ケース:呪詛
その人物は輪郭からして街並みにそぐわなかった。
藤で編んだ天蓋、墨染の小袖に
白昼のスクランブル交差点だった。信号機の色が青に変わり、大勢の人々が白線の上を行き交う。その中に虚無僧がいた。好奇の視線に晒されながら、「とうりゃんせ」の音響が鳴り響く交差点を草履で渡る。そのあいだにも絶えず尺八の穴を塞ぐ指が上下される。無音の演奏は通行人の耳に届かない。
誰もが一度は振り返る。母親と手を繋いでスクランブル交差点を渡っていた幼い娘は、服の裾を引っ張って虚無僧の黒く滲む背中を指差した。
「ママ、あれ何?」
答えはなかった。見上げると、横断の途中にも関わらず母親が立ち止まっている。彼女は直立不動のまま、青空に向かって大きく口を開いていた。その目の焦点は合わない。
その口腔から異様な金切り声が迸った。周囲の往来も動きがなくなり、
怯えた娘が母親から手を
阿鼻叫喚だった。高いビルが建ち並ぶ街の中を、叫び声がうねりながら移動する。その様子は、何かが咆哮を上げながら練り歩いているかのようだった。
ケース:呪詛は、僧籍不明の虚無僧の出現とともに発生する。この人物が鳴らない尺八を演奏しながら通り過ぎると、多くの人々は忘我状態に陥り、人間が発せられる声域の限界を超えた大音声を合唱する。声帯が破損されるまで現象は止まらず、夥しい
初めてこの虚無僧の存在が確認された事例では、複数の市町村に渡って移動し、大規模な交通事故や火災を引き起こすなど甚大な被害をもたらした。死者数は【詳細は伏す】。
高名な霊能者にこの映像を検証してもらうと、彼は答えた。
「この人物は背後に何かを引き連れている」
次いで言った。
「しかし、正体がわからない」
その日の夜、氏は自宅の欄間で首をくくった。
防災省と公安警察の合同作戦による対象の捕縛及び排除は、失敗に終わっている。
ケース:呪詛 二ノ前はじめ @ninomaehajime
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