第32話 倍プッシュだ……!

「――とおりゃあああ!」

「させるかよっ!」

「くっ……! なかなかやるわね!」

「そっちこそな!」

「でもこれで決めるわ! 私の必殺技フォアスマッシュを食らいなさい!」

「――ここでスマッシュが来ることくらい、読めているんだよっ!」


 凛々亜がフォアハンドで勢いよく弾いた球は、ワンバウンドして俺の顔面に飛んでくる。

 しかしこれは読み通り。

 素人のスマッシュなど所詮は勢いだけ。適切なコースに適切な角度でラケットを置けば、当てるだけで返球できる。


「なっ……! 私のスマッシュをいとも簡単にっ!?」


 俺が当て返した球は、これまたワンバウンドして凛々亜の届かないところに飛んでいった。

 これでこのゲームも俺のもの。余裕だな。


 凛々亜ごとき敵ではない。

 陰キャラは卓球が強いと相場が決まっているんだ。

 

「……って、本当に運動するんかーい!」

「そりゃ、あれだけ食べたら運動しないとやばいでしょ」


 マシマシなラーメンをなんとか平らげた俺と凛々亜が向かったのは、『ファウンドワン』という屋内型レジャー施設。

 ボウリング、ダーツ、バッティングマシーン、ローラースケートなど、いろいろなアミューズメントがある。


 その中でも何故か俺達は卓球をチョイスして、今の今まで熱中していたということだ。

 まあ、俺は経験者だったからちょうどいいと思っただけなんだけど、まさか凛々亜もノリノリで食いついてくるとは。


 卓球は陰キャラの嗜みなのに、なんで一軍女子の凛々亜がそこそこ上手いのかは謎である。

 きっと根本的に運動神経が良いんだろう。元の世界でも陽キャラって足が速かったりしたし、多分そうだ。


「それにしても平川くん、卓球強いね。中学の時やってたの?」

「ああ、卓球部だったよ。全然強くなかったけど」

「それだけ動けて強くないってどんな卓球部なのよ本当に……」

「全国大会レベルが何人かいたからなあ。それで鍛えられたのかも」

「高校でも続ければよかったのに。もったいなくない?」

「別に。卓球やっててもモテないし、いいかなって」

「へえ、平川くんもモテたいって考えるんだ」

「あっ、いや、そういうことじゃなくて……」


 少し口が滑った。いや、だいぶ滑った。

 

 まずは卓球をやってもモテないということについて全国の卓球部員に謝ろう。

 モテるかどうかは人による……だが、大半はモテない。テニス部のほうがモテる。それが正解だ。


 あと、元の世界の気分で喋ってしまった。

 この世界の男子が「モテたい」なんて口に出すの、普通に考えたら引かれるだろうし。

 ガツガツせずに控えめでちょっと奥ゆかしいくらいが、俺のイメージとしてちょうどいいんだよ。


「というか、これで俺が三ゲーム取ったわけだけど、まだやるの?」

「もちろんよ。一ゲームくらい取らないと気がすまないわ」

「はいはい、どうせ次も俺が勝つし」

「いーや、今度こそ私が勝つもんね」

「ほほう、じゃあ外ヶ浜さんが勝ったらなんか言うことを聞いてやるよ」

「おっ、強く出たわね。その言葉、後悔するわよ?」

「問題ないね。そのかわりまた外ヶ浜さんが負けたら、わかってるよね?」

「望むところよ。私が負けたら平川くんの言うことをなんでも聞くわ」

「本当に? 今なんでも言うことを聞くって言ったよね?」

「ええ、女に二言はないわ」


 その慣用句も男女逆転するんだなと思いながら、俺はピンポン玉を手に取った。


 凛々亜の凄いところはフィジカル面だけだ。技術はまだまだなので、ねちっこくカットして粘れば必ずボロが出る。

 

 ねちねち粘っこいせいで中学の時のあだ名が『首相』だった俺をあんまり舐めるなよ? 


 

「――はい、このゲームも俺の勝ちー」


 裏切りの展開など起こる兆しすら見えないまま、俺はあっさり凛々亜に勝利した。

 

「納得いかないわ!」

「そうは言ってもスコアは十一対六で俺の勝ちだしなあ」

「……このまま引き下がったら女が廃るわ! 倍プッシュよ!」


 凛々亜は煮え切らない様子。どうしても勝ちたいらしい。


 なんだかざわざわしてきたな?

 俺、このパターン知ってるわ。ギャンブルに大負けする人のやつだ。


「倍プッシュって……何を賭けるのさ?」

「さっき負けたから私は平川くんの言う事を一つ聞かなきゃいけないことになったでしょ?」

「ああ、そうだね」

「だから今回は『言うことを聞く権利』を二回分賭けるわ」

「……なるほど?」


 倍プッシュってそういうことか。

 

 ギャンブル用語で倍賭けマーチンゲール法と呼ばれる法則だ。

 賭け額を試行回数ごとに倍にしていくと絶対に負けないというもの。

 特に二分の一の勝率があるならばめちゃくちゃ有効な手段である。


 だがこれは卓球。ここまで一勝もしていない凛々亜に勝算があるだろうか?


 いや、ない。(反語)


 だからこのまま倍プッシュさせておいて俺が勝てば、『言うことを聞く権利』はさっきの勝ち分と合わせて三回分となる。


 凛々亜に三回言うことを聞いてもらえるのか。なにをしてもらおうかな?

 一気に三回使う必要も無いだろうからな。勝ってからゆっくり考えるか。


「それじゃあいくわよ。今度は私のサーブからね」

「はいはい。どっちのサーブから始めても変わらないって」

「くっ……見てなさいよ!」


 凛々亜はピンポン玉を投げ上げてラケットで小突く。意表をついた弱めのサーブだ。


 その球は凛々亜の自陣でワンバウンドして俺の方に向かってくる……と、思ったのだが、ネットに当たってしまった。


「あちゃー、ネットにかすっちゃった。打ち直し打ち直し」

「あの……外ヶ浜さん? それ打ち直しじゃないよ?」

「えっ? サーブのときにネットに当たったら打ち直しじゃないの?」

「大体はそうだけど、いま外ヶ浜さんが打った球はネットに当たって自陣に落ちたでしょ? その場合は相手プレイヤーの得点になるよ」

「……まじ?」

「まじ。ルールブックちゃんと読んで」


 凛々亜はショックを隠せなかったようで、その後立て続けに失点。


 結局、俺は『凛々亜に言うことを聞いてもらう権利』を、三回分手に入れたのだった。


 どうしよっかなー、何に使おうかなー。

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