乗り継ぎが悪い駅の人狼

篠塚しおん

乗り継ぎが悪い駅

 立春を過ぎても寒波は弱まる気配がなく、氷点下で始まる朝が続いている。連日のように最低気温を更新しており、昼になっても寒さが落ち着く気配はない。


 白い強風が斜めに打ち付けている。

 雪女でも現れそうな外の様子を、智美ともみは電車の窓から眺めていた。


 通勤で利用している電車が雪の影響で計画運休をするという発表が鉄道会社から事前にあったため、この日は職場が早仕舞いとなり、帰路についていた。

 そもそもそんな悪天候の中で出勤させるなと言いたくなるが、出勤しなければ仕事にならない小売業じゃそうもいかない。田舎生まれ田舎育ちの世間知らずな小娘が、実家から乗り換え二回で通勤できる距離の大手企業に入れただけでも儲けものだと思って諦める他なかった。


 さて、そんなありがたい職場に、智美は一時間半から二時間かけて通勤している。通勤時間に幅があるのは、タイミングによって途中の乗り換え駅の待ち時間が変わるためだ。早ければ5分、長いとたっぷり30分は待たされる。


 職場がある街はそれなりに発展しているが、自宅に近づけば近づくほどビルが減ってきて、背の低い民家に景色が変わり、やがて田んぼや畑ばかりという大変目に優しい眺望になっていく。

 もっとも、それは晴れた日の話で、今日のような白と灰色で埋め尽くされるような天候の下では、眺望もくそもない。スマホ動画だったら消費電力が高そうな色合いの景色が流れ続けている。


 強い暖房で顔の表面は暑いくらいだが、身体の芯は冷えたままだ。

 少しでも内側から温まるよう、ペットボトル280mlサイズのミルクティーを口に含む。口に広がる甘味とコクのある香りでほっと一息つく。


 まもなく次の駅に到着するとアナウンスが流れた。そこで二回目の乗り換えが必要になる。

 停車してドアが開くと同時に、吹き付ける風に目を細めながら、早歩きでホームを進んだ。実はこの駅は乗り継ぎが悪く、普段ならば電車の待ち時間が20分を超えることも珍しくない。ところが、こういう時に限って、乗り換え時間の猶予は7分という短さだ。若者の足ならば、普通に歩いて4分もあれば乗り換えできる。しかし、今回ばかりは事情が違う。これから乗り継ごうとしている電車を最後に、その路線の電車が運休に入ってしまうからだ。


 万が一にも本日の最終電車に乗り過ごすことなどあってはならない。接続駅でありながら周辺にはほとんど店が無く、あるのは個人経営の定食屋か、待ち時間の間の時間つぶしの客を狙ったチェーンのカフェ、後はせいぜいドラッグストアがいいところだ。そんな駅で立ち往生などしようものなら、夜を待たずに凍え死んでしまう。


 智美と同じ状況の労働者が多いのか、スーツやビジネスカジュアルの男女が列をなして早足で改札に向かっている。その流れに乗って、改札を目指す。

 だが、そういう時に限って悲劇は起こる。

 ICカードをタッチした瞬間、警告チャイムとともにフラップドアが通行禁止を言い渡してきた。

 残高不足だった。


 智美は、しまった、と顔をしかめた。通勤定期が昨日で切れていたのだが、今日だけ出勤すれば明日は休みだったので、明後日の分から次の定期を買おうとケチったのが裏目に出た。

 普段は他人にやられて迷惑に感じていた行為を、自分自身がやってしまった。急ぐ人の流れを自分が堰となって止めてしまい、後ろから舌打ちが聞こえる。

 無常に光る赤いランプと周囲の視線から逃げるように、急いでその場を離れた。


 痛いタイムロスだが、発車時刻までは余裕がある。まだ慌てる時間じゃない。チャージすればいいだけじゃないか。

 そう言い聞かせて、トラブルで早まった鼓動を落ち着かせる。

 だが、そういう時に限って悲劇は続く。

 白髪の老夫婦が、構内で唯一つしかない自動精算機の前に陣取っていたのだ。


「あなた、そうじゃないわよ」

「それなら、お前が代わってくれ」

「ええと……。あら? こうじゃないのね。分からないわね……」

「困ったな……」

「困ったわね……」


 困るのはこちらだ。機械の使い方が分からないのか、うんうん唸っている。そうしている間に、タイムリミットが迫る。凍死の未来が近づく。一度は落ち着いた鼓動がまた早まっていく。


「あ、あの! どうされたんですか!」


 老夫婦の背中に、智美は助け舟を出すことにした。もちろん、自分のためだ。

 聞けば、二人も智美と同じ状況だったようで、しかしチャージの仕方が分からず途方に暮れていたようだった。

 彼らに代わって智美が急いでチャージを行うと、二人は丁寧にお礼を言ってくれた。それよりも早くどいてほしい、と思いつつも、彼らが立ち去るまで営業スマイルで対応してしまうあたり、職業病だ。


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