ep19 仔馬曰く
バルツ聖国一行、滞在3日目。
エルメスタ女王とイージス、そして天馬騎士団が帰国する日となった。
スノーヴィア辺境伯城の城門前では帰還を控えた天馬たちとその騎士団が旅支度を進めている。
イージスは特使として、ポレロ辺境伯とメルロロッティ嬢に別れの挨拶をしていた。
表向きは婚約申し出の返事を待っていた3日間だ。
メルロロッティ嬢は正式に断りの書状をしたため、その書簡をイージスに手渡していた。
「イージスのために一肌脱いでくれたこと、感謝するよ」
護衛騎士の姿で兜を身につけたエルメスタ女王が俺にそう言った。
昨夜は俺の協力のもと、イージスの童貞卒業を行うことになった。
メルロロッティ嬢の許可も得て、辺境伯城で最も人の往来が少ない貴賓室の一室を借りた。
イージスは凄まじかった。
その筋肉隆々な体躯はもちろん素晴らしいの一言だし、初めてとは思えない腰の唸らせぶり。
凶悪とも言える太く逞しい一物もまた見事としか言いようのない絶倫状態で。
一番盛り上がったのは、イージスに目隠しをした時だ。
彼の目の前には、俺じゃない崇高な神獣様が映っていたようで「あぁ、何て淫らで穢らわしい行為を、私は……貴方に……!お赦しください……あぁっ!」とか言いながら、ゆるゆると引き抜いては最奥を力強く打ちつける行為を繰り返していた。
繰り返される快楽の波と背徳感で、俺もイージスもどうかなりそうだった。
ちなみに、イージスは途中から理性など吹っ飛んでいただろうに「中には出すなよ」という俺の言いつけだけは律儀に守っていた。
東の空が明るくなるまでイージスは何度も何度も、俺の腹の上に白濁をぶちまけ、俺も幾度となく果てた。
俺にとっても、大変満足な一夜となった。
「……ま、馬のかわりだったとはいえ私も良い思い出ができました。イージスは素晴らしい男でしたよ」
俺は飄々と返答する。
女王とはいえ彼女は今、あくまで護衛の天馬騎士だ。
あまり周囲に気取られないよう、軽めの態度で俺は答えた。
実は朝一番、俺とイージスはエルメスタ女王のもとに赴き、耳と尻尾をみせてもらった。
イージスの股間の隆起具合の確認だ。
——そこはまるで、凪いだ静かな海の如く
イージスは泣いて喜び、俺の灰色の髪を抱きしめ、ずっと感謝していた。
つまり、イージスの女王の傍に控える神官としての問題も無事解決したということだ。
「貴女は随分とお嬢様をお気に召されていた。本当に諦めて良いのですか?」
俺はエルメスタ女王に婚約の申し出のことを、改めて尋ねた。
「残念ながら、彼女の意志は変わらなそうだったからね。仕方ないさ」
女王陛下は引き際も美しく潔い。
「それにグレイ。もし私の肩を持ってくれるのならば、君の予知とやらで私を選んで欲しいものだね。
そうすれば間違いなく彼女は私のものになってくれただろうさ」
メルロロッティ嬢はエルメスタ女王に予知のことを話したのか。
婚姻は断ったが、彼女のことをかなり信頼しているようだ。
「……それは何と言うか、申し訳ありません」
俺は嘘で飾らず素直に謝る。
嘘はよくない。ヴァンに教わった。
「ふん、正直すぎる男は嫌われるぞ」
エルメスタ女王は笑いながらそう言った。
辺境伯らに挨拶を終えたイージスがこちらに戻って来ている。
エルメスタ女王はイージスに目を向けたまま、不意に俺に尋ねてきた。
「なぁグレイ。君の予知とやらに、バルツ聖国がスノーヴィア領に訪問し、親交を深めるような歴史の遷移はなかったんじゃないか?」
俺はその言葉に息を呑み、エルメスタ女王の顔を見た。
「私の仔馬がね、言っていたんだ。……この場所を起点に、歴史が歪曲していると」
仔馬。バルツ聖国の神獣のことだろう。
エルメスタ女王の目線はなおイージスに向けられたまま。口調もまるで天気の話でもするような感じだ。
「どう、いう意味、なのですか?」
「わからない。でも仔馬はそう言っていた」
穏やかな笑顔のまま、エルメスタ女王は言葉を続ける。
「残念ながら、私は聖獣の落とし子というだけで、特別な能力があるわけではない。君やメルロロッティ嬢のように、ね。
だが神獣のように、空を制する存在は古来より特別だ。ここへはあの子のために確認しに来た、というのもある」
この大陸の御伽話にはこんな一節がある。
竜はその威を持って世界の均衡を保ち、天馬は世界の異変を駆けて知らせ、グリフォンはその鉤爪で世界に仇なす者を狩る。
この世界の平穏は空を制する者たちがもたらしている、と謳うものだ。
俺も子供の頃聞かされた、御伽話の最初の一節。
「君の予知が、本来のこの世界の筋書きであるならば。それとは違う道に進みたいと願う何者かがいるのかもしれないな」
そしてエルメスタ女王は最後に俺を見て、こう告げた。
「どちらが正しいかは知らない。が、もし判断に迫られた時。見誤らないよう気をつけたまえよ、グレイ」
そう言うと、エルメスタ女王は俺のもとを離れ、出発の準備のためイージスと話しはじめた。
俺は何も言えずにそこに立ち尽くしていた。
歴史が歪曲している。
その言葉にどんな意味があるのだろうか?
俺の予知と、歴史の遷移はどうなるんだ?
「…………グレイ殿?」
呼ばれて俺はハッと我に帰る。
イージスがこちらをに覗き込んでいた。
「……すみません、イージス様。考えごとをしていました」
「あ、いえ、大丈夫です。そんな顔をしているなぁと、見惚れていました」
これまでの経験上、多分見惚れる顔ではないと思われる。
「ふふ、考えごとしてる私の顔は変でしょう。よく周りから言われるんです」
「え、そんなことはないですよ。グレイ殿はどんな時も、その、とても素敵です」
イージスはどんな顔の俺も褒めてくれそうだ。
良い男だ。抱かれて悔いなし。
バルツ聖国の一行は出発間近のようだ。
イージスはエルメスタ女王との話が終えて、俺への最後の挨拶に来てくれたのだろう。
エルメスタ女王に言われた懸念を払い、俺は笑顔をむけた。
「昨晩は一夜の夢をありがとうございました。あなたは灰色の髪でなくとも…本当に、素敵な方でした」
照れながら絶妙なフォローを入れつつ、イージスは俺に礼を言った。
「こちらこそ。なかなかに稀有な思い出となりました。またスノーヴィアに来ることがあれば、灰色の馬に跨りに来てください」
俺がいたずらっぽく笑って答えると、イージスはいつもの真っ赤な顔になってごにょごにょ何か言っていた。
別れ際イージスはあたりをキョロキョロ見回した後、俺の頬にそっとキスをする。
誰にも見られていないつもりなのだろうが、飛竜騎士団の連中がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
俺はお返しにぐいとイージスの顔を引き寄せ、思いきり唇に長めのキスを返した。
イージスは首まで真っ赤にして照れていたが、その優しい深緑の瞳を細め、嬉しそうに微笑んだ。
妙な性癖がなければ、本当に可愛らしい男だ。
こうしてバルツ聖国の短い滞在は終わり、白く輝く一団は再び北西の空へと羽ばたいていった。
俺に一抹の不安を残して。
+++++
スノーヴィア領からバルツ聖国の一行が発った、数日後。
辺境伯城にひとつの書簡が届けられた。
サンドレア王国に潜伏しているスノーヴィアの密偵からだ。定期的に王国の情勢を伝える書簡が小型竜の足に結ばれて届く。
今回のそれは、大陸中に激震が走る内容だった。
サンドレア国王ならびに王太子が処刑されたのだ。
彼らだけではない。王族直系の者達すべて。
そして、王太子とともに茶会に乱入した上級貴族の令息に加え、隣にいたとされる平民出身の女も共に処刑、その首は城門に掲げられたという。
その後、大規模な穏健派閥の貴族狩りが行われ、多くの有力貴族が惨殺された。
王太子たちの処刑と穏健派閥の掃討を実行したのは革新派閥だ。
彼らは王族の縁戚にあたる辺境貴族のわずか4歳の令息を次期王に擁立した。
幼き新王が王都へ入城した際、その傍には革新派閥の新たな指導者となった、ヴィルゴ・サイラスの姿があったという。
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