第6話 アレクサンドル視点

 彼女の手を取ってゆっくりと立ち上がらせる。足をくじいたかもしれないし、横抱きにして移動しようかと思ったのだが、「全っ然歩けるから!」と言われてしまったので諦めた。ただ、「手は繋いでも良い?」と控えめに聞いて来たので「断る理由がどこにある」と返した。


「ねぇアレク」

「どうした?」


 こうして手を繋いで廊下を歩くと、何だか幼い頃に戻ったような気持ちになる。


「私、サプライズって性に合わないみたい」

「そうなのか?」

「今回のことでさすがに懲りたわ。本当はね、じゃじゃーん、って上手に出来たチョコを渡して、私、こんなことも出来るのよって、そういうのを見せたかったの」

「そうだったのか」

「すごい、って褒められたかったの、あなたに」


 そう言って、僕を見上げ、つんと口を尖らせる。完璧だ。その表情も完璧だ。あまりの可愛さに目が眩みそうになるが、イカン、堪えろ、アレクサンドル。一瞬でもこの絶景が揺らぐなんてことがあってはいけない。ああどうして僕は写真機を携帯していないんだ。というか、携帯出来るサイズの写真機の開発を急がせなければならない。この表情もおさめたかったのに。


「……君はいつだってすごいよ」

「そんなことないわ。馬に乗るのだって下手だし」

「僕が一緒に乗るから問題ない」

「……歌だって、得意じゃないもの」

「小鳥のさえずりのようで大変可愛らしい。その声はどうか僕だけに聞かせてくれ」

「あ、あと、ええと――……、もう、何なのよ!」

「何なの、とは?」


 イメージトレーニングの成果が出たと内心で小躍りしていると、エリザが急に声を張り上げた。かと思うと、彼女の顔はみるみるうちに真っ赤になっていく。一体どうしたというのだろう。


「私知ってるんだから! あなたいま、また心臓がとんでもないことになってるんでしょ!? そうでしょ!」


 そう言うや、ぼすん、と勢いよく僕の胸に飛び込んでくる。左胸に耳をぴたりと当て、鼓動を確かめているようだ。さすがエリザだ。ご明察。僕の心臓はもうとんでもない速さで脈打っている。


「何これ……、ねぇ、本当にこれお医者様に診てもらわなくて大丈夫?」

「昔からこうだから大丈夫だと思うが」

「昔からこうなの?!」

「君といる時はいつだって」

「とんでもないわね」

「とんでもないんだ」


 周囲からどんなに冷静沈着・冷酷無比な鉄仮面伯爵などと恐れられようとも(冷酷無比については否定したいところなんだが)、実際の僕はこんなものなのだ。たった一人の女性に、こんなにも心を乱されてしまう。


 だから、


「君はいつだってすごいよエリザ」


 未だに僕の胸に耳を当てている彼女の頭を撫で、ゆっくりとそう言うと、ちょっと眠そうな声で「アレクがそう言うならそうかもね」という言葉が返って来た。撫で続けたらこのまま眠ってしまうのではと思われたが、そんなことはなかった。むく、と顔を上げ、困ったように眉を下げる。そんな表情も庇護欲をかき立てられる可愛さである。


「ねぇアレク、私、甘いものが食べたいわ」

「仰せのままに」

「でもチョコレートはしばらく見たくないかも」

「では、何か別のものを料理長に――、あぁそうだ、料理長にも申し訳ないことをしたんだった。そうだエリザ、大通りの菓子店に行くのはどうだろうか。そこで食べても良いし、持ち帰っても良い。それで、彼への詫びの品も買って来よう」

「良いわね。みんなにお礼もしなきゃだし、たくさん買って来ましょう」


 そうと決まれば早く行きましょう、デートよ、とエリザが声を弾ませて僕の手を引く。片方の手には、彼女が僕のために作ってくれたチョコレートがある。


『今年は本命も本命、ド本命のチョコレートをその手に抱くことが出来ますぞ!』


 ルーベルトの熱弁を思い出し、「その通りだったな」と、呟いた。

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とびきり甘くとろけるチョコレートをあなたに(あげる予定だった)。 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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