第10話 ガルドンとの決戦

 フローラが連れ去られてから一晩――。

 俺は怒りと焦燥感に突き動かされながら、宿やギルドの知人たちに事情を説明して回った。夜更けにも関わらず、シェリルや他の冒険者たちは協力を申し出てくれた。

 だが、ガルドンの居所は簡単には掴めない。奴は金と権力を背景に、さまざまな拠点を都合よく使い分けており、どこでフローラを拘束しているかの見当がつかないのだ。


「くそっ……焦っていても仕方ないけど、時間が惜しい!」


 半狂乱になりそうな自分を叱咤しながら、夜明け前に俺は一人、街外れの廃倉庫へと向かった。

 とある冒険者から「ガルドンは最近、あの倉庫に怪しげな荷物を搬入している」という噂を聞いたのだ。仮にフローラを連れ込んだのがそこじゃなくても、何らかの手がかりが見つかるかもしれない。


 薄暗い倉庫は、荒野の外れにぽつんと建っていた。かつては物資の集積場として使われていたらしいが、今は放置されている。

 俺が息を潜めて扉の隙間を覗くと、中には複数の人影が動いているのがわかった。どうやら扉以外にも裏口があり、そこから出入りしているようだ。


「……あいつら、やっぱりガルドンの取り巻きか」


 見覚えのある顔がちらほらいる。奴らが昨夜フローラを連れ去った連中なのは間違いない。

 思わず震えそうになる感情を押さえつけ、俺は裏手へ回り込み、隙を狙う。できれば正面突破は避けたいが、フローラを拘束している現場を見つけたなら即戦闘になるのは確実だ。


(フローラ、無事でいてくれ……!)


 祈るような思いで、ひび割れた壁の隙間を覗き込む。すると――奥の部屋、古ぼけた机が置かれた一角にフローラらしき人影が見えた。

 彼女の手足にはロープが巻かれ、口にも猿ぐつわのようなものがされている。そこに近づいていく大柄な男の姿。……間違いない、ガルドンだ。


「……もう観念したらどうだ、フローラ。こんな粗末な場所にいさせるのは俺も心苦しいんだぞ?」


 ガルドンの嘲るような声がかすかに聞こえてくる。フローラは目を背けながら何か うめき声を上げるが、口を塞がれているため言葉にならない。

 取り巻きが足音を立てて部屋を出入りし、まるで“用心棒”のように配置されているのが見える。少なくとも5、6人はいるはずだ。


「俺のパーティに来るならば、それなりの待遇を用意してやる。装備も資金も思うままだ。……あんな底辺男に付き従わなくても、お前はもっと高みに行けるはずだろう」


 憤りを押し殺すようなフローラの視線から、彼女がきっぱりと拒絶しているのは伝わってくる。だが、猿ぐつわのせいで言葉にならない。

 ガルドンは苛立ちをあらわにしながら、彼女の顔を無理やりこちらへ向けさせる。


「ふん……レイだか何だか知らんが、所詮は底辺男だ。実力が多少あるからと言って、俺には及ばない。奴はどうせ今頃、必死に探しているんだろうが――来たところで、俺たちに勝てるわけがない」


 そこまで言った瞬間、ひび割れた壁を背にしていた俺は、もう我慢できなくなった。この薄汚い倉庫を包む静寂をかき乱すように、思い切り剣を振りかざして壁を蹴り破る。


「悪いな、もうここにいるんだよ!」


 破れた壁の隙間から一気に飛び込む俺を見て、取り巻きたちは驚いた声を上げる。ガルドンも目を見開きながら笑みを深くした。


「へぇ……来たか。だが、お前一人で勝てると思うなよ」

「勝てるさ。てめぇなんかに、負けるわけにはいかない!」


 怒りに任せて無策に突っ込むのはまずいと分かっていたが、今はフローラを救出するのが最優先だ。

 短時間で分断させれば、そのままフローラに近づけるはず。


「かかれ!」


 ガルドンの合図で、取り巻きが一斉に向かってくる。昨夜は夜陰に紛れて卑劣な手段を使ってきた連中だが、今日は正面戦闘か。問題ない――今の俺なら、十分に対処できる。

 俺は“相棒”を抜き放ち、剣先から感じる独特の力を信じて跳び込む。


「うおおおっ!」


 最初の一人が斧を振りかざして突っ込むが、かわすと同時に手首を切り払い、そのまま肘打ちでよろめかせる。次の一人が短剣を投げてくるが、剣で弾き飛ばしカウンターを叩き込む。

 刃が食い込み、取り巻きが一人また一人と倒れていくたびに、剣の表面が光るような錯覚を覚える。――それは、俺の怒りと覚悟に呼応してくれているようにも感じた。


「ちっ……ちくしょぉ!」


 敵の一人が捨て身で盾を突き出してくるが、新調した鎧がしっかりと衝撃を受け止め、俺は体勢を崩さずに剣を振り下ろす。盾ごと割れはしないが、衝撃で相手の腕がしびれ、隙が生じたところを横薙ぎに一閃。

 あくまで正攻法ながら、着実に数を減らしていく。ガルドンの取り巻きは多くても、一度に攻められる数は限られている。加えて、奴らは混乱して統制がとれていない。


(よし……あと少し!)


 最後の取り巻きが床に転がり込んで動かなくなるのを確認すると、俺は一気にガルドンの方を睨む。

 ガルドンは、その場でフローラを抱え込むように引き寄せ、口元の猿ぐつわを外して小さく笑った。


「やるじゃないか、レイ。確かに、お前の力は侮れない。だが、お前がどれだけ強くなろうと、俺は装備も金も権力も持っている。貴様に負ける要素なんてないんだよ!」

「ふざけんな……そんなもんで大切な仲間を奪われてたまるかよ!」


 俺が一歩前に出ようとすると、ガルドンはフローラの首筋にナイフを当てる。フローラは苦痛に耐えながらギロリとガルドンを睨んでいた。

 しかし、彼女の瞳からは恐れよりも怒りの方が強く伝わってくる。精一杯振り絞った声で、俺に向けて叫ぶ。


「レイさん、気にせず……やっちゃってください! こんな男に従うぐらいなら、私は……ああっ!」


 ガルドンが力任せにフローラを引き寄せ、口を塞ぐ。俺の理性がギリギリまで切れそうになるが、まずはフローラの安全を確保したい。


「……卑怯者め。いいだろう、そう来るなら――」


 次の瞬間、フローラがガルドンの腕を思いきり噛み、顔を背ける。声にならない悲鳴を上げて腕を離したガルドンの動きが一瞬止まる。

 その隙に、フローラがロープを何とかほどこうとするが、転んでしまう。しかし、その分ガルドンとの距離が開く。


「フローラ!」

「レイさん、今です……!」


 ――今が好機。


 俺は思いきり床を蹴り、ガルドンめがけて突撃する。凄まじい速度で振り下ろされるガルドンの大剣を、剣で強引に受け止めつつ体をひねる。

 そこからの一撃でフローラが巻き込まれるのは避けたい。だからこそ、剣を絡めながらガルドンの腕に強打を叩き込む。


「ぬおっ……!」


 ガルドンが大剣を手放しそうになったところを、さらに剣の柄で顔面を殴る。鼻血を吹き出してのけぞった奴が、苦悶の表情を浮かべる。

 ――ただではやられない、とばかりにガルドンが逆手に仕込んでいた短剣を突き出してきた。


「お前なんかに、負けてたまるかぁっ!」


 奴の渾身の短剣突きが俺の鎧に弾かれるが、衝撃は大きい。こっちも体が揺らぐが、剣を振り切る前に踏ん張る。

 それならこっちだって――この一撃に全てを込める。


「俺だって、今までさんざん底辺だの何だの言われてきたが……もう二度とあんたなんかに屈しないんだよ!」


 心の底から湧き上がる怒りと“フローラを救いたい”という強い思いが、剣をさらに鋭くする感覚を得た。

 明確な光となって剣が輝いた。ガルドンを圧倒する力が剣先から放出されるように感じる。奴の短剣ごと腕を弾き飛ばすほどの衝撃で、ガルドンは体勢を崩し、よろめく。


「ぐっ……く、くそぉ……!」


 もはや余力などないのか、奴はそのまま膝をつき、よろよろと手を伸ばして大剣を拾おうとする。

 だが、俺の足がそれを踏みつけ、拾うことを許さない。目の前でガルドンは青ざめた表情を浮かべ、血を吐き捨てる。


「や、やめろ……何をする気だ……!」

「殺す気はない。けど、二度と俺たちに関わるな」


 俺は剣を奴の喉元に突きつける。。

 そうして静かに言い放つ。


「フローラを苦しめた罪は重い。お前が犯してきた数々の悪行も、もうギルドにバレるだろう。……覚悟しておけよ」

「ひっ……!」


 ガルドンは完全に戦意を喪失し、顔を強張らせている。取り巻きはすでにみな倒れ、逃げた者もいるだろうがもはや抵抗の意志はない。

 俺は剣を下ろし、すぐそばに倒れこんだフローラのもとへ駆け寄る。彼女の手足を縛るロープをほどき、猿ぐつわも外して抱き起こすと、フローラはかすれた声で「レイさん……」と呟いた。


「大丈夫か? 怪我は……!」

「う……軽い擦り傷や打撲はありますけど、命に別状はないです。よかった……」


 フローラは解放された喜びと安堵で、そこにへたり込んだまま涙を流す。俺はそっとその背を支え、深く息をついた。

 激しい怒りや緊張感が一気に解け、体の芯が震えるような感覚だ。しかし、フローラが無事ならそれでいい。


 数刻後――。

 ギルドに通報して駆けつけた冒険者や衛兵たちが、倒れたガルドンや取り巻きを押さえ込んでいく。

 ガルドンは詰め寄るシェリルや他の冒険者に悪行を問い詰められ、必死に言い逃れをしようとするが、フローラの証言や俺たちの訴えで言い逃れはできそうにない。

 さらに以前から奴の強引なやり方を苦々しく思っていたギルド上層部も、今回の件でついに重い処罰を下す構えだという。


「……これで、ひとまず一件落着かな」

「はい……ありがとうございました。レイさん……」


 フローラが弱々しい笑みで俺を見上げる。まだ体は痛むだろうし、心のショックも大きい。

 でも、もう大丈夫。あの卑劣な男はギルドから追放され、罪人として処罰される。二度と俺たちに手出しすることはできないだろう。


「ゆっくり休もう。今日はもう動かないほうがいい。宿まで俺が付き添う」

「すみません……ご迷惑おかけして」

「何言ってんだ。仲間なんだから当たり前だろ」


 俺はフローラの肩を支えながら、血と埃の漂う廃倉庫をあとにする。

 残されたガルドンは、衛兵に連行される際、最後までこっちを恨めしそうに睨みつけていたが、もうどうでもいい。俺たちはそんな奴に振り回される人生を終わりにする。

 フローラもすでに視線を奴に向けていない。全ては終わったのだ。


 翌日、俺とフローラはギルドへ簡単な報告を済ませたあと、改めて宿で休養を取ることにした。

 フローラは身体の痛みもあるが、強い意志を失ってはいない。「これからも冒険者として一緒に頑張りたい」と言ってくれた。


「レイさん……私、こんな状況になっても、あなたがいてくれたから負けずにいられました。ありがとう……本当に」

「俺の方こそ、フローラが無事でよかった。……もう二度と、あんな危ない目に遭わせたりしないよ」


 沈んだ気持ちの中にも、光が差し込むような感覚がある。

 ガルドンを断罪し、フローラを取り戻したことで、一つの大きな山を乗り越えられた。ガルドンがいなくなった以上、変な陰謀に巻き込まれることも少なくなるだろう。


「私、もっと強くなりたいです。レイさんと一緒に、次はさらなる高みを……」

「ああ、そうだな。俺ももっと強くなる。だからこれからもよろしくな、相棒」


 穏やかな朝の日差しが宿の部屋に差し込み、どこか懐かしい温もりを感じさせる。

 俺は腰に据えた“相棒”をそっと握りしめる。

 フローラと共に、底辺の名を捨て去って、もっと先へ。ガルドンに苦しめられた過去を力に変え、新たなステージへ歩みを進めるんだ。


 もう、あいつに邪魔されることはない。これからは俺たちの番だ。

 そう強く心に刻みながら、俺はフローラに微笑み返し、次なる大きな一歩を踏み出すことを誓った。

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