第13話 届いた手紙、動き出す運命

 ――翌朝。

 俺とフローラはいつものようにギルドに足を運んだ。受付ではシェリルが柔らかな笑みで迎えてくれる。


「二人とも、おはよう。実は大きな魔物調査が計画されてて、もし正式決定になったらレイくんたちにも参加してもらいたいなと思ってるの」

「調査依頼か……。最近は平和だったけど、魔物の脅威はあるよね」

「そう。今は何とも言えないけれど、大事にならなきゃいいわね」


 俺とフローラは「わかった」と快諾し、とりあえずカウンター脇のテーブルで三人並んで軽食をとりながら話を進める。


 ギルド受付の忙しさが一段落ついているらしく、シェリルは仕事モードをいったんオフにしてリラックスしていた。

 フローラもほっとしたように笑みを浮かべ、「平和だとこんな風にゆったりお茶できるんですね……」とこぼす。


「ほんとね。ガルドン事件のときは、みんな慌しかったけど、今は落ち着いてるから助かるわ」

「ガルドンを倒したあの剣が、こんなにも頼もしくなるとは思いませんでした」


 フローラが俺の腰に差した剣をちらりと見ながら言う。ガルドンとの最終決戦で見せた形状変化と魔力解放の衝撃は、今でも忘れられない。

 シェリルも目を輝かせて応じる。


「オズベルトさんからは一級品ってまで言われてるものね。レイくんの剣、すっかり有名よ」

「いやぁ、ちょっと言い過ぎかもしれないけど……。でも実際、めちゃくちゃ強くなったのは確かだよ。危機のときは頼れそうだ」


 和やかな会話に花が咲く。そんな空気を切り裂くように、ギルドの扉がバタンと開き、息を切らしながら配達員が飛び込んできた。


「フローラさん! こちらに――あ、よかった、いらっしゃいました!」


 配達員は顔を真っ赤にしながら封筒を取り出し、大きく息を吸う。


「大至急お届けするよう依頼されておりまして。ファルナという方からの手紙です!」

「ファルナ……。えっと、父の領地で一緒に魔術を学んでいた、あの子……?」


 フローラはその名前が出たことに驚く。ファルナは彼女の旧友であり、父の要請で領地に呼ばれ、魔物被害の調査や対策を手伝っていたはずだ。その彼女がわざわざ最速便を使って送りつけてきたとなると、相当な緊急事態らしい。

 フローラの表情がどんどん硬くなる。手紙を読み進めるほどに、その内容の深刻さが伝わってくる。


「どう……したんだ?」


 俺が声をかけると、フローラは小さく息を飲み、震える声で要点をまとめる。


「……領地で魔物の大群が発生して、被害が深刻みたい。軍備を増強しようにも資金が底をついて……借金が膨らんでいると。父も必死に守ってるみたいだけど、一人じゃ手に負えないらしくて……」

「借金まで……? そりゃかなり切羽詰まってそうだね」

「ファルナは昔から父の研究や領地経営の手伝いをしてくれていて……。今も領主の補佐って形で魔物対策をしているみたい。でもこのままじゃ領地が破産しかねないって……」


 フローラの瞳には不安と焦りが混じっている。幼なじみのファルナがわざわざ手紙を送るほど緊急なら、現場の状況は相当切迫しているのだろう。シェリルも「そんな……」と驚いた面持ちだ。


「フローラ、行くんだよな? このままじゃ放っておけないだろ」

「もちろん、すぐ帰ります。父とファルナを助けたいし……領地だって守らなくちゃ。私がここで稼いだお金なんて大したことないけど、魔物討伐くらいはできるはずだから……」


 フローラがきっぱりと宣言する。その横顔は不安げながらも決意がにじんでいた。シェリルは慌てて口を挟む。


「二人とも、出発するなら物資や情報は私が協力するから。遠慮なく言ってね。こういうときこそギルドが役に立つべきだわ」

「ありがとう、シェリルさん……助かります」

「俺も行く、フローラ。ひとりじゃ厳しいだろうし、ここでのんびりしてるわけにもいかない」


 そう言って肩を叩くと、フローラは小さく笑みを漏らし、「ありがとうございます、レイさん」と力強く頷いた。


 ギルドを後にし、宿へ戻った俺とフローラは急いで旅支度を始める。領地は遠方にあるし、魔物が跋扈しているなら道中も危険かもしれない。

 夕刻、簡単な夕食を済ませてから、部屋で地図を広げて検討していると、フローラが少しうつむきながら漏らす。


「ファルナは私の幼なじみで、昔は一緒に魔術の基礎を習ったこともあって……父にも気遣ってくれる優しい人なんです。そんな彼女があんなに焦った文を書くなんて、よほどのことが……」

「落ち込むなよ。ファルナはお前を信じて、父上のために連絡をよこしたんだ。俺もいるし、この剣もある。きっと何とかなるさ」


 ガルドン戦で劇的に変化し、一級品とさえ評された剣。その剣が示す力は、俺たちにとって心強い希望だ。フローラはまばゆい刀身の記憶を思い出すように目を閉じる。


「……そう、ですね。私たちはあのガルドンを倒せたんだし。ファルナも心優しい人だから、協力してくれるはず。借金や魔物の問題だって、私たちならきっと……」


 声の端にはまだ少し震えがあるが、フローラは確かに光を見出しているようだ。俺も横で微笑んだ。


 深夜になっても荷造りは続き、やがておおよその目処がつく。フローラは自分の部屋へ戻り、俺も就寝の準備に入る。

 枕元には成長を遂げた剣が控えている。あの時の圧倒的な力。その感触を思い出せば、何だって乗り越えられる気がする。


「よし……領地へ行って、魔物なんか蹴散らしてやる。借金問題も、まとめて解決してみせるさ」


 胸にそう刻み込み、俺は静かに目を閉じる。

 フローラの父、そして彼女の旧友である魔術師ファルナのためにも――俺たちは、また戦いに挑もうとしていた。

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