第四話「ナイスガイ、鳴いて泣く」
俺は走った。
走って走って目が霞もうとも女の子を見捨てず担いで逃げた。
この瞬間だけは、俺の人生で一番勇気を発揮した瞬間かも知れない。
だが現実は厳しかった。
敵と思しきハイ・ゴブリンはどこまでも猟犬じみて追跡してきたのだ。
「ばばばばばああばっばばあばああばばばあ」
「戦士様っ神様から力を授かったのですから、逃げていないで、あの程度の二個小隊蹴散らしてくださいっ私も手伝います故っ!」
「黙りなさいっこの小娘がっ!おじさんは謎の神パワーで君を担げていますが、少しも運動神経を発達させてこなかったんですっ!走り間違えて転んだらその瞬間槍の餌食ですよっ!」
俺はじたばた暴れる巫女様を必死に説得しながら走る苦行に立たされた。
「私がいるんですっ!あなたを死なせませんっ!」
「そ~んな華奢の体つきで何が『死なせません』(キリッ)だっ!もっとアマゾネス的肉体美と戦闘能力を持ってから大口叩きなさ~い!ギョエ~っ!矢が矢がっ背中の装甲にあたってカンカン言ってるっ!」
「連中の槍も矢も弾く鎧を着てるんですから戦ってくださいっ!」
「怖いから無理ですっ!」
そんな言い合いを続けながら迷走する事三十分。
山勘で高原を走り降りた所で、巫女様が指で示す。
「このまま高原を下り左に進んでください。神殿が結界と共にそこにあります。逃げ込めば、襲われる心配もないでしょう……臆病な戦士様、私は呆れてしまいました……」
「判ったからっ!駄目なおじさんに様付けで呼ばないで~~!」
「じゃあどう呼べば良いのですかっ!」
「有機ですっ!」
「勇気ですか?」
「今絶対勘違いしたでしょっ!」
「何がですか?」
「もうううぅっ!そのやり取り小学校でやり飽きたんだよっ!」
言いながら俺様は言われる道のりを必死に全力で走た。
谷底へ向け走り左に折れ川と並走しながら数時間走り抜けた。
確かにチート能力は俺に宿っているらしく……
背中に担いだ大きな大剣も、
肩に担いだ女の子も、
全身に着込んだ金属装甲防具も、
全然重くないまま超人的スピードで荒れ道を転ばず突っ走れた。
―――、胡乱な知識で申し訳ないが、近代化した軍隊ですら行軍で脱落者を出して進む。
舗装道路ですら所定作戦時間まで無理に目的地まで突っ走る軍隊は舗装された道ですら迷子を出してしまう。
急行軍の限界と言う奴である。
只の移動ですらこの様の中。
舗装道路がない道を転ばず走り続けるのは古代戦士としての最低限の技能と呼べる。
そんな大層な技能を運動不足で百キロデブな俺様が出来る時点で異常だと言わざる負えない。
汗が流れ、息が荒く成り足が疲労にしびれても速度を落とさず走る。
女の子を担いで走り続ける超人的肉体も忍耐力も俺には無縁のはずなのに荒れ道を神殿まで走り続けられた。
チートの力だった。
そして結界と分かる輝く薄膜を越えた瞬間……
ゴブリンたちは引き返していく。
弓兵ゴブリンが今更放った間抜けな流れ矢が飛ぶのをその時確かに俺は見た。
結界に向け鋭く矢が飛んだのに輝く薄膜は確かに矢を「キン」と弾いた。
それを見ながら結界内で俺は崩れながら巫女ちゃんを降ろして息を荒っぽく吐いた。
「ぜえっぜえっはあっはあっ神殿の形がゲームそっくり、、荒れた廃墟っぽさ残る、多神教神殿だ。宗派全然わかんねえけどスゲー奇麗な灰色建築物……」
「そうでしょうとも、、、まったく戦わなかったのに疲れ果てるとは仕方がない人ですね」
「言ってくれるじゃんか」
「……でも私を最後まで見捨てずに走り抜けたのは格好良かったですよ?おじ様」
「おじ様?」
彼女は、口元に笑みを浮かべ、俺様を覗き込んで疑問に答えた。
「名を明かさないのですから戦士様の呼び名はオジサマで十分ですっ!これからダメダメなおじ様を私がビシバシ鍛えて使命のために戦う聖戦士に仕上げて見せますっ!」
そう言って鼻息荒く笑顔で巫女様は指先で俺様のヘルムをつついた。
これを受け俺はぼやいた。
「どうでも良いけど腹減った……」
「だらしないですねえ。仕方がない、おじさまに私がごちそうを振舞ってあげますっ!聖餅を出すのですっ!お肉もつけましょう、ふふっ特別ですよおじ様、わたくし、アイオーンのイモータル・スフィアがオジサマにどこまでお仕えしますので覚悟してくださいっ!」
どうやら彼女は、スフィアと言う名の女の子で使命に対し肯定的かつ意欲的みたいだった。
神様の説明記憶は久しぶりの激しい運動で頭からすっぽ抜けてしまった。
が、無能な俺様でも、もしかしたら物語の、例えばダークなファンタジーの格好良い主人公のような大剣使いに成れるやもしれない。
そう思うとやる気が湧いて立ち上がる気力が沸いた。
最も、あの未完の大名作の様に、狂な戦士様の糞で黒すぎる運命はごめんである。
何が糞と言えば作者様が死んでしまい、続きが見れないことが一介のオタク兼中年引きこもりにもぶっ刺さってしまったものだ。
死亡途絶エンド。
そんな運命は自分だって嫌だ。
だが、異世界に放り込まれた以上、せいぜい死なないように戦士としての努力を積むのは悪くないかもしれない。
そう思って俺は立ち上がり巫女、スフィアへ握手に手を伸ばす。
「正式に名乗ってなかったな。俺様は暇奈留有機、ナルちゃんと呼んでくれ」
彼女はくすくす笑ってくれてこう言ってくれた。
「オジサンなのに可愛らしいあだ名ですね?判りました戦士様、今日から貴方をなるちゃん様と呼びましょう」
「……やっぱり有機でいいや」
「だめで~す。勇気だなんて格好良すぎます。おじ様はまだまだナルちゃんです。使命の戦士にナルちゃんですね、一緒に頑張りましょうっ!!」
そう言って差し出された引きこもりおじさんの手を覆うごついガントレットと少女の華奢なグローブ手はお互い握り合った。
訓練は明日以降という事に成る。
俺は神殿に住まう従者の鍛冶屋と薬師と魔法祭壇のゴーレムを見せられた。
全部ゴーレムで人が居なかった。
彼女なりの豪勢な食事を堪能して眠りについた。
次の日、、、
「ごはん、、、、、美味しくない」
「何ですか、ナルちゃん?」
「何でもありません……」
次の次の日、、、
「俺より巫女ちゃんの方が強いっ!」
「何ですか、ナルちゃん?」
「何でもありません」
次の次の次の日、、、
「俺より巫女ちゃん方が剣捌きも弓操作も格闘も投擲術も上手くて体力も筋力もあるっ!」
「何ですか、ナルちゃん?」
「何でもありませ~ん」
次の次の次の次の日、、、
「訓練ばっかで疲れたよ~ごはん少なくて不味いよ~誰か助けて~」
「何ですか、ナルちゃん?」
「なっ何でも、、ありません」
次の次の次の次の次の日、、、
「今日は魔物の解体と食肉の得方を実地で教えます。鼻が曲がるほど臭いですから気を付けて行きましょう~!」
「魔法で飛ばないでっ!」
「早く来なさい、ナルちゃん」
「ひ~~~っ!ひ~~んっ!ひ~~~~っ!」
次の次の次の次の次の次の日、、、
「魔法えっぐい、一撃でゴブリンが百匹黒焦げになった……。俺、必要?」
「何ですか、ナルちゃん?」
「ナンデモナイヨ」
一週間目、
「訓練訓練訓練訓練、固いベッド、オニ強巫女少女の不味い飯、お風呂が無くて水浴びばっかり、寒い、、、体が辛いっ!おうち帰るぅっ!もうヤダっ!」
「何ですか、ナルちゃん?」
「今日こそおまえを倒して解放されるッ!いざ勝負!!」
八日目、、、
「エーン、エーン、勝てないよう、ゴブリン肉ばっかり食べたくないようッ!ニワトリさんのステーキが食べたいようっ!謎の野菜以下の糞ニガい薬草飯飽きたようっ!これじゃ痩せちゃうようっ!!白いしっとりふかふかの甘いパンが食べたいようっ!」
「何ですか、ナルちゃん?」
「エーン、エーン、エーン、ぐすっ……ナンデモナイデス」
こうして俺様は一年間、年下少女に虐められて毎日鳴いて泣いた。
次回―――、ナイスガイ世界を知る。
世界其れは糞でか主語。
世界主語を使う物は知恵と知識を試され小馬鹿にされうる諸刃の刃。
俺はざっくり諸刃に傷を負う。
(つまり馬鹿です)
星一つでナルちゃんのごはんが美味しくなるかもしれん。
押してくれたら、次回はもっと泣くぞ。
俺様式、異世界訓練譚──続く。
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