同じ図書委員の先輩は小さくて可愛い。

えありある

第1話

 人間というのは気に入らない奴が居れば、そいつを極力避けるか、意味もなくいじめ倒すだろう。私はそう思っている。

 現に私はクラスでは、浮いていていじめられはしないが、みんなに避けられる様な人間だ。


 理由はきっと、この誰にでも冷たい目と性格だろう。これを直せば友達の数人くらいできると思う。でも私はそれをしない。


 別に友達を欲しいと思っていないからだ。関わる相手は必要最低限でいい。


 でも、そんな私でも気になってしまった。

 高校一年生になって初めての委員会活動で、それを見つけた。

 小さくて前髪は目が隠れる程に長い彼女は、特別美人とかそういう訳ではないけれど、私の目を引く。

 小さな手で背伸びをしながら、本棚の上の方に手を仰いでいる姿は小動物みたいで可愛らしいと思う。


「んーっ!」


 この弱弱しい声でさえ愛おしく感じさせてしまう、この子は少し小悪魔的だと思う。


「ここでいいの?」


 気づいた時には私はその小動物のもとに駆け寄っていた。彼女の本を取って、ここでいいのかと尋ねると、コクッと頷く。


「あ、ありがとう……」

「……いえ」


 彼女は恐らく口下手だ。まあ私の方も極力、人との関りを持たないようにしているから言えたことじゃない。

 なぜ人間との関りを避ける私がこの目の前の小動物のことを気にかけてしまったのだろうか。確実にこれだという答えが出なくて、自分に困ってしまう。


「あの、図書委員ですか……?」


 もじもじと体を動かしながら、その小動物は聞いてきた。


「……うん」


 いつもみたいに冷たく言ってしまう。彼女はそのまま、もじもじとした動きを続け、


「わ、わたし、二年の野木のぎつむぎです。あなたと同じ図書委員です……」


 え?

 私の頭に真っ先に浮かんだのは疑問。

 二年って……こんな小動物みたいな人が先輩!?

 正直自分より年下に見える。同級生にすら見えないのに、先輩だなんて……



 衝撃と動揺で呆気に取られてしまうがすぐに現実に戻ってくると、私も挨拶をする。


「初めまして。私は一年の花守はなもり今宵こよいです」


 彼女も私みたく驚いた表情をする。


「あ、あの……何か……?」


 そんな彼女の視線に気になり質問する。


「あ、いえいえ。大きいから先輩の方なのかな、と」


 大きいって……私の身長百六十センチくらいだぞ。

 平均くらいだろう……。ていうか、この人が小さすぎるんだ。多分百五十センチくらいだろうか。


「あの、図書委員って野木さん一人なんですか?」


 図書室を見る限りでは彼女しかいない。


「ううん、もちろん他にも図書委員の子はいるよ。日によって当番が違うの。いつも二人体制でやってて……」


 彼女の声がだんだんと小さくなっていく。たぶん、これ以上は聞かない方がいいのだろう。

 きっと何か理由があって、一人になってしまったんだろう。私みたいに……


「わたしって何やれば、いいですか?」


 話題を変えるために私は図書委員の仕事内容を確認した。最初は人見知りの人なのかと思ったけど、会話するうちにだんだん慣れてきたのだろうか、おどおどした感じはなくなっていた。

 私も幼馴染意外とこんなに会話するのは久しぶりだった。


「……図書委員の仕事はこんな感じです」


 後輩である私にも野木さんは変わらずに敬語でそう言った。敬語は多分彼女の癖、みたいなものなのだろうか。

 私は説明された仕事内容を頭の中に叩き込み、さっそく作業を開始した。

 野木さんの方は、ここは任せたとカウンターの方へ行き、そこで作業を始めた。


 中学の頃も本をよく読む人間ではなかったので、しっかりと本に向き合うのはおそらく初めてだ。文学、歴史、エッセイ、ジャンルはさまざまだ。

 そんなたくさんの本の中から一つ、見たことのある名前の本を見つけた。


 その本を手に取ると表紙にも見覚えがある。

 小学生くらいだっただろうか、病気で亡くなってしまった母がよくこの本を読んでいたことを思い出す。小さい頃から本にあまり興味を示さなかった私には何が楽しくて本なんて……と思ったりもしていた。

 

 どうせ図書委員になったのだからこの一冊だけでも読んで見ようか。

 その本を手に取り、野木さんのいるカウンターへ向かおうとしたが途中でやめた。仕事中に本を借りるのはあまりよくないと思ったからだ。

 私は本を元の場所へ戻すと、心の中でこの本が下校までに残っていますようにと祈った。本がすごく読みたいわけではない。でも、どうせ読むのなら母が読んでいたものがいい。そう思っただけ。


 図書委員の仕事を再開してからの時間はあっという間に流れていき、気づけば下校時刻となっていた。

 

「お疲れ様です」


 カウンターの方に居る野木さんにそう言う。

 野木さんは笑顔で「お疲れ様です」と返してくれた。前髪で隠れている目がちらりと見える。宝石のようにとても綺麗な瞳だった。


 一瞬その瞳に吸い込まれそうな感覚が私を襲った。でもすぐに意識を現実に引き戻し、帰りの支度を始める。


 カウンターの方に置いていた鞄を取って、さっき借りようとしていた本を取りに行く。幸いにもその本はまだ残っていて、私はそれを取り野木さんのいるカウンターへと再び戻る。


「あの、これ借りてもいいですか?」


 野木さんの前に本を出す。


「あ、うん。大丈夫だよ」


 野木さんはカウンターに置いてある貸出ようの紙を取り出すと、私に渡してくれた。貸出日や書名などを書いてから、お願いしますと野木さんに渡す。


「花守さんも本とか結構好きなんですか?」

「いえ、普段は読まないんですけど、図書委員になったのでせっかくならと……」


 私は正直に答える。ここで嘘を吐いても特に意味はない。


「そうなんですね! 私結構本読むんです! もし何かお探しでしたらなんでも聞いてくださいね!」


 野木さんは結構な早口で私にそう言ってきた。ほんとにあのおどおどしていた小動物なのか、と疑ってしまう。

 私が少し後退りをしたのを見て、野木さんのさっきの勢いが一気になくなる。


「ご、ごめんなさい。急にこんなこと言われてもキモイですよね……」


 別にキモイから後退りをしたわけではない。少し勢いにびっくりしてしまっただけだ。

 

「違います、キモイだなんて思ってませんよ。少しびっくりしただけです」


 しゅんと、小さくなってしまった野木さんにそう言うと、顔を上げた。


「本当ですか……?」


 上目遣いの瞳がとても不意打ちで、ドキッとしてしまう。

 私は口は開かずに頭を上下に大きく揺らして、応えた。


「私、友達全然いなくて、今日花守さんとたくさんお喋りできたから……つい……」


 涙目でそんなことを言う彼女は捨てられてしまった子犬のようだった。つい頭を撫でてしまいたくなる。


「ほんとに、全然キモイなんて思ってませんよ。むしろ私も友達が少ない人間なので、楽しかったです」


 楽しい? 私は自分の言葉に疑問を浮かべる。でも私の心の方は疑問を浮かべるまでもなく本当に楽しいと、そう感じていた。

 人間との関りを避けてきた私にとって、これはとても久しぶりの感覚だ。

 彼女と……野木さんと友達になりたいなと思っている。


「そう言っていただけると、私も嬉しいです。ありがとうございます」


 彼女はそう言うと、目尻に溜めた涙を拭きとった。


「では、帰りましょうか」


 私はそう言って、本を鞄にしまってから、野木さんの準備を待った。


 生徒玄関までは一緒に行き、そこからは「また明日」と別れて、自分の家に帰宅する。


 玄関のドアを開けて、リビングに入るが誰の姿もなかった。私はいつも通り一人寂しく「ただいま」と言う。返してくれる声はないが、それでもただいまという言葉は言うようにしている。特に意味はないけれど。


 リビングに入りソファに鞄を置くと、さっそくキッチンに立った。

 夕飯の支度だ。

 父が帰ってくるのは基本、夜なので私がご飯の支度をする。


 冷蔵庫の中を確認すると、あまりにもすっからかんだった。

 こんなので一体何を作れというのだ。まあ、材料を買い忘れた私が悪いのだけれど。

 私は冷蔵庫に数個残っていた卵でチャーハンでも作ることにした。


「…………」


 すぐに完成されたチャーハンは、見た目がとても味気なくとてもチャーハンとは言えない出来だった。卵とご飯を炒めて調味料で味付けしただけのもの。


 味は以外にもチャーハンと同じの味で、お腹は満足だった。


 時計を確認すると七時半になっている。そろそろ父が帰ってくる時間だ。

 そう思っていると、玄関のドアがガチャリと開いた。


「おかえり」


 リビングから玄関の方に顔を出して一言。


「ただいま」

「ご飯、テーブルに置いてあるからチンして食べてね」

「ああ、わかった。ありがとう」


 特に弾む会話もなく、父との会話は終了した。いつもこんな感じだ。要件があれば短くまとめて伝える。別に父のことが嫌いなわけではない。でも大体の女子高生というのはこんな感じだと思う。


 私はお風呂に入ってから、やっと一日が終了したと自分の部屋のベッドへ飛び込んだ。


 今日は疲れた。

 私は今日一日の出来事を振り返る。久しぶりにちゃんとした会話をした気がする。疲れたけど嫌ではなかった。いや、むしろ楽しかった。


 野木さん。私の今日一日は彼女で埋め尽くされる。


「明日も会えるかな……」


 ぼそっとそう呟いてから、一気に眠気が私に襲い掛かってきた。慣れないことをした、代償だろうか。でも野木さんとこれからもあんな風にお喋り出来たらいずれ慣れてくるのかな。


 瞼を閉じるとそこからは一瞬で、気づけば眠りについていた。

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