第15話 フローラの父との面会

 夕刻。

 フローラの旧友である魔術師ファルナの案内を受け、俺たちは領主館の大きな門をくぐった。そこには疲れた顔つきの兵士が数名、重たい空気をまとうように立っている。

 館の周囲はどこか沈んだ雰囲気だ。かつては威風堂々とした景観を誇っていたはずが、いまや暗く閉ざされた空気に包まれているように思えた。


 門を入ってすぐの広間で、フローラの父――この領地の主が姿を見せた。年齢的にはまだ壮年だが、長らく休みなく戦況を指揮しているのか、目元に深い隈ができている。

 その姿を見た途端、フローラの瞳に不安げな色が走ったが、父は弱々しいながらも微笑みを浮かべ、彼女の名を呼ぶ。


「フローラ……よく戻ってきてくれた。こんな急に呼び出してすまないな……」

「お父さま……! いえ、そんな。もっと早く帰るべきでした。無事でいてくれてよかった……」


 フローラは父の元へ駆け寄り、その腕の中にすっぽりと収まる。父も娘の肩をしっかり抱きしめ、少しだけ力のない声で「もう大丈夫だ」と囁いた。

 周囲にいる兵士たちはそんな父娘の様子を少し離れたところから見守っているが、その表情には暗い影が落ちている。ここで行われている戦いが、どれほど過酷なのか想像するだけで胸が痛んだ。


 フローラと父の抱擁がほどけると、男は少し姿勢を正して俺の方へ向き直る。


「私はレオンハルト・グレイス、この伯爵領を治めている。フローラの父だ。そなたが、レイ・アーディン……か。その噂、フローラからの手紙で聞いておる。助けに来てくれて感謝する」

「お会いできて光栄です。微力ながら協力したいと思っています」


 俺は簡潔に自己紹介をすると、レオンハルトはわずかに表情を和らげて頷いた。外部の助力にすがるのは苦渋の決断なのだろうが、その目にはわずかな希望も見えた。


「そなたらが来てくれて心強いが……話はあとで。とにかく奥へ行こう。領地の現状を知ってもらわねばなるまい」


 レオンハルトに導かれ、俺とフローラ、そしてファルナの三人は館の一室へ入った。もともと重厚な調度品に囲まれた執務室らしいが、今は地図や書類が散乱し、いかに混乱が続いているかを如実に物語っている。

 レオンハルトは薄い椅子にドカリと腰を下ろし、山積みの書類の中から地図を一枚取り出す。そして、そこに広範囲で赤く塗られた部分を指先で示した。


「ここ数週間、魔物が大量発生し、被害が急拡大している。その討伐や防衛に追われ、兵も金も底をつきかけているのが現状だ」

「実は道中にも、巨大な狼型の魔物が出まして……あれが領地内で頻繁に出ているとなると厄介ですね」


 俺の言葉にレオンハルトは苦い顔をして頷く。


「そうだ。ところが、私の力ではどうしようもない。資金不足で傭兵を十分雇えず、かといって放置すれば村や農地が潰える……それでもう、借金を重ねるしかなかったんだ」

「……借金、ですか」


 フローラが息を詰まらせる。彼女がずっと恐れていた現実が、想像以上に深刻な形で突きつけられたわけだ。


「追い討ちをかけるように、借金の返済期限が迫っていてな。利息が莫大で、このままでは領地を明け渡せと脅される恐れがある」


 レオンハルトは頭を抱えるように地図から目を離し、ファルナに視線を送る。するとファルナが頷き、魔術で印をつけた別の書類を取り出した。


「実際、金貸しの手先と思しき者たちが頻繁に出入りして、領内を我が物顔で調べ回っているわ。魔物による被害と借金がセットで領地を衰退させているの。……このままではいずれ破綻よ」


 部屋の空気がさらに重くなる。レオンハルトが辛そうに口を開く。


「フローラ……私も、できる限り抵抗してきたが、もう限界だ。お前が戻ってくれたところで、どうにかなるかわからんが。頼む、どうか力を貸してくれ」


 フローラは一瞬言葉を探していたが、やがて小さく頷いた。その瞳には、はっきりとした決意が宿っている。


「わかりました。私も領地を守りたい。借金問題も、魔物討伐も……レイさんやファルナと協力すれば、道はあるはずです」

「俺も全力を尽くします」


 俺も腰に手を添えて語ると、レオンハルトはうっすら笑みを浮かべながら「頼もしいな……」と呟いた。


「それに、魔物の数が急に増えたのは不自然よ。誰かが魔力で誘導しているか、大型のボスがいるか……。私はそれを突き止めようと調査してるけど、 人手が足りなくて」


 ファルナが神妙な面持ちで口を開く。レオンハルトも深く頷き、「どれだけ兵を派遣しても状況が変わらん」と嘆く。


「まずは魔物を減らして借金の足かせを外すしかない。せめて外敵を抑えて領地の生産を再開させねば……」

「ええ、私たちも一緒に取り組みます。兵が足りないなら、私とレイさんが少しずつでも巣を潰して……」

「ありがとう。早速、明日にも一部隊を再編しよう。お前たちが加わってくれるなら、一筋の光が見える」


 レオンハルトは少しだけ安堵したような口調でそう告げた。館の廊下やこの執務室に漂う重苦しさは、一朝一夕では拭えないだろう。だが、フローラと俺が加勢すれば、確かに新しい風が吹くかもしれない。


 そうして一通りの報告と打ち合わせを終えた後、俺とフローラはレオンハルトの計らいで館内の客室を与えられた。

 夜更け、疲れからすぐに眠りたい気持ちもありつつ、フローラは久々に父と語らうため少し執務室に残る。俺は一足先に部屋に戻って、剣を手入れしながら考えを巡らせた。


(借金で財政が逼迫しているだけじゃなく、魔物の出現が何か意図的なものかもしれないなんて……)


 剣の刀身に映る自分の顔を見ながら思う。この剣があるから、大きな戦いでも恐れずに挑める。

 明日から始まる領地救済作戦。レオンハルトが限界まで追い詰められ、ファルナも頑張っていたのに報われない状況を、この手で変えたい――フローラのためにも、ここで挫けるわけにはいかない。

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