第22話 殺意
「アンナベルお姉様、お願いですから部屋の鍵を開けてください!」
エリザベスはアンナベルの居室の扉を叩き続けたが、返事はない。拳は赤く腫れ、声も枯れかけていた。セリーナがそっと彼女の手を握り、無言で首を振った。エリザベスは叫ぶように言った。
「これは私の責任なのです。私のせいなのです。私は一日中でも、一週間でも、一ヶ月でも、アンナベルお姉様がこの扉の鍵を開けてくれるまで、叩き続けます。声をかけ続けます!」
セリーナは涙を
エリザベスも声を枯らしながら扉を叩き続けた。が、時が経つにつれて、ついに気力が尽き扉に体を任せてずり落ちた。床に両手をついたエリザベスは涙を貯めて
「どうしてですか、お姉様……どうして」
セリーナは目を閉じ、深く息を吸い込むとエリザベスの肩を抱いた。そして次の瞬間、彼女の頬を強く叩いた。
「お嬢様、意気地がありませんよ!」
叩かれたエリザベスは驚きと痛みに目を見開く。
「つい先程一ヶ月でも叩き続けると言ったばかりではありませんか。もう諦めてしまうのですか?」
「セリーナ……」
「今アンナベル様を救えるのは、お嬢様だけです。諦めたら誰が救えるというのですか!」
「わかりました、セリーナ。私の意気地がなさ過ぎました。一緒に声をかけ続けてくれますか?」
「ハイ、お嬢様、喜んでご一緒させていただきます!」
そのやりとりを聞いていたからであろうか。扉の向こうからカチャと鍵が開く音がした。
「アンナベルお姉様……」
「お嬢様、アンナベル様にお会いになって下さい。私はここで見張って、お二人が部屋にいる間は、この命に懸けて誰も通しません。さあ早く」
「セリーナ、恩にきます」
そう言うとエリザベスは扉を開けて、真っ暗なアンナベルの部屋の中に入った。エリザベスは思わずつばを飲み込んだ。あの明るく、頼もしかったアンナベルお姉様のお部屋と思えない、負のオーラで充満していたからだ。霊感が強いエリザベスにしかわからない感覚だった。
暗い部屋の奥へと進んでいくと、暗闇に目が慣れてきたのか、こちらに背を向けてベッドに寝ているアンナベルの姿が見えてきた。
「お姉様、話したくなければそれで構いません。ただ、手を握らせてください。」
エリザベスはアンナベルの肩に触れようとした。
「私に触れるな!」
アンナベルの一喝が、繊細なエリザベスの心に響いた。
「アンナベルお姉様、そんなに私のことがお嫌いですか」
アンナベルのすすり泣きが聞こえてくる。
「お前のことが嫌いなわけないじゃないか、エリザベス」
「だったら、なぜ」
アンナベルの鼻をすする音がする
「……私は、エルシオン王国を、お前を裏切ったんだ」
「私にもわかるよう説明して下さいませ。決して責めたり怒ったりいたしませんから」
アンナベルはすすり泣きながら、Kaitoを愛してしまったこと、彼に付いていこうとしたことを告白した。
「……アンナベルお姉様、どうしてKaitoのことをお好きになられたのですか?」
「それが私にもよくわからない。こんなことを言って信じてもらえるかわからないが、拘束されて彼に見つめられたら、知らないうちに恋に落ちていたんだ」
「えっ」
この現象に、エリザベスは心当たりがあった。チャームの魔法、もしくチャームのスキル。しかし、魔物ならともかく、チャームは極めて稀な能力で、今の時代唯一使える人間は、異世界から召喚された勇者・高橋海斗だけだと聞いている。彼はかつてチャームのスキルを使って英雄達をまとめ上げ、魔王を討ち取った英雄だった。が、反逆の罪により抹殺されたと聞く。その勇者・海斗が生きていて、賞金首・Kaitoとして生きながらえているというのであろうか。わからない。しかし、今大事なのは、アンナベルお姉様をお助けすることだ。
「アンナベルお姉様、お姉様がKaitoのことを愛してしまったのではありません。Kaitoにチャームの魔法もしくはスキルによって、強制的に愛させられてしまったのです」
「……」
「アンナベルお姉様、今から魔法解除の魔法を試してみます。ちょっと待っていて下さい」
エリザベスは、ダメもとで魔法解除の呪文で解除を試みるも成功しなかった。かけられているのは、チャームの魔法ではなく、スキルなのだろうか?
エリザベスは黙考する。魔物がチャームの魔法を使った場合、その魔物を殺せば、チャームの効力がなくなることはよく知られている。そう、チャームの魔法かスキルを使った者を殺す。今考えられる、唯一の方法はそれしかない。
「もういい、エリザベス。いくら精神操作系の魔法かスキルにかかっていたはいえ、私は裏切ろうとし、挙げ句の果てに、そのKaitoにすら捨てられてしまった。いっそのことKaitoに殺された方が、気が楽だった」
「アンナベルお姉様は賞金首・Kaitoらと戦い、Kaitoは卑怯にもアンナベルお姉様にチャームの魔法かスキルを使った。それだけです。お姉様に罪はありません」
エリザベスは涙をこらえ、部屋を出た。
セリーナが「アンナベル様は?」と尋ねたが、彼女は険しい表情で通り過ぎた。
……その背には殺気のオーラが漂っていた。
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