ep26 縋りついた名は

 結論から言うと、

 ヴィルゴ(+俺) vs 襲撃者5人

 は俺たちの圧勝だった。


 ヴィルゴがあっという間に3人を斬り捨て、逃亡を計ろうとした残り1人を俺が倒した。

 ……俺もちょっとは役に立ったことをここでアピールさせてくれ。




 すっかり日は暮れ、暗くなった執務室。

 ヴィルゴは床に転がる襲撃者たちの遺体の上に、ぽいと剣を投げ捨てた。


 長い溜め息をつき、調書まみれの机の端に腰掛ける。

「……忙しいというのに手間をかけさせる。遺体は後で衛兵に片づけさせよう」

 襲撃を受けたことよりも、そのことで自分の仕事の腰を折られたことにご立腹のようだ。


「この者たちは誰からの差金でしょうか」

 俺は襲撃者たちの覆面を外し、顔を確認しながらそう呟いた。

 顔立ちでわかる。シカーテ諸島出身の雇われ暗殺稼業の者達だ。


 ヴィルゴのことだ。彼らを雇って強襲をかけてきた相手に概ね見当はついているのだろう。

 しかしヴィルゴはすぐには答えず、黙って俺をじっと見つめた。


 ……何だろうか?

 俺は居心地の悪さに何となく視線を背ける。


 ヴィルゴは短く息を吐くと、俺をまっすぐ見据えてこう告げた。

「マルゴーン帝国の第七皇子だ」

 俺はその名を聞いて、確認していた手の動きを止めた。




 マルゴーン帝国の第七皇子。

 俺の予知で大陸を統治し得る存在。

 帝国の新たな皇帝となる者。


 俺がメルロロッティ嬢と手を取りたい相手。


 ヴィルゴにも当然、予知の共有で話していた。

 言葉にされないものの、俺は責められている気持ちになった。


 ——予知が導く未来が正しいとは限らない。

 ——多くの血が流れる道であればそれは悪だ。


 再び、そう言われた気がした。




「……何故、彼が閣下の命を狙うのですか」

 ヴィルゴを疑っているわけではない。だが聞かずにはいられなかった。


「彼が時期皇帝となることを、間接的に私が妨害しているからだ。

 どこまで嗅ぎつけているかは知らないが、何かしらの形でそのことを知り得たのだろう。まぁ……そろそろ来るだろうとは思っていた」

 ヴィルゴは少し疲れた顔でそう吐き捨てた。


「グレイ。信じる信じないをとやかく言うつもりない。だが、これが事実だ」


 その言葉を最後に、執務室は沈黙に包まれた。


 ヴィルゴはおし黙った俺にこれ以上は言及せず、腰掛けていた机から離れようとする。

 が、ヴィルゴはその場で崩れ、膝をついた。


 俺は驚いて、ヴィルゴに駆け寄る。

「どこか怪我を?」


「……いや、違う。例の、っ……アレだ……」

 顔を歪めそう俺に呟くヴィルゴ。

 冷や汗をかき、目の焦点があっていない。


 俺はヴィルゴのこの症状が何か知っている。

 以前、彼が自ら言っていた『脳が煮えるような感覚』それに陥っていた。




 その症状は、隣にいてすぐにわかった。


 彼の言う『脳が煮えるような感覚』は、おそらくヴィルゴの膨大な記憶力と思考に脳の処理が追いついてない、オーバーヒートのような状態なのだろう。


 この1ヶ月の間、既に数回それを俺は目の当たりにしていた。

 革新派閥の貴族達との会合後や、大きな判断を迫られた時、あらゆる情報を一気に頭に入れている時に、それは起こっていた。




 ヴィルゴは息を荒くし、俺の肩を強く掴んでいる。


 爪が食い込むほど強く掴まれるが、それは彼が自分の自我を手放すまいとしているように感じられた。

 俺はぐっと我慢し、静かに受け入れる。


 しばらくすると、ヴィルゴが大きく息を吐いた。


 肩で息をしていたが、呼吸が整ってくると「……大丈夫だ」と掠れた声で俺に言い、身体を離した。


 ——直後、すぐ後ろで小さな物音がする。


 俺がヴィルゴを護るように剣を構え振り返ると、そこにはゼクスが佇んでいた。




「遅い。何をしていた」

 ヴィルゴは開口一番、ゼクスを咎めた。


「名を辿って、襲撃してきた奴を特定してたんだ」


 ゼクスの転移は、人の名前を辿ることで目的地を指定し、飛ぶことができる。

 襲撃者から名を聞き出しつつ、転移を繰り返していたのだろう。


 それを聞いたヴィルゴは無事に決着がついたことに安堵したのか「そうか」とぐったりした顔で呟いた。


「……ひどい顔だなヴィルゴ、また例のアレか。命が削られてるぞ」

 ゼクスは怪訝な顔でヴィルゴを見つめている。

 その言葉を無視し、ヴィルゴはゼクスに確認した。


「第七皇子か」


「あぁ、手を下したのは捨て駒の雇われ集団だったが。そいつらを問い詰めたらすぐに雇い主の名前を出した」

 ゼクスも差金が誰なのか予測できていたようで、淡々と報告を続ける。


「標的はヴィルゴとエルマー。第七皇子が直接指示を出していたようだ。隠すつもりはなさそうだったな」


「ふん……余裕がなくなって焦っている証拠だ。持てる幸運に見放されたか、痛快だな」

 不敵にヴィルゴは笑いながら立ち上がると、椅子へと腰掛けた。


 俺は黙ったまま、ヴィルゴのために水の入ったグラスを準備した。




 第七皇子がヴィルゴとエルマーを殺そうとした。


 誰が味方で、誰が敵で。

 何が正しくて、何が間違っていて。


 これまで自分の足元にあった確かなものがガラガラと崩れていく感覚。


 俺はひどく混乱しながらも、平常心を保とうと己を律し、ヴィルゴにグラスを手渡す。

 ヴィルゴはそれを受け取りながら、机に置かれた書簡をゼクスに投げた。


「彼に届けてこい。今日の襲撃のことも伝えろ」

 ゼクスは受け取ると、黙って頷いた。


 その書簡を見て。

 俺は反射的に呟いてしまった。



「……それを届ける相手はヴァンなのか?」



 俺の言葉に、ヴィルゴとゼクスの両方が、こちらを見た。


 ——しまった。

 侍従として出過ぎた発言をした。


 ヴィルゴは立場を弁えない言動を好まない。

 よく知っていたのに、それでもヴァンの名前を出してしまった。

 まるで、彼に縋るように。


 俺は即座に自分の発した言葉に後悔するが、手遅れだった。


「……グレイ、何故その名を知っている」

 ヴィルゴは鋭い瞳で俺を見据え、低い声で尋ねた。

 俺がヴァンのことを知っていることに、少し驚いているようにも見えた。

 ……やはり書簡を渡す相手はヴァンだったのか。


「スノーヴィアへ帰領している時、偶然出会いました。それで、その……一夜を共にし、ました。少し話を聞いていたので、もしかしたらと」


 『一夜を』のくだりでヴィルゴが明らかに眉間に皺を寄せたのにも気づいた。


 あぁー絶対言わんでいいこと言った。

 余計な一言だった。

 動揺するとさらにポンコツになる俺。

 死にたい。


 あらゆる俺の後悔をよそに、ヴィルゴは不機嫌に顎髭を撫でながら、俺を咎めるように見つめている。




 いたたまれない沈黙が流れて、しばらく。

 眉間に皺を寄せたまま、ヴィルゴがぼそりと呟いた。


「気に食わんな」


 そして思わぬ提案をした。


「ゼクス。今すぐグレイを彼のもとに連れて行け」


 俺は驚いてヴィルゴを見る。


「は?連れて行くって転移で?今から?」

 ゼクスは面倒この上ないといった顔をしている。


「あぁ。グレイにとってもいい機会だろう。君の予知が導く第七皇子について、誰よりも知る者に直接聞いて来たらいい」

 俺の混乱を見透かすように、ヴィルゴは怪訝な顔のままそう言い捨てた。


 ヴァンが誰よりも第七皇子を知っている?

 立場ある者だとは思っていたが、どういう関係なんだ?


「……この時間は来るなと言われている」

 命令を拒もうとするゼクス。


「問題ない。行け」


「嫌がられるぞ」


「嫌がらせだ。スノーヴィアの従者と『特別な』繋がりがあったことを黙っていた。それも気に食わない」


 憮然と言い放つヴィルゴ。

 なんだか理由が子供じみておりませんか閣下……




「どうなってもオレのせいじゃないからな」

 溜め息まじりにそう言うと、ゼクスは点と線を結びはじめる。


 ゼクスはサンドレア王城ほどの範囲内での転移であれば、言葉を紡ぐだけで転移できる。

 だが距離がある場合、こうして点と線で転移陣のようなものを描く。


 俺はヴィルゴをちらと見るが、こちらを見向きもしない。

 ……多分、すごく怒っている。


 帰ってきたら、ちゃんと謝ろう……


 そんなことを心の中で呟きながら。

 俺とゼクスは転移陣に包まれ、執務室から消え去った。

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