第二章 純情なハンター・レイナ

第7話 わざとではないんです、わざとでは……(改稿後)

 海斗たちはエルダー村に到着すると、まずは宿屋で宿泊する部屋を確保して、その後薬草を採りに近くの森に入った。最初にアリシアが薬草を採って海斗や結衣に見せると、

「この草をバスケット一杯になるまで採るんだ。私も採るけど、まじめに働いておくれよ。明日からの衣食住がかかっているのだから」

 仮面を着けた姿の海斗と結衣はうなずくと、それぞれ散らばって薬草を探し始めた。


 海斗はアリシアが採ってくれた薬草と辺り一面に生えている草を見比べながら、茂みの近くで薬草らしき草を摘んでいると、いきなり矢がどこからか飛んできて海斗の顔の脇を通過し、近くの木に刺さった。刺客か! 海斗は持参していたアリシアのお古の剣を両手で構えると辺りを見まわした。すると遠くから弓矢を持った少女が近づいてきた。

「ごめんなさい、こんなところに人がいるとは思わなくて。てっきり猪かと思ったの」

 ハンターらしき、見た目は16、17才の少女は謝罪をしながら近づいてきた。体格は女性としてもやや小柄な部類だ。黒髪はバンダナで覆われており、上半身は長袖シャツにベストを重ね着していて、下半身はレギンスに、膝下まであるハンティングブーツを履いている。腰には矢の入った矢筒が付いた革のベルト、また上半身には肩から斜めに掛けた同じく革のストラップを掛けている。

 海斗は少女の様子を観察した。彼女が刺客である可能性は捨てきれないが、一応謝ってきたため構えていた剣を下ろした。海斗は、彼女が本当に刺客でないのか、情報を引き出そうと考えた。

「大体事情はわかった。ここにきているのは、君だけなのか?」

「ええ。普段から一人で、この辺でジビエとなる猪とかウサギを狩っているの」

「ところで、この辺りの狩り場で誰かと会った? 例えば冒険者っぽい奴らとか?」

 海斗の一番知りたかった情報だ。

「いいえ。普段ここら辺は人が入ってこない場所だから、気にもかけなかったわ」

 本当ならうれしいかぎりだ。彼女が本当のことを言っているのであればな、と。海斗は今も彼女のことを全面的には信用していない。何しろ自分や結衣達の安全がかかっているのだから。

「本当に君の仲間もいなければ、冒険者連中も見かけなかったんだよな?」

 少女は表情をこわばらせながら、

「……まるで尋問のようですね。さっき普段この森には誰も入ってこないって言ったけど、時々逃げてくるんですよね。領主の騎士や雇われ兵から追われている人達とか。何をやらかしたのか知りませんが、私には関係のないことですから」と海斗との距離をとるためか、じりじりと後ずさりを始め、周囲の木々をちらりと見て、逃げ道を探るようなしぐさを見せた。

「君は、本当に俺たちを狙っている刺客ではないのだな?」

「だから、私には関係がないって言っているでしょう。あなたが何を考えているのか知らないけれど、巻き込まれるのはまっぴらご免!」と言いながら、少女は黙って下ろしていた弓を目の高さまで上げると、矢筒から矢を取り出してつがえた。

「一応謝りましたからね」

 剣を持っている海斗の間合いから遠ざかるためであろう、少女は矢をつがえながらじりじりと後退し始めた。

 海斗はどうすべきか、剣を構え直しながら頭をフル回転させていた。仮面を着けているのに、賞金首だとばれたのであろうか。それとも彼女の言ったとおり、ただ獲物と間違えられただけの話であろうか。仮に彼女が刺客で彼女一人だけならこのまま逃がしても、とりあえずこの場は大丈夫かもしれない。が、結局のところ俺たちがエルダー村の近くに潜んでいることがばれてしまう。もし刺客が複数人いたら? このまま逃がしたら仲間を呼んでくるに違いない。その場合圧倒的にこちらが不利になる。ここは最悪の状況を想定して行動すべきだ。彼女を逃がせば、仲間の命が危険にさらされる可能性がある。悪いけど、ここは穏便にチャームのスキルで魅了して、本当のことを喋ってもらう。それには、ここら辺の地理に詳しいだろう彼女に対して、逃げ道を与えてはいけない。少々手荒だが、正面突破して見つめあう状況に持って行く。

 海斗は少女が矢をつがえているにも関わらず、少女の方に向って剣を構えながら、少女めがけて突進した。

「威嚇ではないですよ、本当に射ますよ」

 彼女が叫んでも、海斗はジグザクに走りながら、少女の方へひるまず突進していく。彼女は、普段人を射ることがないせいだろうか。矢を持つ手が小刻みに震えながらも、警告どおり海斗の方をめがけて矢を射た。彼女が宣言したとおり、矢は脅しではなく、正確に海斗を捉えていた。が、横っ飛びをした海斗の腕の近くを通過して近くの草むらに落ちた。少女は再度矢をつがえるため矢筒の矢に手を伸ばしかけたが、海斗に間合いを詰められていて間に合わないと判断したのか、弓を持ちながら海斗に背を向けて逃げ出した。

 このまま逃げられてたまるか。海斗は少女を追いながら剣を森の下草に投げつけると、少女の背後からタックルを仕掛けた。少女は海斗を背負う形で、海斗共々うつ伏せに倒れた。海斗は目と目を合わせるために、少女をうつ伏せから仰向けにしようと彼女の体をつかんだ、その時だった。

「キャー」

 少女は悲鳴をあげた。

 海斗は、悲鳴をあげたぐらいで手を離してなるものか、と思った。何しろ自分と仲間の安全がかかっているのだ。しかし、少女が発した次の言葉は意外なものであった。

「この痴漢!」

「痴漢?」

 海斗はたじろいだ。俺が一体何をしたって言うんだ。しかし、よくよく考えてみると右手の感触がやけに柔らかい。これは何だ。少し揉んでみると、今まで経験したことのない感触が右手から伝わってきた。

 少女はうつ伏せの状態で首を回して海斗の顔を涙目になりながら睨みつけてきた。

「いい加減にしなさいよ、この痴漢野郎!」

 海斗は右手が少女の胸を揉んでいることに気がついて、焦ってしまい思わず自分の体を少女の体の上からどかしてしまった。海斗は「いや違うんです。わざとではないんです。これはあくまで事故なんです。この目を見て下さい。こんな澄んだ目をした少年が痴漢をするとお思いですか? 思わないでしょう? 思わないですよね?」と弁明しようと思った。が、少女はこのチャンスを逃さず、走り出して逃げた。海斗は呆然としてしまい、少女が走り去る背中を見つめることしかできなかった。

「絶対許さないんだから! 今度会ったら覚えておきなさいよ!」

とまるで悪党のような捨て台詞を言うと、木々の間を縫うように走り抜け、やがてその姿は完全に見えなくなった

 参ったなぁ。でも本当にごめんなさい、例えあなたが刺客であったとしても反省します。海斗はもう彼女が刺客でないことを祈るしかなかった。


 この後、悲鳴を聞きつけた結衣とアリシアが海斗の下に集まってきた。海斗は痴漢と呼ばれたことを除いて、この災難な事件を二人に説明した。アリシアは

「そういうことなら、大体薬草も集め終わったしエルダー村に帰ろう。村の中では人目もあるし刺客も襲いにくいだろう。森の中より幾分かマシだ。私はガレアのギルドで薬草を換金してくるから、ダーリンたちはエルダー村に先に帰っておいてくれ」

 そうして海斗と結衣はエルダー村に、アリシアはガレアに向かって森を後にした。


 海斗と結衣はエルダー村に帰ってきた。海斗は少しほっとすると同時にため息をついた。何でこんな目に遭うんだろうな。一体俺が何をしたって言うんだ。こちらも命がかかっているから、ああいう行動になったんだよ。でも絶対勘違いされただろうな。ああ痴漢呼ばわりか。とんだ黒歴史になりそうだ。そもそもこんな異世界に転移してこなければ、こんな目には遭わなかったんだよ。一刻も早く元の世界に戻る方法を見つけて帰りたい。

「海斗、さっきからブツブツ言って、気持ち悪いわよ」

 どうやら海斗の心の声が知らないうちに口から漏れていたようだ。

「そうか、すまんすまん。何でもないんだ」

「あなた昔から考えていることが、口からも表情からもダダ漏れなんだから気をつけなさいよ」

「わかった。気をつけるよ」

 そうこうしているうちに、海斗たちはエルダー村に唯一ある食堂の前を通過した。 

 その時であった。

「レイナちゃんのジビエはいつも新鮮で、解体処理もきれいにしてあって、お客さんからの評判もとてもいいのよ」

「ありがとうございます。今後もよろしくお願いします」

 食堂のおばちゃんが、若い女性の声と話していた。海斗はどこぞで聞いた声だと思ったので振り向くと、弓を背負い腰に矢筒がついたベルトをしている小さな背中が見えた。見覚えがある背中だ。

「結衣、はやく宿屋に帰ろう」

「何を急に」

「どうせ、アリシアが帰ってくるまで金はないのだから、店を見て回っても無駄だろう?」

「私は村の様子を知りたいの」

「わかった、俺は先に宿屋に帰る」

 海斗が足早に食堂から離れようとすると、後ろから

「さっきの痴漢!」

という声が聞こえてきた。先程と同じ服装だからばれたのであろう。

「えっ痴漢!?」

 海斗はおそるおそる振り返ってみると、驚いた表情の食堂のおばちゃんとこちらを振り返る村人たちの姿があった。隣にいた結衣もびっくりしている様子だった。

「海斗、一体何をしたの?」

「いや、これは何と言うか、事故で……」

「事故で何をしたの!」

 結衣の仮面が少し透け始めた。

 海斗は小声で

「結衣、仮面が透け始めているぞ」

「それを言うならあなたもよ!」

 二人は言い争うのを止め

「深呼吸、深呼吸」

 と言って深呼吸を何度か繰り返した。

 そんなことをしているうちに、後ろから

「レイナちゃん、この男に何かされたのかい!」

と険しい表情の食堂のおばちゃんがこちらを睨みつけながら近づいてきた。まずいな、どうしよう。


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