ep18 灰色に心乱されて

「メルロロッティ嬢ばかりか、その従者にまで姿を見られてしまうとはね」


 貴賓室のソファに腰掛け、その愛らしい大きな耳を揺らしながら、イージスの護衛天馬騎士改めバルツ聖国女王エルメスタは俺に悠然と微笑んだ。


「何故、女王陛下というお立場を隠してまでスノーヴィアへ来訪されたのですか?」

 俺は貴賓室の床に正座した状態でエルメスタ女王に尋ねた。

 正座はメルロロッティ嬢の命令だ。賓客を押し倒した罰を受けている。


「当然、彼女に会うために。だよ」


 エルメスタ女王はうっとりとした視線を、隣に座るメルロロッティ嬢へむけた。


「私としてもエルメスタの名で来訪したかったのだがな。聖国の神官連中に猛反対されてね。

 あれらは他所者が私の姿を見ると、その神聖さが奪われるなどと妄信している。正体を伏せ、教会からも信頼のあるイージスを伴うことで、ようやく説得できたのさ」

 そう言いながら、エルメスタ女王はメルロロッティ嬢の銀色の髪を掬い上げ、そっと髪に唇を寄せた。


「美しく聡明な姫だとは聞いていたが。まさかこれほどとは」

 再びうっとりとメルロロッティ嬢の顔を覗きみる。


 そんな一見歯が浮くような言動が完璧に決まるほどに、エルメスタ女王はすべてにおいて洗練された女性だった。

 ……男だったら、俺もイチコロだったに違いない。


「我が国では私のような者を『聖獣の落とし子』というんだ」

 エルメスタ女王は自らの頭上、その大きな耳を指さしながら、そう言った。


「こちらでは『忌み子』と言う方が馴染みがあるだろう」




 『忌み子』

 異種族との交わりで生まれた、人の姿を成した者たち。


 この大陸の多くでは蔑称である『忌み子』と呼ばれ、異種族の血が交わった容姿や特異な能力や体質を生まれ持つ彼らは、嫌遠されがちな存在だ。


 バルツ聖国では、天馬と人間の間に生まれたことで、聖獣に愛される者・神力を宿した者として神格化され、大事にされているのだろう。




「そういった私の出自もあってね。異種族である竜に格別に愛されるご令嬢がいるとなれば、会いたくなるものだろう」

 そう言って、またメルロロッティ嬢を愛おしそうに眺めた。


「会いに来てくれて私も嬉しい」


「残酷な人だ。そんな心躍る言葉をくれるのに、私とは結ばれてくれないのだろう」


「婚約の申し出は受けられないわ。でも、もう一度だけ。耳を触らせてくれる?」


「まったく、わがままな人だね。……だが貴女に弄ばれるのなら本望だ。構わないよ」


 そんな会話を繰り広げるふたり。


 エルメスタ女王とメルロロッティ嬢は互いに頬を染め、見つめ合いながら、耳をモフモフ触り、触られ続けている。


 ……正座で何を見せられてるんだろう、俺。




 そんな二人の様子と同じくらい、実のところ俺は隣に座っている男の状況が気になっている。

 イージスだ。


 エルメスタ女王が貴賓室に戻ってから、最初は顔を蒼白にして慌てふためいていたものの、今はようやく大人しく座っている。

 のだが、一部大変なことになっているのだ。


 イージスの股間。


 ずっと、ずーっと。

 彼のご立派なそれはギッチギチに聳り立ったままなのだ。

 もうしばらく時間も経つし、俺のことはあえて必死に視界に入れようにしている。

 それなのに、この状況。

 本人も自覚しているようで、ちょっと前傾姿勢になって、ずっと首まで真っ赤にして俯いている。



「………それにはな。私も困っているんだ」



 俺がイージスの股間をチラチラ見ている気配を察したのか、エルメスタ女王が溜め息まじりにそう言った。


 エルメスタ女王が俺に話かけたことで、メルロロッティ嬢が俺に正座をやめるよう促す。

 俺はようやくおすわりをやめて立ち上がった。わんわんっ



+++++



「イージスは天馬を愛しているんだ」


 エルメスタ女王はそれだけ言うと、イージスに自分自身で話すよう促した。

 イージスはしぶしぶといった顔で話しはじめる。


「わ、私はその、天馬が好きなのです、が。その、好きというのが……通常の好きを逸脱しておりまして。その、性的な意味で好意が湧き上がる方の好きでして。

 だから天馬に跨ったり、姿をじっと見ているだけで……いつも、このようなことに」


 …………なるほど?


「それで、その。今もグレイ殿が傍にいるのに加え、エルメスタ女王陛下のお耳と尻尾が視界にちらついてしまい。我慢できず、こんなことに」


 イージスはウブでも何でもなかった。

 馬に性欲を掻き立てられ、もはや眺めているだけで勃起するタイプの、過激な性癖持ちのド変態だった。


 いや、しかし。

 その話の流れに、何故俺の名前が出てくるのだろうか?


「……私が想いを寄せているのが、エルメスタ女王と共におられます神獣様、でして。まだ仔馬なのですが……それはそれは美しい方、です」

うっとりとした表情でイージスは語り続けている。


 黙って聞いていたエルメスタ女王がジトッとイージスを睨む。

「イージス、大事なことが抜けている。グレイに正直に話せ」


「いや、それは流石に……」


「話せ」


「………………はい」


 俺に何を話すんだ?

 イージスはここ一番話しづらそうな顔になり、俺の方をちらりと見上げた。

 え。馬に勃起することより話しにくいことって何。


「…………神獣様の毛色が、芦毛なのです」


「芦毛」


 言われて一瞬俺は考え、あぁと思う。

 仔馬によく見る毛色だ。最初は灰色で成長に伴い、白くなることが多い。

 ん?待て。灰色?


 イージスは観念したように俺に向かってこう言った。


「とても、よく似ているのです。神獣様とグレイ殿の……その髪色が。それで、グレイ殿が近くにいる度に心乱されてしまいまして」


 …………おい。

 まさか、イージスお前。

 俺を見るたびに馬と重ねて興奮してたのかよ……!?


 イージスは真っ赤になり俯き、再びチラリと俺……の髪色をみて、恥ずかしそうにまた俯く。


 ちょおおぉぉぉ………


「イージスは神官としては勤勉で信心深く有能な男なんだが、これが厄介な問題でなぁ。公務にも障りが出ているんだ」

 エルメスタ女王がため息混じりに補足した。


 そうでしょうね。

 神獣様や女王のお姿見るだけでフル勃起する神官は、使えないでしょうね。


「筆おろしでもすれば、多少は落ち着くのだろうと期待したんだが。馬以外ではどうも駄目らしくてな」


「え。イージス童貞なの!?」

 驚きのあまり、俺は素で尋ねてしまう。


「うっ……えっと、はい。そのような経験はありません。

 天馬とエルメスタ女王陛下のお耳と尻尾以外でこのようなことになったことは、これまでなく。えっと、その。グレイ殿がはじめてです……」


 そこまで言われ、俺はようやくこの状況を理解した。

 わざわざ姿を現す必要などなかった、他国の男である俺の前に現れ、この話題を振ったエルメスタ女王の魂胆に。


 エルメスタ女王はイージスが話終わると、完璧とも言える美しい笑顔を讃え、改めて俺を見やった。


「と、そういうわけでな。今回のスノーヴィア訪問、私は婚約の申し出に失敗して終わったのだが。

 僥倖と言うべきか…グレイ、君がいた。折角なのだから、何かしら成果は持ち帰りたいだろう?」

 そう言ってウィンクしてキメ顔をし、俺を指さす。


「……嫌に決まってんだろ。

 じゃなくて、エルメスタ女王陛下。大変申し上げ難いのですが、私にはそのような大役は難しいかと」

 一瞬素が出かけたが、慎ましい笑顔と共に俺は丁重にお断りする。


「ほう、そうだろうか?昨日から随分と手慣れた様子で、私のイージスを弄んでくれていたじゃないか」


 あー、そうだった。そうでした。

 この人俺がイージスにちょっかい出しまくってるの、護衛騎士として見てたんだった……


 俺は一応、自分の主人であるメルロロッティ嬢をチラリと見る。

 どこからか持ち出した馬用ブラシで、エルメスタ女王の尻尾を熱心にブラッシングしていた。

 うん、俺の状況に1ミリの興味もなし!


 エルメスタ女王はそれはそれは優雅に微笑んで、改めてこう告げた。



「グレイ、イージスに抱かれてやってはくれないだろうか?」



 改めて言われた女王陛下の言葉に、流石の俺も強張った従者スマイルのまま硬直してしまう。


 いやいやいやいや。

 確かに身体も顔も、慌てふためく可愛らしい性格も。イージスはわりと好みだけども。

 でもさぁ。馬に成り代わって、抱かれろって。

 普通に屈辱なんですけど。


 優雅な微笑みを讃え続けるエルメスタ女王。

 赤面して俯き続けるイージス。

 この状況に1ミリの興味もないメルロロッティ嬢。

 そして。

 己の下心とプライドの狭間を葛藤する俺。



 眉間に皺を寄せ、真剣に熟考することしばらく。



 俺はまっすぐエルメスタ女王とイージスを見やり、決意をみなぎらせた表情でこう言い放った。


「抱かれま、す!!」

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