第7話「行き場のない想い」

 遥が怜の前から姿を消した。

それは突然の出来事だった。

彼女の家の、彼女の部屋にも、温かな灯りはもうなかった。


 一週間前。深夜の駐車場。

ひどい雨の夜だった。

道を挟んだむこう側で、遥が怜を近づくのを拒絶していた。

 どんな時も、怜を受け容れてくれた遥が、初めて怜の全てを拒絶した。

 怜はどうして良いのかわからず、ただ立ち尽くす迷い子のようだった。


 「なんで? ずっと一緒に居ると言ったのに⋯⋯」

 哀願するような怜の言葉に、遥の表情は苦痛に歪んだ。

 「怜、⋯⋯こっちに来ないで!」

 近づこうとする怜に、遥は精一杯の言葉で拒絶する。


 「なんで? わからないよ。

  俺はただ一緒にいたいだけなのに。

  何がだめなんだ? 教えてくれよ」

 「⋯⋯ 駄目なのよ。今のままじゃ。

  貴方は、私じゃ駄目なの!!」

 「そんな事ないって! 頑張るから。

  僕は君を守りたいんだ!」

 「だから!! それじゃ駄目なのよ」

 「わからないよ。どうすれば良いんだよ⋯⋯」

 「怜、私の言う事を聞いて。お願い。

  それが私があなたに出来る最後のことなの」

 「わからないよ。なんでだよ。一緒にいたい!

  一緒に居るって言ったじゃん!」

 「もう、⋯⋯許して、怜。苦しいの。

  そういう貴方が、苦しいの、私は⋯⋯」

 「遥、⋯⋯何でだよ」


 理由を話さぬまま、その場を去ろうとする遥を黙って見送る事が、怜にできる精一杯のことだった。


 「怜、わかって。私はもう貴方とはいられないの。

 こっちに来られたら、もう自分を保てない。

 抱きしめたいという気持ちを、押さえることができない⋯⋯

 怜が私の名前を呼ぶたびに、痛くて、苦しくて、せつなくて⋯⋯

 私といたら、貴方はこの先には行けない⋯⋯」



 遥を失ったその日から、怜の心は暗闇の中にいる。

 遥はたしかに、怜にとって陽光だったことを実感する日々だ。

 怜は、それまで恋愛なんかで涙を流すことなどないと思って生きてきた。

 遥と別れるあの日までは。

 しかし、今、仕事をしていても、オートバイに乗っていても、気持ちはもう揺らいでいないはずなのに、知らないうちに涙が怜の頬をつたっていた。

 怜の意志とは関係なく、封印している感情が、心が泣いていることを怜に知らせようとした。


 「俺は君を傷つけていることに、気づけなかったのかな?

 今も、俺は君を傷つけているのかな?」

 苦しさの理由を考えるほど、遥はもっと苦しいのだと考えてしまう。怜の胸はさらに締めつけられた。

 「俺は、どうしたら良かったんだろう⋯⋯

  遥。

  俺は何処へ行けばいいのかな⋯⋯」


 怜は生まれて初めて、人を想う涙を流した。


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