第6話 逃亡の旅の始まり(改稿後)

  海斗の方を睨みつけてきた冒険者らしき男は、どんどん海斗の方へと歩み寄ってきた。海斗の右手が剣の柄をつかもうとしたとき、男は手を挙げて、

「よう、ひさしぶり」

「へっ?」

 海斗が素っ頓狂な声をあげると、男は海斗の横を通り過ぎ、海斗の後ろにいた他の冒険者らしき男に近づいていった。

「お前、相変らず目つきが悪いな」

「わりぃ、わりぃ、最近さらに近視がひどくなってよ」

「ぼちぼちメガネを作った方がいいんじゃないのか?」

 二人は、海斗たちが目に入らないかのように談笑を始めた。


 とりあえず仮面の効力で目立たないみたいだな、と海斗はほっとした。やれやれと言った表情の結衣は海斗に

「街中で武力行使とか、最後の最後の手段だからね。滅多やたらと剣を抜くとかやめてよね」

 と、耳打ちをした。

 アリシアは豪快に笑って

「ちゃんと仮面、機能しただろう? それさえわかればいいから、ダーリン。気にせず、とっとと冒険者ギルドに行こうぜ」

 と言いながら海斗の背中をバンバンと叩いてきた。


 冒険者ギルドの入り口近くの掲示板にも手配書は当然貼ってあって、それを見ると海斗は思わずため息をついた。さすがにもう声をあげることはなかったが。

 海斗と結衣は冒険者ギルドに入ると、最初に冒険者登録をするために受付に行った。もちろんアリシアの紹介があったのは言うまでもない。海斗と結衣が記載し終えた書類を、ギルドの受付嬢は確認し始めた。

「では、男性の方のお名前がカイル・アルティスさんで、冒険者登録はここが初めてですね。冒険者のランクはFから始まります。まずは自分のランクに見合ったクエストをこなして下さい。ただし自分より上のランクの方とパーティを組む場合は、そのパーティで一番ランクが高い方と低い方の中間のクエストまで引き受けることができます。以上です。何か質問はありますか?」

「いえ、特にないです」

「では、女性の方のお名前がユリッサ・フローレスさん……。ユリッサ? ユリッサって犬じゃないんだから……」

 そう言うと、受付嬢はうつむきながら涙目で、腹を抱えて体を小刻みに震わせ必死に笑いを堪えている様子だった。しかし、我慢の限界はすぐにきたらしく、受付のカウンターの台を右手でバンバン叩くと涙を流しながら

「ユリッサって、笑える。面白すぎる!」

と叫んだ。

 カウンターの台を叩く音と大きな笑い声で、周りの冒険者は受付の方を振り向いた。

 その中の一人が、

「そこの姉ちゃん、ひょっとして名前、ユリッサっていうのかい?」

 と聞いてきた。結衣は顔を真っ赤にしながら黙っていると、代わりにアリシアが

「そうそう、そういうこと」

 と結衣の背中をバンバンと叩きながら、答えた。

 すると先程の冒険者が

「そいつは名前をつけた親を恨むべきだな。犬じゃあるまいし、普通人間に『ユリッサ』って名前つけねえぞ」

と言って大笑いし始めた。周りの冒険者も

「そりゃあいいや、ユリッサだってよ」

とつられて笑い始めた。結衣はと言うと、先程よりもさらに顔を真っ赤にして、ものすごい形相でアリシアの方を睨みつけている。睨みつけられた方のアリシアと言えば、結衣と目を合わせないように顔を横に向きながら口笛を吹いている。

 コイツ、たちが悪いな。どうやら、ユリッサと言う名前は「小太郎」とか「モモ」どころか、「ポチ」とか「コロ」レベルの名前らしい。さすがに海斗も結衣に同情した。


 その後、ギルドの受付嬢は涙目になりながらもユリッサこと結衣の冒険者登録もしてくれた。だが本当の目的は果たしていない。海斗はアリシアを小突いた。

「後、この依頼をこの三人で受けたいのだが」

「薬草の採取ですね。承りました。……でも、そういえばアリシアさんは他のクエストを受けていらっしゃいましたよね」

「賞金首は見つからないし、手持ちの金は心許なくなってくるしで。あまりお堅いこと言ってくれるなよ。その宗教異端者の賞金首の件だけれども、どうにも見つからない。もう少し情報ないかな。隠れ家を探す意味でも、どこ出身だとか、元聖職者なのかとか、どんなことをして賞金首になったとか、何でも良いから知っている情報を教えてくれないかな」

「すみません、私どもも配布されている手配書以上のことは知らされていないので」

「そうなんですか」

 海斗は会話に割りこんできた。

「はい。私も賞金首になったのは、ローレンシア教に対しての異端者であることが理由で、依頼主は教会だということ以外は知らないんです。もしかしたら教会に行ったら私どもが知らない情報があるのかもしれませんね」


 海斗は神妙な面持ちで結衣らと一緒に冒険者ギルドから出てきた。結局冒険者ギルドも手配書以上のことは本当に知らないようだ。

「少し危険だが、やはり教会へ行って情報収集をするしかないか」

「わかったよ、ダーリン。一緒に行くと危険だから、私一人で行って情報収集をしてくる」

「すまない。でもそれが一番妥当だろう」

 海斗らは教会に向かって歩き始めた。


 海斗と結衣は教会が見える路地裏に隠れながら、アリシアが教会から出てくるのを待っていた。

 その時、海斗と瓜二つの顔をした男が教会の前で不敵な笑みを浮かべているのを見かけた。男の鋭い視線がこちらに向けられ、海斗は驚くと共にとてつもなく嫌な予感がした。

「おい、結衣、これって……」と結衣に確認を求めたが、再度教会の方を見ると、男の姿はもうなかった。

「一体、何よ」

 先程の一件と暇をもてあまして不機嫌そうな結衣が聞いてきた。

「いや、あそこに俺そっくりな男がいた…・・・はずなんだけど」

「誰もいないじゃない。昼間から寝ぼけているんじゃないわよ。ただでさえいつ刺客に襲われるかもしれないっていうのに」

「……すまん」

 海斗は本当にさっきの男が白昼夢だったとは思えなかった。が、これ以上結衣を不機嫌にしたくないからとりあえず謝っておいた。


 しばらく経って教会から出てきたアリシアは、しかめっ面をしながら手を横に振って収穫がなかったことを海斗たちに伝えた。近づいてきたアリシアに対して海斗は、

「やっぱり、教会から聞き出すのは無理だったか」

「司祭は『冒険者はつべこべ言わずに賞金首を捕まえてくればいい』の一点張りで何も喋ろうとしない。挙げ句の果てにはカイアン・モーティスって言う枢密卿が来るから帰れって、まるで邪魔者扱いだった。胸くそ悪い!」

「しょうがない、ギルドもダメ、教会もダメなら、ガレアの町ではこれ以上長居しても得られる情報はないだろう。ここは手配書もたくさん貼ってあるし、場所を移動した方がいいかもしれない。アリシア、今日は手持ちの金も少ないし、森で野宿でもするか?」

「いや、この季節朝晩は冷え込むので、テントもなしに寝たら、風邪ひいちまうよ。それよりもここから近くにエルダーって村があるんだ。そこなら宿代もガレアよりも安いし、教会はあるから手配書は来ているかもしれないが、辺鄙へんぴな村だからここよりはマシだろう。薬草が生えている森からも近いし」

「わかった。エルダー村に行こう。アリシア、道案内頼む」

「了解。ダーリン、任された」

 それは、海斗たちの刺客から逃れるための旅の始まりだった。


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