写真は全て顔が切り取られていた。どの写真にも、佐伯の顔だけが不自然に欠けていた。


 二人はさらに進み、ついに佐伯の部屋の扉の前に立った。


 扉は半開きになっており、中からは微かな埃の匂いが漂ってきた。


 翼は深呼吸をし、ゆっくりと扉を押し開けた。



 部屋の中は意外にも整然としていた。


 ベッドはきちんと整えられており、机の上には数冊の本と、一冊の黒いノートが置かれていた。壁には何も貼られておらず、家具も最小限。だが、その完璧な秩序がかえって不気味さを際立たせていた。


 「これ…」


 翼は机の上に置かれたノートに目を留めた。そのノートだけが、部屋の中で異様に存在感を放っていた。


 翼は慎重にノートを手に取り、ページをめくった。


 ノートの中には、屋上の事件についての詳細なメモがびっしりと書き込まれていた。佐伯は何かを執拗に調べていたらしく、そこには頻繁に


 「翼」

 「悠真」

 「莉子」


 という名前が記されていた。


 文字はところどころ乱れており、ページの端にはインクの滲みや、何かを消そうとした痕跡が残っていた。


 「これって…佐伯、俺たちのこと調べてたのか?」


 翼は驚きながらもページをめくり続けた。佐伯の失踪と、このノートの内容が明らかに繋がっていることを感じた。


 ノートの最後のページに差し掛かったとき、翼はページの間に何かが挟まっているのを見つけた。


 「これだ…!」


 翼は震える手でそれを取り出した。それは古びた鍵だった。屋上の鍵に違いない。その瞬間、翼の心臓は激しく鼓動し、全身に緊張が走った。


 しかし、鍵を手にした瞬間、部屋の窓が突然強風でバンッと閉まった。


 二人は驚いて振り返った。窓はしっかり閉められていたはずだった。だが、その音はあまりにも現実的で生々しい。


 翼と美咲は無意識に背中合わせになり、周囲を警戒した。だが、そこには誰の姿もなかった。


 静寂が再び二人を包み込む。しかし、その静けさはもう、ただの沈黙ではなかった。何かが、確実に二人を見ている――そんな感覚が肌を刺した。


「…早くここを出よう。」


 美咲の声は低く震えていた。翼も同じ気持ちだった。ここに長居するべきではないと、本能が警鐘を鳴らしていた。


 翼は鍵をしっかりと握りしめ、深呼吸をした。


 真実はもうすぐそこまで来ている――。

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