コメント失礼いたします。
興味深いです。哲学の話も好きですが、なかなか理解が追いつきません。
先日「仏教は科学なのか」という本の書評を新聞で読み、全く意味が分からない!仏教やばい(笑)と感心しました。
葬儀は亡くなった人のためではなく残された人がその後も生きていくためにするものらしいです。そう田舎のお坊さんが話していました。
作者からの返信
コメントありがとうございます<(_ _)>
仏教は科学か、これは大変難しい問題です。問題に対して、観察と実践で答えを調べる過程は、科学そのまんまですが、第三者に証明する必要があるのかないのか、違いがあるとしたらやはりここではないでしょうか。
葬儀は原始仏教にはありませんが、日本人の感性としては、私も必要なのではないかと思います。
丁寧に読んでくださって嬉しいです。
編集済
個人的に尊敬(もちろん崇拝するではなく尊敬)する歴史上の偉人が『哲学者としての釈迦』になります。
私の疑問の、たいがいの部分に答えを出してくれていて自力であの考えにたどり着いたのは見事としか言いようがないです。
ただ、結局は王家の息子で恵まれた環境があったからこその業績かと思うと、生まれたところの環境に恵まれただけかなと思ったりもします。
普通に現代の親ガチャに外れた環境に生まれていては同じ業績は残せていないはずです。
半面キリストはたかだか大工の息子に生まれて、かなり過酷な環境で(嘘か本当か分かりません、弟子たちの脚色はあったにせよ)業績を残しているので、より自身の人生に戦闘者だったのはキリストであると考えています。
現代の親ガチャに外れた環境に生まれていても、キリストは当時と同じような活躍(愛を解いたり、病人を奇跡で癒したり、悪魔祓いをしたり)が出来ると思います。
根源的な知性としては釈迦ですが、何かと戦い抜いた人生という意味ではキリストに憧れますね。
どっちも好きです。
作者からの返信
コメントありがとうございます<(_ _)>
釈迦は確かに親ガチャに恵まれていましたね。様々な人に多様な言語で教えを説いたことも、それがなければできないことでした。尤も釈迦は布教には反対だったようですが。
確かにキリストは大変魅力のある人物ですね。最期は酷い殺され方をしましたが、様々な人に教えを説いているのは凄いとしか言いようがありません。その教養はどこから生まれてきたのでしょうか。
私もキリストについて調べたくなりました。刺激的なレビュー感謝します。