第5話 手配書と仮面(改稿後)
それからさらに1時間後、アリシアは一人で海斗たちの下へ戻ってきた。
一応海斗は周りを見渡したが、周りに他の冒険者が潜んでいる気配はなかった。
「アリシア、ずいぶんと時間がかかったじゃないか」
「悪い、悪い、ダーリン。ちょっとてまどってさ。まあ何故時間がかかったのかは、後の楽しみ、ということで」
アリシアの何とも意味ありげな発言に、海斗はすぐにでもその理由を知りたかったが、アリシアはおかまいなしに続けた。
「これがその仮面さ」
帰ってきたアリシアから、顔の上半分を隠す、金縁に青もしくは赤を基調とした色の仮面をそれぞれ手渡された。
「見た目ずいぶんと目立つけど、本当に大丈夫?」
アリシアはせっかく買ってきてやったのに、といった顔をして
「私の買ってきた仮面にいちゃもんつける気か! これを着けとけば仮面を着ける前より目立たなくなる効果があるんだよ!」
と、声を荒げた。
それまで少し不安だった海斗は、ほうとした顔をして
「そうなのか」
と少し驚いた様子だった。
「そう。ただし弱点が一つある。それは着けている人間の強い感情に弱いこと。特に強い怒りや恐怖をおぼえた時に仮面が半透明に透けてくる。そして、目立たなくなる効果も薄れる」
結衣は肩をすくめて首を振りながら言った。
「それじゃあ仮面の意味がないじゃん」
さらにイラッときたアリシアは
「しょうがないだろ、私の手持ちの金で買えるのはこのグレードしかなかったんだから!」
「まあまあ」
海斗は怒っているアリシアをなだめた。アリシアは、仕方がないなといった顔で怒りを収めると、
「後、ここに戻ってくるのに時間がかかったのは、ついでに旅用の服を買ってきたからなんだ。服屋の姉ちゃんにコーディネートを頼んだら、時間がかかっちゃってさぁ」
そうか、そういうことだったのか。海斗はほっと肩をなでおろした。
「ダーリンたちの服装だと目立つだろ」
金のない俺たちに服まで買ってきてくれるとは。海斗はアリシアの厚意に感謝すると同時に、さっきまで疑っていたことに対して、少々胸に痛みを覚えた。
「そうだな。よく気がついてくれた。仮面共々本当にありがとう」
「いいってことよ」
海斗たちはアリシアが用意した服に着替えた。
海斗は丈が太ももの半分まで隠れる深緑色のチュニックの上に茶色のレザーベルトでウエストを締めている。下半身はレザーのレギンス、さらにその上に膝上まで隠れる皮の半ズボンを履き、足は頑丈そうな皮のブーツが膝下より下を守ってくれている。
さらにアリシアは、海斗に多少傷跡が目立つ中古の鉄の胸当てとアリシアがかつて使っていた剣もプレゼントしてくれた。そして海斗は剣を背負うために右肩から左脇の下にかけて斜めに剣帯を掛けた。
結衣の衣装は、革製のボディスーツや、暗褐色のフード付きマント、足音を消す柔らかい靴、手には指先が露出した手袋などのシーフの衣装と最低限自分で護身してもらうためダガーが手渡された。
「ありがとう、アリシア。あなたのこと、初めていい人だと思えたわ」
結衣が感謝の言葉を伝えると、アリシアは
「初めてが、余計なんだよ。初めてが!」
とツッコミをいれることを忘れなかった。どうにも二人の相性はよくなさそうだ。
そして、何はともあれ二人は最後に仮面を着けた。
「それじゃあガレアの町に行って、情報収集してみるか。まずはアリシアが依頼を受けた冒険者ギルドから行こう」
「その前にダーリン、あんまりこんなこと言いたかないんだけど、仮面や服、装備を買って手持ちの金も、ちと心細くなっているんだ。冒険者ギルドに行くなら、ついでに仕事の依頼を受けたいのだが、それでいいか?」
「そいつはすまない。どれだけ役に立つかわからないが、仕事を手伝わせてもらうよ」
「ついでに、ダーリンやそのお邪魔虫も冒険者登録したらいい。ただし本名は名乗れないから、仮の名前を考えておく必要があるけどね」
「わかった。どんな名前が自然なんだ?」
「そうだな。そうだ、義理の兄の名前がカイル・アルティスって言うんだけど、アルティスって、この辺じゃありふれた名字だからダーリンにはちょうどいいんじゃないのか?」
「俺はアリシアの義理のお兄さんの名前を名乗らせてもらう、ということか。わかった、そうする。結衣の名前はどうしようか」
「そうだな、お邪魔虫はユリッサ・フローレスって言うのはどうだ? フローレスっていうのもよく聞く姓だから怪しまれないと思うぞ」
「それならいいけど。ちなみにユリッサって誰のファーストネーム?」
「誰じゃなくて、義理の兄が飼っている雌犬の名前」
「あなたねぇ……」
「いいだろ、犬の名前だって。人間でもファーストネームとして使う可能性もなくはない」
つまり、日本で言ったら「モモ」とか「小太郎」あたりになってくるのだろうか。 結衣の怒りを買いそうだから、もちろん海斗は声に出して言わなかったが。
「とりあえずこれで名前も決まったし、ガレアの町で情報収集しに行くぞ。結衣もそれでいいな?」
「名前に関しては、本当は良くないけど、良いことにしといてあげる」
「よし、それじゃあ行くぞ」
アリシアは海斗の腕を抱きながら、海斗と一緒に歩き始めた。結衣もおもしろくなさそうな表情を見せながら、二人の後をついていった。
仮面姿の海斗、結衣それにアリシアがガレアの町に入ると、真っ先に目に入ってきたのは、中世ヨーロッパ風の建物のありとあらゆる壁や掲示板に貼り付けてあった、海斗と結衣の手配書だった。
手配書の似顔絵はかなり本人たちに似ていて出来ばえが良く、ヤバいなこれはと海斗は思った。ただし名前は「Kaito」と「Yui」になっていたが。
「それにしても何でこんなに貼ってあるんだ?」
海斗は思わずつぶやいてしまった。
「しーっ」
結衣はすかさず口に人差し指を立てて、海斗の方をにらんでいる。
海斗が思わず手で口をふさぐと、冒険者ギルドから出てきた30代ぐらいの冒険者らしき男性がこちらをじぃーとにらみつけてきた。
「やばい、ひょっとしてばれたか」
嫌な予感が頭をよぎった。海斗の鼓動はだんだんと激しくなる。本当にこの仮面の効果はあるのだろうか? 恐怖が増してくると、効果は薄れてくるのだよな。しかし、先程のアリシアに襲われた恐怖が蘇ってくる海斗に、気を静める余裕などなかった。
海斗は剣の柄を握るかどうか悩みながら、その男の動向をうかがった。
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